溺愛されるヒロインに転生したけど才能ないのでやめてもいいですか?
青柳朔
溺愛されるヒロインに転生したけど才能ないので辞めてもいいですか?
目が覚めたら異世界転生していた。
……いやいや、そんな漫画みたいなことある? あるわけなくない? そう思って周りを見てみるけど、残念ながら見覚えのない部屋だ。
目に映るのは散らかったままのワンルームマンションではなく、見たこともない豪華な部屋。現代日本じゃなかなかお目にかかれない感じの内装だ。
入社三年目、毎日残業続きで最近じゃ本気で転職を考えていた。けど周囲に先を越されてどんどん辞められない状況に追い込まれてしまい、辞めたい辞めたいと言いながら馬車馬のごとく働かされていた。人はいなくなるばかりで入ってこない。本当にブラックすぎる。
最後の記憶は会社のなかで終わらない仕事の山に呪詛を吐き続けていたところだったので、たぶんそのまま死んだんだろう。死因はなんだったんだろう。入社したときより十キロ近く痩せていたし、寝不足だし、エナジードリンクは飲みすぎていたし、どんな死因でも納得かも。
でもでもでも!
「やったー! これからはのんびりあまあま愛されライフじゃん!」
鏡に映る美少女を見ながら私は万歳をした。ついでに飛び跳ねた。異世界転生最高じゃない?
薄桃色の髪に薄紫の瞳。たぶん十四歳か十五歳かってところかな? 美しさも可憐さも備えたパーフェクトな容姿にうっとりした。こんなの、誰だって好きになっちゃう。
「ソフィアお嬢様!? なにかございましたか!?」
私の叫び声を聞いて侍女が駆けつけてきてしまった。いかんいかん。今の私はお嬢様なのである。
ありがたいことにこれまでの『ソフィア』の人生の記憶も残っていた。というか、ソフィアが日本人だった私を思い出した感じだろうか?今はちょっと思い出した衝撃で過去の私が強く出ているけど、きちんと『ソフィア』の自覚はある。
「なんでもないわカミラ。ちょっと転びそうになって声をあげてしまっただけなの」
「そ、そうでしたか……お怪我はありませんでしたか?」
「ありがとう、大丈夫よ」
カミラは私の侍女だ。ちょっとドジなところもあるけれど、年齢も近いので話しやすい。
カミラに洗顔のためのお湯を頼み、私は今の状況を整理することにした。
私はソフィア・アルヴェーン。ヴェランデル王国の伯爵家の娘である。日本人だった頃の名前は……うーん、とりあえず割愛しよう。
ソフィアは前世で読んだ小説『花愛でる令嬢は王子に溺愛される』のヒロインだ。
伯爵家の箱入り娘であるソフィアには五つ年上に優秀な兄がいる。父は無愛想でソフィアのことをあまり気にかけておらず、母親は既に亡くなっている。同居している祖母は厳しい人で、祖母に叱られてばかりのソフィアは内向的な性格となった。
とある日、ソフィアは王宮の庭園で第二王子ダニエルと出会う。ダニエルはソフィアに一目惚れし、そこから熱烈な求愛が始まる。そこまで自分を愛してくれる人がいるなんて……! とソフィアもすっかりダニエルに夢中になっていくのがおおまかなストーリーだ。途中で公爵子息とか他のイケメンがソフィアを口説いてきたりもするものの、最終的にはダニエルと結ばれる。
……でも、父親はソフィアが小さな頃に誘拐されかけたことが原因で必要以上に外へ出さなくなったのだ。もともと不器用な性格で、子どもたちにうまく愛情表現できないだけで、ソフィアのことをとても愛している。兄も同様に、かまう暇がないけれどソフィアのことを気にかけているのだ。ただソフィアがそれに気づいていないだけで。
まぁ私はもうわかっているんですけどね。読者でしたので。これからは少しずつ家族の関係も改善していけたらいいなぁ。
記憶を辿ってみたところ、庭園でのダニエルとの出会いはまだだ。小説のストーリーが始まる前というところだろうか。
「ダニエルと出会えばその後はイケメンたちに口説かれまくる胸きゅんな生活が始まるのか……」
私、かなーり恋愛偏差値低いんだけど大丈夫かな。ヒロイン補正でどうにかなるかな。なってほしい。
イケメンなぁ……クール系の宰相の息子のニコラウスとか、やんちゃ系の騎士フィリップとかは覚えている。ダニエルは王道の俺様系だ。
正直、小説とか漫画は感情移入しながら読むタイプではなかったし、推しという推しはいない。ここはストーリー通りにダニエルとくっつくのが一番なのかな……えっじゃあ私は王族と結婚するってこと……? えっ大丈夫かな?
「……まぁ、きっとなんとかなるわよね。ソフィアはきちんと教育を受けてきたんだし」
それにダニエルは第二王子だし。王太子妃とかだったらさすがに無理! ってなるけど。
うんうんと頭の中の整理が終わったところでカミラが戻ってきた。
「今日は午後からお出かけですものね。ドレスはどうしましょうか?」
お出かけ。……あれ? そうだっけ?
ソフィアとしての記憶はきちんとあるものの、ここ数日の記憶は曖昧だ。急に前世を思い出したせいだろうか。
「今日の予定はなんだったかしら?」
「王宮庭園でのお茶会に招かれておりますよ。なんでも限られた令嬢しか招待されていないとか!」
……それ、ダニエルとの出会いに繋がるお茶会では? もしかしなくてもそうだね?
できればもうちょっと心の準備をする時間が欲しかったなぁ!!
*・*・*
さて、なぜソフィアが『花愛でる令嬢』なのかというと、父親が過保護すぎるあまり外出を禁じ、そして厳しすぎる祖母の監視の目から逃れる唯一の手段が家の庭や温室へ行くことだったからだ。
いつも花に癒されていたソフィアは、庭園でのお茶会でも極度の内気さを発揮し、人がいないほうへと行ってしまう。そこでダニエルと出会うわけだ。
……やっぱり私はソフィアとしてダニエルとの初対面はやっておくべきだよね?
ほどほどにお茶会に参加しつつ、気づかれないようにこっそりと人気のないほうへ行ってみる。いやこっちであってるかわからないんだけど大丈夫かな。運命の力がなんとかしてくれるだろうか。
王宮の庭園はとても綺麗に整えられている。バラの香りに思わずうっとりとしたくなるほど。オベリスクにピンクのバラが巻き付くように咲いていて見事だ。ちょうどソフィアの髪の色と似ているなぁ。
バラに見とれながら歩いていると、足元の小枝をパキリと踏んでしまった。
「誰だ!?」
バラの向こうから声がした。叱りつけるような声に思わず「ご、ごめんなさい!?」と答えてしまう。小心者の日本人の心が残っておりましたので。
……あれ? でもこれってダニエルとの出会いのシーンじゃない?
庭園のバラに見とれるソフィアはお茶会に呼ばれていながらも逃げて隠れていたダニエルの近くに来てしまう。そこで「誰だ!?」となるわけである。
鮮やかな赤い髪の青年がバラの生垣の向こうから現れた。その琥珀色の目はソフィアを見て大きく見開かれている。
……人が恋に落ちた瞬間を目の当たりにする日がくるとは。私は驚いただけであんまりときめきとかはないんですけれども。
「す、すまない、間違えた。追っ手かと思って……」
ダニエルの顔が真っ赤に染まっていく。
……わぁ、わかりやすい。
それにしてもきちんと謝れるのはいいことですね。つい年上の気分でそんなことを思ってしまう。
今日のお茶会は王妃様主催で、ダニエルの婚約者を決めるために家柄や年齢がちょうどいい令嬢が集められたのである。ダニエルは確か十八歳。ソフィアはまだ十四歳で正式に社交界デビューしていないが、今回は特別なのだ。
しかしダニエルは自分の婚約者は自分で見つける! と反発し、お茶会には顔を出さなかったのだ。つまり彼は現在進行形で王妃様の手の者から逃げている。
「いえ、私こそお邪魔してしまったようで、申し訳ございません」
相手は王子だと名乗ってはいないが、容姿の特徴でいやでもわかる。ここはきちんと謝っておいたほうがいいだろう。小説と展開が違うけど。
ちなみに小説ではダニエルの第一声にすっかり怯えてしまってソフィアはぷるぷると震えてしまう。その上王子だとはまったく気づかないのだ。……いやいや、ちょっとありえないでしょ自国の王子を知らないとかと思うんだけど、そこはまぁ、小説なので。
小説では涙目で震える美少女ソフィアを慰め――ダニエルは完全に恋に落ちてしまうわけだけど……社畜だった頃の記憶もあるせいで権力に弱いんだよ私は……。王子にタメ口なんて絶対に無理。
「いや気にしなくていい。茶会の参加者だろう? その……名はなんという?」
「ソフィア・アルヴェーンと申します」
「ああ、伯爵家の……迷ったのか? 茶会の会場からはだいぶ離れているが」
「そうみたいです。花に見とれていたらつい……」
そういうことにしておこう。うん。本当はわざとだったんだけど、正直に話すわけにもいかないもんね。
「しかたないな。近くまで連れて行ってやる」
いえ、けっこうですけど?
……と声にならなくて良かった。反射で断るところだった。
あれ? こんな展開だったっけ? と笑顔をキープしつつ必死に思い出す。ダニエルに怯えたソフィアはすぐに移動なんてできるはずもなく、この場で会話するうちに仲良くなる。そしてソフィアを探すカミラの声が聞こえて今日は解散……となるはずだ。
なるほど、今はこの場に留まる理由がない。
でも無事に出会ったわけだし、もういいか。断るのもめんどくさそうだし。
「ありがとうございます」
じゃあ後ろをちょこちょこついていきますね、とにっこり笑っていると、ダニエルは手を差し出してくる。いや子どもじゃないんだし手を繋ぐ必要はないけど?
早く行こうよと思って首を傾げると、ダニエルはふん、と笑いながらもなんだか嬉しそうだ。
「まだエスコートには慣れていないか」
しかたないな、とダニエルが強引に手を握ってくる。ちょっと強く手を引っ張らないでほしい! 痛いじゃない!
それにしてもエスコートか。そうか……すっかり忘れていた。
おっしゃるとおりあまり慣れていないけど、ただ前世を思い出した衝撃で忘れていただけだよ。家でもお兄様が練習だよって言いながらたまにエスコートしてくれるもの。
右手はダニエルにしっかり握られている。そして腰に手が回ってきた瞬間、ゾワッとした。
……は?
…………え?
………………エスコートで腰に手を回す必要ってあったっけ?
いやいらないよね? だって歩きにくいもんね? こんなに密着する必要ないよね? ダニエルは満足気だし楽しそうだけど、こっちは背筋がゾワゾワしているんだけど。鳥肌もたっている。
初対面の女性にこんなにべたべた触るってこの国では普通だったっけ!? そんなわけないよね! でもこいつこの国の王子なんですけど!
「……おまえは本当に可憐だな。庭園の花さえ恥じらって隠れてしまいそうだ」
やめてやめて耳元で話さないで!? 息がかかって気持ち悪い! 腰を支えるふりして撫でるな!! これセクハラじゃん!?
「……そ、そんな……」
そんなことないです花は花ですから! ソフィアは確かに美少女だけどそれはそれ、これはこれですから!
やめてやめて。このもじもじは恥じらってるんじゃないよ嫌がってんだよ! にやにやしないで気持ち悪い!
どうしよう。ヒーローが気持ち悪い。めちゃくちゃ気持ち悪い。もう一秒たりとも一緒にいたくない。
そもそもまだ好意を持っていない男にこんなにべたべたされたら気持ち悪いでしょ。ときめきより防衛本能が勝るよ。イケメンなら許される? そんなわけないだろ。
これはあれだ、痴漢だ。痴漢にあって硬直してしまうときとよく似ている。しかも相手は逆らったらたいへんなことになる権力者。上司にセクハラされたときの記憶が蘇りイライラしていた。好意のない異性からは頭をぽんぽんされたってうれしくないんです気持ち悪いんです! わかれ!!
ダメだ殴りたい。突き飛ばしたい。この人痴漢です! って叫びたい。
「お嬢様! ソフィアお嬢様!」
――天の助け!!
カミラの声に私は泣き出したいほど嬉しくなった。
「私の侍女が探しているみたいです。ここまでで大丈夫ですわ」
どさくさに紛れて手を振り払い、ダニエルから離れる。本当は思いっきり叩いてやりたかった。
「そうか……名残惜しいな」
意味深なセリフは聞こえなかったふりをして笑って誤魔化した。私はちっとも名残惜しくないです。
*・*・*
ダニエル、ケッコン、ゼッタイダメ。
セクハラ野郎と結婚なんて死んでもごめんだ。できればもう二度と会いたくないけど、あちらが王子で私が伯爵家の娘である以上絶対に顔を合わせないというのは難しいかもしれない。
とにかく私がやるべきことはひとつ!
あのセクハラ王子とは絶対に婚約も結婚もしないという意思表明である。
私のうぬぼれであればいいけど、ダニエルのあの様子だとソフィアに一目惚れしてしまっている。完全にフォーリンラブだ。
おそろしいのは向こうから婚約の打診がくること。そしてそれに二つ返事でOKを出されてしまうことだ。
この国では父親が娘の結婚相手を決める。選択の自由はないに等しい。つまり最悪の場合、ソフィアに意思確認すらされない可能性があるのだ。
お茶会は最悪でした、という顔で帰宅したものの、これでは引きこもりのソフィアが人の多さに怯えただけだと思われる。
カミラと再会した瞬間に思わず抱きついて少し泣いちゃったけど、それも人見知りゆえと思われたら報告さえされていないだろう。
だから私は疲れた身体を引きずって夕食の席にやってきた。夕食は予定が入っていない限りは家族が全員そろう。
食欲はあまりない。ソフィアは繊細なのだ。社畜だった私が移植されたことでこうして夕食に顔も出せるけど、もとのソフィアのままなら寝込んだかもしれない。
「ソフィア、食欲がないようだが具合でも悪いの?」
兄のロベルトが心配そうにこちらを見た。お兄様、ありがとう。もっと気にしてください。
お兄様はソフィアと同じ薄桃色の髪の美青年である。六つ上の二十歳。繊細でありながらも凛々しさを感じる顔立ちは眼福だ。
「……その」
「どうせお茶会で食べ過ぎたんでしょう。夕食も食べられないほどお菓子を食べるなんてみっともない」
ソフィアの声を遮るようにお祖母様が苛立つ声をぶつけてきた。
はぁ? お茶会でお菓子なんてほとんど食べてませんけどぉ? 何決めつけてんだこのクソババア。
「ソフィアが食が細いからね……」
お兄様! それはフォローになってません!
そもそも食べ過ぎただけならこんな顔色悪いはずないでしょう!
お父様は何も言わない。母親を諌めるべきか、娘になんと声をかけるべきかわからないんだろう。悪い人ではないかもしれないが、まぁまぁダメな父親だ。
「……あの、お父様とお兄様に質問がございます」
「どうした」
祖母の苛立つ様子を目の当たりにしても口を開いた娘に、お父様は驚いているようだ。そうだね、いつもなら震えて何も言えなくなっていただろう。
「殿方が女性をエスコートなさるとき、腰に手を回して密着するのは普通のことなのですか?」
……は? という顔をした。お父様もお兄様も。
そうだろうね。突然何を聞くんだって思うよね。
「……その、お茶会のときに、庭で迷ってしまい……赤い髪の男性と出会ったのですけど、途中まで送ってくださると。そのとき、お兄様にエスコートされたときよりも……距離が近くて」
最後に小さな声で「怖くて」と付け加えた。思い出しただけで吐きそう。
「それは……」
「まぁ! それは第二王子のダニエル様ではない?」
お祖母様のはしゃいだ声がお父様の声を遮った。ほんとさ、人の声を遮るって淑女としてはどうなんですかねお祖母様。
「ちゃんとお茶会の目的を果たしているじゃないの。よくやりましたねソフィア。王子に気に入られたならもしかしたら婚約も――」
「耳に吐息がかかるような距離で、とても歩きにくくて、腰を撫でてくるような行為が一般的なエスコートなのですか?」
お祖母様の言葉を遮り、私は声を張り上げた。目は涙目だ。だって思い出すと、私のなかのか弱いソフィアが震え出すんだもの。
「ソフィア! 人の話を」
「母上は黙っていてください。それが出来ないのなら退出を」
きっぱりと言い切ったお父様に、ちょっとだけほっとする。そうだ、この人はソフィアを愛している。そんな娘が相手が誰であろうとセクハラ被害に遭ったことを黙って見過ごすわけがない。セクハラって言葉この世界にはないけどね。
「……ソフィア。それはエスコートとは言えないよ。いつも僕がしてあげてるだろう?」
「はい。私も変だとは思ったんですけれど……」
お兄様がやさしい声で説明する。私の声は震えたままだ。
「赤い髪の……目は何色だった?」
「琥珀のような色をしておりました」
お父様はこめかみを押さえながら問いかけてくる。これは相手が誰だったかの確認だろう。
残念ながら赤い髪に琥珀色の目をした十代の男性は一人しかいない。第二王子のダニエルだけだ。
目の色が決定打となりお父様もセクハラ野郎がダニエルだと認めるしかなくなる。
「いいではないの。多少のことは我慢なさいな。王家と縁が出来るのよ。あなたもそれくらいできるでしょう」
黙っていろと言われたのに黙っていられないらしい。お祖母様の発言にお父様の眉がひくりと動いた。
まぁね。ここから先の伯爵家の動きとしては、まず第一に、ダニエルだったとわからなかったフリをして見逃すこと。
第二に、ダニエルだとわかった上で婚約を取り付けようとすること。
第三に、ダニエルの行為を非常識だとして王家に報告すること……くらいだろうか。
ここでお祖母様は第二の道を選ぼうと主張している。お父様は第三の道を選びたい……んだと思いたいな。
ここはお父様に任せてもいいけど、私はまだこの父を信用できない。なんせこの横暴な祖母を今まで止められなかったのはこの人だ。この人しか止められる人はいなかったのに。
「あら、お祖母様は立派な淑女になれと日頃から私に厳しくご指導くださいましたけど……お祖母様の言う立派な淑女とは、殿方に媚びて擦り寄る女性のことだったのですね? こういう女性を……なんというのでしたっけ?」
首を傾げ、私はお祖母様を見た。声が震えないように、怯えているように見えないように、か弱いソフィアを必死で奮い立たせる。
負けるな! このクソババアになんて主導権を握らせるな!
私の人生は私のものだ。セクハラ王子なんかと誰が結婚するもんですか!
ああ、と私は思い出したように声をあげる。
「――売女、というんでしたっけ? お祖母様は、私に売女になれとおっしゃるの?」
お祖母様の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。今まで震えているだけだった孫娘に言い返されるなんて思っていなかったんだろう。
いつもこの人はことあるごとにとある女性を罵っていた。引退し領地に住む祖父が囲っていた女性らしい。
そう、祖父母の仲は冷え切っている。祖父は領地で他に愛する女性がいて、祖母は王都の屋敷でそんな祖父に文句を言いながらやりたい放題。祖父のお相手の女性は既に亡くなっているらしいが、その女性が産んだ子どもがいるとかいないとか。
なかなか貴族らしいドロドロした話だ。
「お祖母様が常々おっしゃっておりましたよね。おじい様の心を奪った憎たらしい売女とやらの、あれこれを。権力に擦り寄り男性に媚びを売り必要とあらば身体を差し出す……まさに今おっしゃったことですね?」
おまえが大嫌いな女と同じことを、おまえは孫娘にやらせるのか。
……結局、この人は自分のことが可愛いだけだ。だからこんなめちゃくちゃなことが言える。
「それがお祖母様のおっしゃる立派な淑女というのなら、お祖母様が嫌悪なさる売女と大差ないものですね」
お父様とお兄様が驚いて何も言えなくなっている。そうだろうね。ソフィアがお祖母様に口ごたえするなんて思ってもみなかったでしょう。
でも私はもう今までのソフィアじゃないので。おかしいと思ったことはいくらでも言い返すよ。
「おまえっ……!」
お祖母様の目はすっかり血走っていて、頭に血が上っているんだろうなという形相になっている。
でも私間違ったこと言ってないので怯えて目を逸らしたりしない。もともとのソフィアが怖がっている感じがするけど、ここは元社畜アラサーの私が頑張ろうじゃないか。
「母上」
私がぐっと気合いを入れたところで、お父様の声が部屋を支配した。たった一言なのに、重たくて思わず声を失う。
「あなたにソフィアの教育を任せていたのは間違いだったようです。今後一切子どもたちには関わらないでいただきたい」
「なっ……何を言っているの、サムエル。私は」
「あなたでは母親の代わりにも淑女の手本にもなりはしない。離れに部屋を用意させますからこれからはそちらで静かにお過ごしください」
有無を言わさぬ様子にお祖母様は悔しそうに口を閉ざした。息子とはいえ当主の決定だ。ただの母親に覆す力はない。
「ここからは家族の話です。母上は退室を」
にこりとも笑わないお父様の冷たい声に息を飲む。もうおまえは家族ではないと言っているのだ。
父親としてはちょっとダメだなと思っていたけれど、やるべきことはきっちりやるらしい。
お祖母様はわずかに抵抗を見せたものの、使用人たちが連れ出そうとすると一転して自分の足ですたすたと出て行った。
使用人に引きずられて出ていくのはあの人の矜恃が許さなかったんだろう。
「今回の件は陛下にしっかり進言しておく。第二王子には礼儀作法の勉強を追加したほうがよさそうだ」
礼儀作法の問題ではないと思うし、相手はもう十八歳なんですけど?
「……お祖母様がおっしゃっていたように、私は殿下と婚約することになるんですか?」
死んでも嫌です。
そんな気持ちが顔に出ていると思う。もちろん貴族の娘として、ちゃんとオブラートに包んで不安で仕方ないって顔をしている。さすがに毛虫を見るような目はしていないはずだ。気持ちとしては毛虫以下だけど。
「嫌か?」
「……そ、れは」
素直に嫌だと言うのは多少の抵抗があった。これはたぶん、もともとのソフィアの影響だろう。
王子との婚約を嫌がるなんて畏れ多い。何より、貴族の娘にとっては喜ぶところなんだろう。
しかし声も手も勝手に震え出した。拒絶反応だ。
「……明日には陛下にこの件を伝えよう。婚約の打診がくる前に」
「……はい」
「陛下は聡明な方だ。その上で婚約の話をしてくることはないだろう」
ん? つまりそれは?
第二王子の非常識なセクハラ行為を国王陛下に伝えればダニエルはお叱りを受けるだろうし、その上で私と婚約したいなんてのたまっても許可しないってこと!?
「……はい! ありがとうございますお父様」
やったー!
祝! 婚約回避!
今日の目的はこれで達成した!その上あのクソババアと距離を置けるんだから期待以上の成果じゃない!?
「ほら、ソフィアはもう少しお食べ。デザートもまだだろう?」
パッと笑顔になった私にお父様もお兄様もほっとしているみたいだ。すっかり止まっていた食事を再開した。
*・*・*
無事にセクハラ王子との婚約は回避できたし、クソババアは離れに移動したし、これで平穏な日々が過ごせるだろう――と私は思ってました。ええ、やり遂げた感が満載だったので。
「……謝罪、ですか?」
うきうきと過ごした日中の晴れやかな気持ちが霧散していく、晩餐の席。お父様は渋い顔でそう話し出した。
「ああ、ダニエル王子がおまえに謝りたいそうだ」
お父様から例のセクハラを報告された国王陛下はごくごく一般的な、つまりお父様やお兄様と同じ反応をした上でダニエル王子をしっかり叱ったらしい。
ダニエル王子がそれにどんな反応をしたかは知らないが、お叱りを受けたあとで私に謝りたいと言ってきたそうな。
「三日後に王妃様も同席の上で謝罪を、と言われている」
……謝るならおまえがこっちに来いよ。
と思わなくもないが、王族が訪ねて来たりしたらどえらい噂になってしまう。それこそ婚約か!? なんて言いふらされたらめんどうだ。
「私は領主会議が入っているので一緒に行くことはできないが……ロベルトが同行しなさい」
「はい、もちろんです」
そう、いくらこちらが被害者とはいえ相手が王族である以上、呼ばれたら断るわけにはいかない。私は正式には社交界デビューもしていないし、保護者が必要だ。
一人であのセクハラ王子と王妃様を相手にするとか、それこそ罰ゲームだし……。
うう……できればお父様もいて欲しかったなぁ……。
「お兄様がついてきてくださるのは心強いです。でも……お父様の会議のあとではダメなんでしょうか?」
しょんぼりうるっとした顔で私がお父様を見れば、いつも厳しい顔のお父様もちょっとだけ「うっ」となったような気がする。たぶん。
「どの程度時間がかかるかわからないからな……早く終われば、迎えに行こう」
「三人で帰れるといいですね。お兄様も、よろしくお願いしますね?」
頼むよお兄様!! あのセクハラ王子から私を守ってね!? という切実な気持ちは顔に出さないようにしつつ、首を傾げてお兄様にアピールしておく。
「もちろん。ソフィアから離れないから安心していいよ」
そう言って微笑むお兄様は本当にイケメン。
同じセリフを赤の他人に言われたらストーカーかよってなるけど、身内だからまったく問題ない。
……というわけで三日後。
あー……やだなー。行きたくないなー。熱とか出て動けなくなったりしないかなー。
などと思いながらも私はカミラなど我が家の侍女たちによって着飾られていく。使用人たちはあのセクハラ事件を詳しくは聞かされていないと思う。
たぶん王族に会うのでそれに相応しい格好をさせるようにとお父様に命じられているんだろう。気合いが入っている。
そんなわけで、準備を終えたソフィアは天使か? というほど愛らしかった。もともと美少女だけど、我が家の使用人たちは優秀なのである。ソフィアの魅力を最大以上に引き出している気がする。
「ソフィア、準備はできた?」
コンコンとしっかりノックをしたあとで、ロベルトお兄様が部屋に入ってきた。
「はい、大丈夫です」
「うん。今日もとても可愛いね。素敵だよ」
さらっと、褒めてくれるお兄様はもっと素敵ですよ!
お兄様にお手本のようなエスコートをされながら馬車に乗る。ちょっとした段差でも気をつけて、と声をかけてくださるんだけど、小説のロベルトってこんなに過保護キャラだったかな?
私がお兄様に甘えたりしていたからより妹に甘く過保護になってしまったのかもしれない。だって、社畜喪女の頃の私はお兄ちゃん欲しかったんだもん。
今世ではこんな素敵なお兄様がいるんだから妹特権で甘えたりしたっていいと思うの。
お兄様が迷惑がっているなら自重するけど、そうでもないみたいだし、まぁいいよね?
あんなセクハラ王子よりもお兄様のほうがよっぽど理想の王子様だと思う。ああ……これから会うんだと思うと憂鬱だ。
ぱっと行ってぱっと帰りたい。
しかし一応形としては王妃様にお呼ばれした席でダニエル王子が謝罪して、仲直りの証にちょっとお茶してから帰ろうねって感じらしいのでさっさと帰れるものでもない。貴族社会めんどくさいね……。
王宮に到着し、案内されたのは王妃様自慢の庭園だった。
あちこちに咲く花の香りが気持ちをリラックスさせて……くれるわけがない。むしろあのときのことを思い出して気持ち悪くなってくる。なに? 嫌がらせかコレ?
王妃様とダニエル王子は
王妃様はダニエル王子の母親とは思えないほど若々しくお美しい。少なくともアラフォーだと思うんだけど、すごいな。
「ようこそ。わざわざ来てもらってごめんなさいね」
「いいえ、お招きいただき光栄です」
王妃様に答えたのはお兄様だ。私はお兄様の隣でカーテシーをする。
「ふふ、ダニエルが夢中になるのもわかるわ。とても愛らしいお嬢さんだこと」
「は、母上」
「…………おそれいります」
茶化すような王妃様と、それに照れるダニエル王子を前にして、私は理性を総動員してそう答えた。
いや、あのさ? 私はダニエル王子からの謝罪を聞くために呼ばれたんだよね? なんで和やかっぽい雰囲気を漂わせてるの?
頬が引き攣りそうになってるのをどうにか笑顔で固定してるんだよ、今。
ちらりとお兄様を見たらすっごい冷ややかな目をしていた。普段穏やかでやさしいお兄様がそういう顔をするのははじめて見たかもしれない。
「さぁこっちに――」
ダニエル王子が私に手を差し出してきたところで、思わず息を呑んだ。
は? と言わなかったことを褒めて欲しい。
「殿下」
お兄様が私とダニエル王子の間に入った。
「妹のエスコートは私がします。殿下からは正式な謝罪も頂いておりませんので」
にっこりと、しかし冷ややかな目のままお兄様がそう言った。か、かっこよすぎでは?
ダニエル王子はあからさまにムッとしている。
しかし改まって私のことを見ると、跪いて手を伸ばしてくる。
「確かに謝罪をしたくて呼んだのにまだだったな。ソフィア、先日は驚かせてしまってすまなかった」
許してくれるかい? と言いながらその目は許してくれるだろう? と語りかけてくるようだった。
いやいやいやいや。
ツッコミどころが多すぎるんですが?
まず、ダニエル王子が謝罪するべきなのは非常識なセクハラ行為についてであって、そんなふんわりとしたなにに対する謝罪なのかもわからない謝罪は受け入れる訳にはいかない。
そしてなんでしれっとファーストネームを呼び捨てにしてるんだこの人は?
アルヴェーン嬢か、せめてソフィア嬢と呼ぶのが正解では? 私とあなたはそんなに親しい仲ではありませんけど? これ、この場に他の人がいたら絶対に誤解されるやつじゃん。
なんていうか、外堀を埋めようとしてる感じがするの、気のせい?
……気のせいであってほしいんだけど。
「さぁ、お茶にしましょう。仲直りできたもの、ね?」
王妃様がにこにこと楽しげにそう言った。私もお兄様も唖然とする。
許すとは言ってませんけど?
ソフィアの儚げな容姿が誤解させてしまうんだろうか。もしかして恥じらって声が出ないとか、緊張して話せないとか、そんな解釈されてる?
お兄様の目は完全に笑っていなかった。
王妃様もダニエル王子も気づいていないんだろうか。それとも私しか見てないんだろうか。
もういっそこの場で気絶したい。そして帰りたい。気絶ってご令嬢の特技じゃないのか。
社畜喪女が中途半端に混ざり込んだせいでソフィアのメンタルが図太くなってしまったんだろうか。
「……お兄様」
ここはいったん、こちらが大人になって席につきましょう。
そういう気持ちを込めてお兄様を見る。だって相手は王族だし。対するこちらは伯爵家。これでも建国から続く由緒ある名家だけど、王妃様や王子様相手にキレ散らかしていい立場ではない。本音としてはキレたい。
ダニエル王子のエスコートは謹んで辞退し、さくっと席につく。円卓の上にはこれでもかというほどのお菓子が並べられていた。
「君がどんな菓子なら喜ぶのかわからなかったからたくさん用意させたんだ」
ドヤッとした顔でそう言ってるけど、全然嬉しくない。はぁ、そうですか、と言いそうになるのを我慢した。
というか、近くない? 席、近すぎるよね? 円卓なのをいいことに意図して椅子の位置を近くしてるよね?
あと私のこと凝視しすぎじゃない? ものすごく居心地が悪いんですけど。
「二人並んでいると、とてもお似合いね」
王妃様はたいそう目が悪いらしい。ふふ、と楽しげだけど私はちっとも楽しくない。
せっかくの王宮スイーツもまったく味がしなかった。砂を噛んでいるみたいだ。吐き出さないように気をつけよう。
「ソフィアさんは結婚相手はどんな人がいいのかしら? そういう話もする年頃でしょう?」
ダニエル王子がなにやらそわそわしている。あなたを選ぶことだけはないし断固として拒否するよ。
「父が適切な相手を見つけるでしょう。大事な一人娘ですから」
お兄様が相変わらず冷たい目のままそう答えた。王妃様もダニエル王子も、さっきからお兄様を空気みたいにいないものとしていて、とても感じ悪い。
今も王妃様は『ソフィアさんに聞いたのよ』という顔を崩さないでいる。
「ダニエルはどうかしら? ソフィアさんはしっかりしているし、この子を支えてくれるととても嬉しいのだけど」
はい、まさかの直球がきた。
正気か? そのダニエル王子のセクハラ行為を謝罪するために整えた場で、まともな謝罪もせず、そのクソ野郎との結婚を勧めるか?
やっぱり親子って似るんだね……。
というか、この子っていう年じゃないでしょ。あなたの息子さん、十八歳だよ? この国ではしっかり大人としてカウントされる年齢だ。
ダニエル王子が私を見つめながら手を伸ばしてきたのでサッとテーブルの下に隠した。
しれっと触ろうとしてくるの本当にやめてください。なにも学んでいないんですか?
もう帰ってもいいですかとお兄様にアイコンタクトをとろうとしたところで、私はとある人物を見つけた。
……あれはお父様では?
さらにもう一人、お父様と一緒にいる人がいるが、こちらに向かっていることだけは確かだろう。
やった! 援軍が来た! そして第三者もいるっぽい!
お父様と一緒ってことはどこかの領主様とかそんな感じだろう。お兄様と私だけではなかなか太刀打ちできない状況だけど、これならいけるのでは!?
私はにっこりと笑った。
背筋を伸ばし、少しでも凛として強そうに見えるように。
「失礼を承知で申し上げますが、殿下はまず女性への接し方を学んでから婚約者をお探しになったほうがよろしいですよ」
王妃様もダニエル王子も表情が凍りついた。
ダメだよ、表情を取り繕うのは王族も貴族も基本でしょ?
「エスコートとも呼べないような身体的接触を年下の社交デビューもまだの女性に強要しておきながらその自覚がまったくないことも、女性が与えられた恐怖心を想像もせず驚かせただなんて言葉……殿下のご婚約者となられる方に同情します」
苦労なさるでしょうね、と微笑みつつそう零した。
私はダニエル王子とは婚約しませんよ、という微笑みである。しつこいようだが絶対にごめんだ。
「し、失礼にもほどがあるだろう! こちらを誰だと思って――」
「申し訳ございません。私は社交デビューもしていない子どもでして、礼儀作法はまだまだ勉強不足のようです。ですが、その子どもの身体にべたべたと触れておいて、まともな謝罪もできないご自身の常識のなさをもう少し顧みたほうがよろしいですよ」
「あ、謝っただろう! 驚かせてすまなかったと――」
だから、それは謝罪になってないんだよ。
「殿下はまったく、ご自身のなにがいけなかったのか理解していらっしゃらないんですね」
はぁ、と私がため息を零すとほぼ同時に、コツリ、と足音がした。
四阿に二人の男性がやって来る。一人はもちろんお父様だ。
「お父様!」
「迎えに来たぞ。ソフィア、ロベルト」
ナイスタイミングです! お父様の株があがりました。
「今のはどういうことだ?」
「ち、父上……」
……ん?
お父様に駆け寄りたいのを我慢していたら、お父様と一緒にやって来た男性が怖い顔をしている。
今、ダニエル王子が父上って言った? じゃあこの方は国王陛下ってこと?
や、やばくない!?
さすがに国王陛下の前で王子のことをめっためたにこき下ろすのはやばくない!? 時すでに遅しなんだけど!
「おまえは私が叱ったことを何一つ理解できていなかったのか」
「そ、それは」
「ダニエルを叱りつけるのはやめてくださいませ、この子はきちんと謝罪しました」
「いいえ」
ダニエル王子を庇うように声を上げた王妃様の発言を、お兄様がきっぱりと否定する。
「殿下がおっしゃったのは『先日は驚かせてすまなかった』という言葉だけです。何に対しての謝罪かも明言されておりません」
お兄様は微笑んでいるけど相変わらず目が笑っていない。いやでも国王陛下を前にして発言も許されていないのに勝手にしゃべっていいの? しかも王妃様の言ったことを完全否定したんだけど。
「また妹は謝罪を受け入れるとも許すとも言っておりません。しかしながら謝罪に関してはそれで終わり、その後妹には殿下の婚約者になるのはどうかというお言葉までいただきました」
ええはい、全部本当のことですけど!
お父様まで冷え冷えとした空気を漂わせ始めてるんですが!?
「……アルヴェーン嬢、愚息と妻の数々の失礼を詫びる」
頭が痛いって顔をしていた国王陛下が私を見てそうおっしゃった。王様に頭を下げられるとか心臓に悪い。
「いえ、その……」
正直国王陛下に謝られてもって感じはある。本人たちが反省して、今度二度こんなことをしないようにならなければ意味がない。
「希望があるのなら可能な範囲で叶えよう。愚息に罰を与えたいのならばそれでもいい」
「そんな、父上!」
どうして、と言いたげにダニエル王子が声を上げる。しかし国王陛下に睨まれてすぐに口を閉じた。
……希望、ねぇ。素直に言ってもいいのかな?
困った私はちらりとお父様を見る。お父様は私を後押しするように頷いたので、それなら言うだけ言っておこうかなという気持ちになる。
「……私の望みは、今後二度と殿下とは関わりたくないということ。そして私のような思いをする方が増えないようにしっかりと殿下に教育していただきたいということです」
私が二度と嫌な思いをしなくなっても、他の女の子に似たようなことをしでかしそうだからね。
「罰を与える必要はないと?」
「必要かどうかはわかりません。それを決めるのは私ではございませんので」
大人が決めてよ。十四歳の女の子になんでもかんでも決めさせるんじゃない。
国王陛下は苦笑すると「それもそうだな」と言った。
そんなこんなで私はお父様とお兄様と一緒に帰路についたわけである。
その後ダニエル王子に関する教育は王妃様ではなく王太后様がやることになったそうで。王太后様はとても厳しい方らしい。少しはマシになるといいね。
ダニエル王子は今後個人的に私に関わることは禁じられた。国王陛下による一筆がしっかり我が家へ届けれたのだ。まさかここまでしてくれるとは思わなかった。
当然、王妃様やダニエル王子のなかで盛り上がっていた私との婚約など成立するはずもない。
祝! 婚約回避!!(二度目)
今度こそ真の婚約回避と言っていいはず。
……まぁ、もともとの小説とはまったく違う展開になってしまっているけど、小説のとおりに生きなくてはならないわけでもないし。
私がもとのソフィアのままならもしかしたらダニエル王子とも恋に落ちたかもしれないけど、もはやたらればな話だ。
溺愛されるにも才能って必要だよね。
家族からの溺愛はまぁ平気だけど、赤の他人からっていうのはなんか無理だわ。
「ま、いつかは素敵な人と恋がしたいね」
だってせっかく美少女に転生したわけだし。
しばらくはのんびりしつつ、ソフィアに相応しい素敵なヒーローとの出会いを期待しよう。
溺愛されるヒロインに転生したけど才能ないのでやめてもいいですか? 青柳朔 @hajime-ao
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