第13話 転生令嬢はラフェルが心配だった

「ラフェルが尊くて、死にそう」


こないだのラフェルとのデートは邪魔が入ったけど、楽しいひと時も過ごせて良かった。

けれど、頬を染めるラフェルのイケメンっぷりに鼻血を出したのは恥ずかしい思い出だ。

だが、あれほどまでに素敵な人って他にはいないのじゃないか?という思いに駆られるのは仕方のない話だと思う。

私の呟きが聞こえたレディの眉がピクリと跳ねたがそれだけだ。

我関せず⋯といったように遠くを見ている。


「ねぇ、レティ」


楽しいひと時は当然良かったんだけど、ラフェルのエスコート慣れがもの凄く気になる。

護衛の仕事はしていないって言ってたし、女性と付き合うのは初めてって言っていたのに何故?

ラフェルのお母様が教えたのは有り得るけど、あれほどスマートにこなすことって出来るの?

ラフェルのお母様が良良家出身だからマナーとかも教えているだろうけど、元々のスペックが高いのだろう。

応用力もあるし、そつなく何でもこなせると見ていい。

つまりはラフェルはスーパーダーリン⋯スパダリの要素しかないということだ。


「はい、お嬢様」


私に名前を呼ばれたレティが目を細める。

綺麗な顔立ちゆえにかなりの迫力がある。

私の目から見ると今日も美人で羨ましい限りだ。


「ラフェルってカッコいいでしょ?恋人の座を狙ってる人が周囲にいないかな。女狐に誑かされたらどうしよう?」


そう問いかけた瞬間のレティの顔!

苦虫をすり潰したのを飲んだどころか、汚泥に顔を突っ込まされた悲壮感まで溢れていた。

しかも、私が人のことを女狐呼ばわりしたことに物言いたげに口をパクパクとしている。

ジッと見ていると我に返ったのか、横髪を耳に何度もかけた。

これは動揺した時のレティの仕草だと私は知っている。


「お嬢様、お嬢様のように大変好みが独特の方はそういません。私の目から見てもラフェル様はカッコいいの部類には爪先一つも入りませんよ」


失礼な!と内心では憤慨しつつ、レティにラフェルが奪われる可能性がないことに安堵する。

レティと奪い合いになったら困る。


「でも、肩書きを目当てに擦り寄る女狐がいるかもしれないじゃない」


皆が容姿端麗主義ではないはずだ。

富や名誉、権力を欲する女性はいるに決まっている。

そういった人達は容姿に重きを置いていない。


「あぁ、まぁ⋯⋯」


なくはないか?でもなぁ⋯と考えているレティ。

S級冒険者は数人しかいない。

ここで性格に難アリとかだったら遠巻きにされるが、名声に目が眩んだ女狐が現れても不思議じゃない。


「だから、明日はラフェルの後をつけるわよ!素行調査ってやつよ!」


「どこをどうやったら、そんなことになるのでしょうか⋯⋯」


拳を突き上げてやる気マックスの私。

遠い目をしたレティの呟きは聞こえないことにする。

日頃のラフェルの行動を見てみたいのだ。

屋敷に来てくれた時は穏やかで優しいラフェルだけど、普段はどんな感じなのかずっと気になっていた。


「ね、いいでしょ?レティ」


ウルウルと目を潤ませて見上げると、レティがウッ!と息を飲む。

あとひと押しか。


「お願い、レティ」


レティの両手を握り、小首を傾げておねだりをしてみる。

その両頬が真っ赤に染まったのを見て、勝ちを確信し、密かにほくそ笑む。


「し、仕方ありませんね。私やテッドが危険と判断したら、帰りますよ」


「はぁ~い!」


ギクシャクと動くレティ。

私は機嫌良く、そんなレティを眺める。

ラフェルっていつも何をしているんだろう?

聞いてもあまり答えてくれないんだよね。

特に面白みはないって言われたら尚更気になる乙女心を分かっていないのだ。



■■■■■■



ラフェルの住んでいる家は私の住んでいる屋敷からだいぶ離れた所にある。

この距離を私の為に通って来てくれているのだと思うと、ラフェルが愛しくて堪らない。

キャーキャーと頬を染めて悶えている私を生温い目で見ているレティとテッドを横目に先を急ぐ。


「おぉ⋯⋯すごいですね」


ヒュンヒュンと剣が空を切る。

ただ今、まだ朝日も昇っていない朝の四時。

大体の起床時間は以前に聞いていたから、様子を見に来てみた。

ラフェルの家にある庭で彼は日課の鍛錬をしている。

庭付きの一戸建てなんて素敵過ぎる。

最近になって買ったのだと言っていたけど、この街の地価って高いからポンと買えるラフェルの経済力ってすごい。

私の持っているお金は結局はお父様達が稼いでくれたものだし、親の脛をかじっている自分が恥ずかしい。

アイデア提供とかは頑張っているけど、もっと役に立てるようにしないと。

もしラフェルが冒険者を引退したら、私が養ってあげたい。

伸びをしつつ家から出てきたラフェルは走り込みをしたかと思ったら、筋肉のストレッチやトレーニングをしてから剣の鍛錬を始めた。

私は指一本で逆立ちしつつ、腕立てっぽく出来る人を初めて見たんだけど、隣にいるレティもポカーンとしているからこっちの世界でも普通ではないはずだ。

テッドは目をキラキラさせて、ラフェルを見ている。

くっ!男も魅了するなんて、ラフェルったらなんてすごいの!?

その内にラフェル親衛隊!なんて出来ちゃうんじゃ⋯⋯私を会長にしてくれるなら設立オーケーだけど、何か面白くない。

茂みに隠れている私達三人。

ラフェルは空が朝日によって白くなってくるまで鍛錬をこなした。

鍛錬の内容量にテッドが「すごい!」と連発しているから、かなりハードな内容なのだとは思う。

一旦、家の中に入ったラフェル。

たぶん、朝食をとっているのだろう。

煙突からの煙に混じって、肉の焼ける美味しそうな匂いがしてきて、グーッとお腹が鳴った。


「お嬢様、私達も朝食にしましょう」


持っていたカゴの中から、紙に包んだサンドイッチを出してくれるレティ。

鶏肉とレタスにハニーマスタードで味付けしたサンドイッチは大層美味だった。


「レティ、これ美味しい」


美味しい物を食べると幸せになる。

頬に手を当ててモグモグと咀嚼する私の頬をレティがハンカチで拭いてくれた。


「慌てずに食べてくださいね」


レティとテッドとサンドイッチを頬張るなんて、得がたい体験だ。

使用人と一緒に食べるのはさすがに我が家でも止められてしまうから、レティ達と食べるサンドイッチが特別な物に思えた。


「あっ!ラフェルさんが出て来ましたよ!」


黒いローブをまとったラフェルが家から出て来るのが見え、慌てて三人で後を追いかける。

気配を察知されないように魔道具を使う。

しかし、ラフェルは一見普通に歩いているだけなのに、あっという間に引き離されてしまう。

私と一緒に出かける時はいつも歩調を合わせてくれているのだろうか?

いつでも隣で微笑んでいるラフェルを思い出し、胸が熱くなる。

そもそもラフェルったら足が長いもの。

コンパスの長さが違う上に動きに無駄がないから、追いつけないのも仕方ないかな。

でも、ラフェルの後ろ姿を見ていたら、置いて行かれるようで悲しくなってきた。


「お嬢様、どうされました?」


ピタリと足が止まった私に怪訝そうな顔をするレティとテッド。


「今日は⋯⋯もう、いいわ」


こんな気持ちになるくらいなら、ラフェルに休日の過ごし方を知りたいって言えば良かった。

そんな後悔に苛まれる私を見た二人は顔を見合わせ、笑った。


「お嬢様、ラフェル様を追いかけないなら朝市に寄って行くのはどうでしょう?きっと、素敵な物が売っていますよ」


「朝市の串焼きは昼と夜のと味付けが違って、すっごく美味しいんです。良かったら食べてみませんか?」


朝市には行ったことがない。

活気があって、朝ご飯に食べれるようなパンやらスープ、串焼きなどが売っていて、味付けがアッサリしていて美味しいらしい。

私を元気づけようとしてくれる二人の優しさが嬉しい。


「⋯⋯アリーゼ?」


二人と一緒に行こうとする私の背後から声がかかった。

いつもの低くて落ち着いた声に混じる怪訝な色。

顔を見なくたって誰だか分かる。


「ラフェル?」


あれ?ラフェルってだいぶ先を歩いて行ったんじゃなかったっけ?

先程ラフェルの後ろ姿を見送った方向と、私の背後を見比べて首を傾げる。

レティとテッドの顔色も悪い気がするし。


「アリーゼ、こんな朝早くにどうしてここに?」


どことなく声が冷たい気がして、ラフェルの方へと向き直った。

遠くから見るラフェルも素敵だが、やはり近くで見るともっともっとカッコいい。

ウットリと見つめると、細められていた目が丸くなる。


「何かあったのか?」


冷たかった声が和らぎ、心配そうに眉間にシワが寄った。

頬に伸ばされた大きな手は温かくて、頬擦りをするとラフェルの肩が跳ねた。


「あのね、ラフェルがお休みの日に何をしているのか知りたくて、来ちゃったの」


「は?俺が何をしているのか、って?」


目を瞬かすラフェル。

レティも変な顔していたけど、恋人が休日に何をしているのか気になるのって変なのかな?

いやいや、だってこんなにカッコいいラフェルなんだもの。

念には念を入れて女の影を洗い出して、何なら手を打っておかないと!


「だって、私のラフェルに横恋慕する人がいたら嫌だもの!」


「⋯⋯ん、んん?」


嫉妬深いって思われるだろうか?

私の叫びを聞いたラフェルは何とも言えない顔をした。


「一緒にいない間にどんな人と、どんな風に過ごしているのか、気になって仕方ないんだもの⋯⋯どっかの女狐に盗られたらって心配で心配で⋯⋯」


シュンと肩を落とす。

四六時中一緒にいるのは無理なことは分かっているが、離れているとずっとラフェルのことばかり考えてしまう。


「あ~⋯⋯え、と?本気で言ってる?」


「ラフェル様、お嬢様は大真面目に言っています」


「いやぁ、ラフェルさんはお嬢様に愛されていますね」


三人が何やらコソコソと話をしているのが気に食わなくて、口をへの字に曲げる。

私の話を聞いているの?

不機嫌な私を察し、ラフェルが苦笑した。


「俺にはアリーゼだけだ。そもそも、俺はアリーゼが思うほどモテないぞ?」


「ラフェルが気づいていないだけかもしれないもの」


ほら、冒険ファンタジーの定番ではS級冒険者に憧れていてサポートしてくれる、冒険者ギルドの受付嬢とかいるし。

馴染みの宿屋の看板嬢とか、酒場のウエイトレスとかにいるかも。


「受付嬢は俺の容姿が気に入らないからまともに会話すらしないし、一軒家を借りてからは宿屋とは縁遠い上にあそこに看板嬢はいなかったしな。酒場はめったに顔を出さないが、俺に近寄るウエイトレスは皆無で大体が店のオヤジが来るぞ」


⋯⋯うん?

ラフェルって私の八つ当たりにも近い言いがかりを何で知って⋯⋯もしかして口に出していた!?

ぎこちなくレティを見ると、サムズアップしている。


「むしろ心配なのはアリーゼの方だ。こんなに可愛くて綺麗で、その上優しくて、他の男達に言い寄られているんじゃないか?」


私の両手を握ったラフェルが私を見ている。

吸い込まれそうなほど煌めく翡翠色の瞳に魅入られてしまう。


「わ、私は屋敷からほとんど出ないから、男の人に会うこと自体が少ないわ」


「その少ない男に恋慕されることだってあるはずだ。むしろ、惚れない男は見る目がない」


人には好みというものがあって、男の人全員が私に惚れるなんて有り得ないんだけど、ラフェルは本気で言っているようだ。

私の好みドンピシャなラフェルがいるのによそ見をする理由がないのだが、心配されるのが心地良い。


「そもそも俺の休日は全部アリーゼと過ごす時間にしたいが、その、毎回だとアリーゼの方が嫌かと思って誘えなかっただけで、そんなに心配なら俺の休日はアリーゼと過ごさせて欲しい」


「え⋯⋯いいの?」


ということは、一緒に過ごせる時間が増えるんだよね?

ラフェルの色んな顔が見られる。

目を輝かせる私の頭を撫でる大きな手。

というか、ラフェルの手ってどうしてこうも気持ちいいのかな。

グルーミングの才能がある⋯ゴッドハンドってやつなのかも。

ささくれだっていた気持ちが穏やかになっていく。


「まだアルベルトに許可をもらえていないが、アリーゼの屋敷の一角に泊まり用の部屋を借りる話も出ているんだ」


そんな夢のような話があってもいいのだろうか。

ラフェルと同じ屋敷で住む!

素晴らしい提案だ!

しかし、気になるのは。


「ところで、何でお兄様の名前が出てくるの?普通はお父様じゃない?」


「どうせなら、アリーゼの家族全員に俺を受け入れてもらいたいんだ。ランベルトさんは色々と条件付きだが許可をくれたし、ナタリアさんは大歓迎だと言ってくれた」


「それで⋯⋯お兄様だけが嫌がっている、と?」


自分でも分かるくらいに声が冷たくなった。


「私からお兄様を説得します」


頭の中では「お兄様なんか大嫌い!」と叫ぶ。

現実でお兄様に向かって言ったら、アッサリと陥落するとは思うが試してみようか。

怒りに燃える私にラフェルは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。


「いや、今回の件は俺に任せてくれ。アリーゼのことを任せられる男だと証明しろと言われているんだ。認めてもらえるよう頑張るから、アリーゼは応援してくれるか?」


懇願するようにジッと見つめられ、頬が赤くなる。

私の為に試練に挑むラフェル。

考えただけで胸がときめく。

コクリと頷くと、優しく抱き締められた。


「ありがとう」


耳元で囁かれ、全身が熱くなる。

この、この!イケボめっ!

思わず罵りたくなるほど、素晴らしく素敵な声だった。

微かに掠れた低い声に滲む色気を堪能しつつ、私はラフェルを奪われまいと力いっぱい抱き締めた。




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転生した世界は美醜逆転!?~私はあなたが好きなんだから!~ アキ猫 @yuna-yuna0123

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