第12話 転生令嬢はデートを邪魔される


王立図書館に来たのは初めてだ。

国でも一番の蔵書数を誇るそこは、いくつもの本棚が立ち並び、たくさんの本がギッシリと並べられている様は圧巻だった。

ポカンと口を開けて呆ける私の横ではラフェルが入館の手続きをしてくれている。


「アリーゼ、どうしたのですか?」


コテリと首を傾げて問いかけてくるラフェル。

そんな仕草も可愛いし、カッコ良く見えるんだけど、私はムッと唇を尖らせた。


「敬語に戻ってる」


「あ⋯⋯その、すまない。敬語で話すことが癖になっているようだ」


ラフェルは頬を指でかいて困った顔をしている。

まぁ、少しくらいは許してあげなきゃ。

すぐに口調を完璧に変えられるはずはないんだし、でも⋯⋯。


「少しずつでもいいから、慣れてくれる?」


本当は困らせたくはない。

けれど、素の口調を知ってしまえば、敬語を使われると距離を置かれているようで寂しいのだ。

ションボリと肩を落とす私の頭に手が置かれた。


「勿論だ」


優しい眼差しを向けられ、自分の子どもっぽさが恥ずかしい。

それでも髪を撫でてくれる手を振り払いたくはなくて、されるがままになる。

私の髪につけられているリボンがクシャクシャにならないように気をつけてくれているようだ。

私の恋人は気配り上手過ぎだと思う。


「このリボン、俺の目の色と一緒で嬉しい」


ニコニコと笑うラフェルの言葉に胸が高鳴る。

何も言わないから気づいていないと思っていたが、どうやら言うタイミングを見ていたらしい。

ようやく言えたと胸を撫で下ろしているラフェルが可愛過ぎて、鼻血が出そうだ。

自分の想いを伝えてくれるのにも勇気がいるだろうに。

だから、私も負けじとラフェルに伝える。


「ラフェルもいつも黒づくめなのに、紫色のベストは私の目の色?そうだと幸せだな」


「こんなことで幸せになってくれるのか?アリーゼは可愛いな」


カウンターの向こうにいる司書の人が何とも言えない表情で私達のやり取りを見ている。

今の、傍から見るとバカップルのやり取りだよね?

ラフェルと恋人に見られているなんて、嬉しくも恥ずかしいが悪い気はしない。

むしろ、どんどん見て欲しい。

こんなにカッコいい恋人を自慢しなくてどうするのだ。


「ラフェルはどんな本が好きなの?」


「俺は何でも読む⋯⋯が、冒険譚なんかは特に好きだ。アリーゼは恋愛小説か?」


好きだって!

自分のことを言われたわけでもないのに照れてしまいそうになったが、私の好みを言い当てたことに驚く。


「何で分かったの!?」


「内緒」


機嫌良さそうに笑うラフェル。

長い指を唇に当てる仕草は悪戯っぽくて色気が溢れている。

追求しようと思ったのに口ごもってしまい、ラフェルに手を引かれるがままについて行く。


「奥の方にソファーがあるから、そこで本を読もう」


指し示したのは本棚に囲まれた位置にある、隠れるようにしてあるソファー。

日当たりが良く、居心地が良さそうだ。

こんな場所があることを知っているなんて、ラフェルは私が思っていたよりも王立図書館に来ているのだろうか。

ジッと見つめていると、ラフェルが首を傾げる。


「アリーゼ、どうした?」


そう言えば、エスコートも慣れていた。

手続きとかもササッと終わらせてくれたから、煩わされることなく図書館を利用出来ているし、女性の扱いも丁寧で優しい。


「ラフェルがモテそうで心配だわ」


ラフェルが信じられないと言わんばかりに、大きく口を開いて固まる。


「え、え⋯⋯?俺が、モテる??」


私の言葉の意味が理解出来ないのか、疑問符を飛ばしまくるラフェルを見て、私はホッと安堵の息をつく。


「その様子だとラフェルの生まれて初めてのデート相手は私で合ってる?」


「あ、当たり前だっ!俺みたいに不細工な男とデートをしてくれる奇特な女性はアリーゼ以外にいない」


ラフェルが目を白黒させているのを横目に、私は機嫌良く本を選ぶ。

この世界では不細工かもしれないが、デート相手を不快にさせることなくスマートにエスコート出来るのはかなりポイントが高い。

私以外にいないと言ってはくれているが、世の中を探したら内面重視で見る女性は一定数いるはずだ。

そんな女性にラフェルが目をつけられなかったことを素直に喜んでおこう。

ラフェルの初めての相手が私だということが嬉しい。


「そう言う⋯⋯そう言うアリーゼこそ、男にエスコートされるのは慣れているんじゃないか?」


言葉に混じる嫉妬の色。

ラフェルが、ラフェルが、ヤキモチを焼いてくれている!?

感動のあまり天井を仰ぐ私。

これだ、これ!

過去の相手を想像して嫉妬するということは、それだけ独占欲を抱いてくれている証拠だ。


「私をエスコートしたことのある男性はお父様とお兄様の二人だけよ。肉親以外で一緒に出かけるのは護衛以外ではラフェルが初めてなの」


そう、私もデートは初めて。

しかもこんなに胸がトキメクのはラフェルだけだ。


「これから、恋人としての初めては全部ラフェルがもらってね」


本当はラフェルの初めてを全部私がもらいたいだけなんだけど。

フフフと笑うと、ラフェルの頬に一瞬で赤みがさす。


「アリーゼは小悪魔だな」


耳まで真っ赤になっているラフェルの呟きに私は大きく頷いた。


「ラフェルの気を引けるなら、小悪魔にだってなってみせるわ」


「⋯⋯⋯⋯」


本棚に手をついて項垂れるのを微笑ましく思う。

ラフェルの為なら小悪魔になることも厭わないに決まっているではないか。



■■■■■■



パラパラとページをめくる音が響く。

伏せがちな長いまつ毛が影を落としていて、長い指がページに触れるのをボンヤリと眺める。

手に取っているのは薬草大図鑑。

冒険者という職業は知識も必要らしい。

素材の収集は大事な仕事の一つ。

薬草によって採取の仕方も違い、必要な部位も違う。

だからこそ、休日はこうやって情報収集をしているようだ。

自身の能力にあぐらをかかず、勤勉な様子を見せるラフェルに好感度は爆上がりである。


「アリーゼ、見過ぎだ」


困ったように眉を寄せる顔も秀麗だ。

美人は三日で飽きるとは言うが、ラフェルの顔はずっと見ていても飽きない自信がある。


「ラフェルの出身ってどこなの?」


さっきから見ていたが少なくとも三か国の言語は読めるらしい。


「ここからもっと北にある国だ」


この国から出たことがない私からすると、遠い国に思えた。


「読むのは何か国語出来る?」


私の質問に目を瞬かせたラフェルは顎に手を当てて考えこむ。


「五か国語は出来る。古代語とか特殊なやつは簡単な物なら読めると思うが?」


⋯⋯ラフェルってチート?

識字率のあまり高くない世界なのに五か国語が出来るってすごい。

しかも古代語って専門家も少ないのに。

我が家も勉強熱心な家庭ではあるがさすがにそこまでの教育は受けていない。


「どこか学校にでも通ってたの?」


「依頼をこなす内に覚えたのもあるが、母が裕福な家の出で分かる範囲で教えてくれた」


依頼をこなしながら現地の言葉を覚えるって出来るものなのか?

当たり前のように話すラフェルに私の感覚がおかしいのかと首を捻る。

そもそもラフェルのお母様って一体何者なのだろう。


「母は父に一目惚れをしたが親の反対にあって、駆け落ちをして一緒になったらしい。詳しいことは聞いていないんだ」


どこかの貴族の令嬢だったのかもしれないが、もう亡くなっていると言っていたし、詳細は分からないようだ。


「生きている内に話を聞いておくべきだったな」


ラフェルは彼のお母様を愛していたのだろう。

翡翠色の目に浮かんだのは懐かしさと後悔だった。


「俺にはもう家族はいないから、ランベルトさん達に親孝行出来たら嬉しい」


はにかむラフェルを眺め、私は慌てて鼻から下を手で覆い隠す。

ラフェルが、かわ、可愛い!

え、普通に、お父様達に親孝行ってことは、ラフェルの中で私達は結婚するって流れっぽい!?

何それ、嬉し過ぎない!?

身悶え続ける私。


「アリーゼ、どうしたんだ?」


不安そうに私を見るラフェルにゆったりと微笑みを向ける。


「ラフェル⋯⋯ずっと私といてくれる?」


「勿論」


躊躇いもなくコクリと頷いてくれるラフェルに堪らない気持ちになる。

恋人になってそんなに時間は経っていない。

と言うか、出会ってから数ヶ月しか経っていないなんて感じないくらい、ラフェルの存在は私の一番になっている。

手離したくない、いつまでも一緒にいたい人。

私はきっとラフェルと出会う為にこの世界に転生したのだ。

椅子から立ち上がって、壁にもたれているラフェルに近づく。


「大好きよ、ラフェル」


ラフェルの頬へと手を伸ばす。

目元にサッと赤みがさすが、嫌がることなく私の手を受け入れてくれることが愛しい。


「俺も⋯⋯」


真っ直ぐに私を見る翡翠色の瞳に見惚れる。

しかし、甘い時間はそこまでだった。

ドカドカと荒い足音が響いてくるのが聞こえたからだ。

図書館であんな風に歩いたらダメだって知らないのだろうか。

せっかくの甘い空気が霧散してしまい、私は苛立ちに目を吊り上げた。


「アリーゼ、ソファーに座ろうか」


警戒した様子のラフェルが私の手を取って、ソファーに座らせてくれる。

ラフェルは耳が良いって前に言っていたが、私にはまだ聞こえていないマナー違反者の声が聞こえたのかもしれない。

私に用事があるとでも言っていたのだろうか。

ラフェルはどこからともなく取り出した扇を私に渡してきた。

柔らかそうな黒い羽毛を使った質の良い物だ。

これ、絶対に高いやつだ!と商人の娘としての勘が告げている。

何で扇を渡してくれたのだろう?

キョトンとラフェルを見上げていると頭を撫でられ、ジェスチャーで広げるように言われた。

仕上げに細かな刺繍が端に施された、内側からは向こうが透けて見える黒いヴェールを被せられた。

顔を隠しとけってことみたい。

手際よく私の身支度をするラフェルに目を瞬かせていると、怒りを帯びた声が聞こえて来た。


「ここにあの女がいるんだろ!?」


この声、前に聞いたことがある。

本棚の間から姿を現したのはロンゾだった。

しかし、いつぞや会った時のような余裕はないようで着ている服がヨレヨレしていて見苦しい。

しかも隙もないほどぴっちりと撫でつけられていた髪は見る影もないほどボサボサ。

この短期間に何があったのか不思議なほど、目は落ちくぼみ、頬がこけていて⋯⋯こけていると言っても私の目には健康的な良い感じになったように見えるけど⋯⋯。


「お嬢様!商会長に私が無実だと、誰かにはめられたのだと伝えてください!私とあなたの仲ではないですか!!」


半ば怒鳴るように言われたが、言われている意味が分からない。

私とロンゾの仲って何?


「アリーゼとあんたの仲はただの知人だろ?」


冷ややかなラフェルの声に我に返る。

だよね!

恋人とか将来を約束したとかって感じじゃなかったよね!?


「何だ、お前は!」


丸っこい体を揺らして、ラフェルに掴みかかるロンゾだけど軽く避けられ、床に転んだ。

さすがに弱過ぎない?

何とも言えない気分になる私。

ラフェルも呆れた様子を隠すことなく、ロンゾを冷ややかに見つめた。

真正面からラフェルの顔を見たロンゾがヒィッ!と悲鳴を上げて、距離をとる。

まるでお化けに会ったみたいな反応だ。

こんなにカッコいいラフェルに失礼過ぎると思う。

腰を浮かしかけた私をラフェルが手で制する。

「大丈夫」と口パクで言ってくれ、ロンゾの視線を遮るように私の前に立つ。


「俺はアリーゼの恋人だが?ランベルトさんにも認められている、な」


ハッキリと私達の関係を言ってくれるラフェルがカッコいい。

お父様公認の仲だと聞いたロンゾの顔色が悪くなる。

魚みたいに口をパクパクしているが、一体何を言いたいのだろうか。


「それにしてもアリーゼの予定をどうしてあんたが知っているんだ?まさか、人を使って調べたのか?」


ゴミを見るような冷たい視線にロンゾが射抜く。

私、あんな視線をラフェルに向けられたら立ち直れないかも。

ロンゾは怒りに顔色を赤やら青に変えて、ブルブルと全身を震わせている。

私の予定を漏らしそうな人は使用人として雇っていないし、商会の人にいちいち報告をしていないのに知っているって⋯⋯付け回されていたってことだよね?

あまり気分の良い話ではない。

顔をしかめると、肩を優しく撫でてくれるラフェル。


「警邏隊に突き出されたくなかったら、アリーゼの前に二度と姿を現すな」


ラフェルの言葉にギリリと歯を噛み、苛立ちを露にするロンゾは我慢が出来なかったようだ。


「貴様のような醜男など認めん!」


掴みかかって来るロンゾの勢いに私は悲鳴を上げる。

けれど、私の前に立ち塞がったラフェルの手によってロンゾはアッサリと片付いた。


「アリーゼに触るなっ!」


ドゴッと鈍い音を立てて、床に叩きつけられるロンゾ。

あまりの早業に見えなかったが、ラフェルがロンゾを殴ったようだった。

息一つ乱れていないラフェルは本当にカッコ良くて、ウットリとしてしまう。

今の私の目はハートマークが浮かんでいることだろう。

ドタドタと警備員がやって来て、ロンゾを連行していくのを見送る。

あっという間の出来事で、夢見心地の私と違ってラフェルは項垂れていた。


「ラフェル、どうしたの? 」


「殴るのは⋯やり過ぎた」


やり過ぎたと言っても、ロンゾを軽く⋯本当に軽く殴っただけで、ラフェルの手には傷一つない。


「アリーゼの前で暴力を振るうなんて」


シュンと肩を落としているラフェルに思わず笑ってしまった。


「ラフェルが守ってくれて、とっても嬉しかったわ。しかもラフェルったら強くてカッコ良かった」


日に焼けた頬にソッと唇を寄せ、チュッ!と可愛らしい音を響かせた。


「私の為にありがとう」


ヘヘッと笑えば、頬に手を当てたラフェルが見みどころか首筋まで赤くなった。



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