第11話 転生令嬢はデートが楽しみ

「うふふふふ⋯⋯」


思い出しただけでも胸がドキドキする。

あのカッコいいラフェルが私の恋人だなんて!

手の甲にキスをするラフェルを思い出し、キャーキャーとベッドの上を転がり回ってしまうほど嬉しくて幸せだ。


「お嬢様、転がり回るのは淑女としていかがなものかと⋯⋯」


ここ数日、ずっとこんな調子の私を見ているレティの顔は死んでいる。

だって、だって、ラフェルと恋人になれたのが嬉しいのだもの!

少しくらいはいいじゃない!?

抗議を込めてレティを見つめると、こめかみをグリグリと揉んでいる。

私が頭痛の種と言いたいの?


「あの男⋯⋯コホン!ラフェル様と恋人になれたことを浮かれるのは分かるのですが」


ラフェルをあの男呼ばわりしようとするレティを思いっきり睨むと目を逸らされた。


「お嬢様にはもっと素敵な殿方が恋人になって欲しかったのです⋯⋯」


心なしかションボリとしているレティに頬を膨らませる。

誰がなんと言おうと私の答えは決まっている。


「ラフェルほど素敵な殿方はいないと思うわ」


ラフェルはS級冒険者だ。

強さの象徴でもあるS級の名を冠しているのに、謙虚で穏やかな気質は得がたいものだと思う。

何よりも彼の容姿はどの角度から見ても素敵だ。

背が高いし、手足は長い。

手や指の形もカッコいいし、細く見えるのに鍛え上げられた体は力強くて頼りになる。

顔だって、冷たく見えるほど整っているし⋯⋯それなのにはにかんだ笑顔はとんでもなく可愛いし、カッコいいのに可愛いとか最強じゃないだろうか。


「お嬢様は変わった趣味をされているのは良く分かりました」


ガックリと肩を落とすレティ。

だって、私にはラフェルがカッコ良く見えるのだし、私が良いと言っているのだからそれでいいじゃないか。


「あ、ラフェルと午後からデートに行くのよ。王立図書館に行くのだけど⋯⋯」


部屋着のままでは出かけたら、レティが怒るだろう。

ラフェルなら私が部屋着でも気にしないだろうが、やっぱり好きな人には可愛い姿を見て欲しい。


「デート、ですか?」


ギラリとレティの目が光った。

さっきまで項垂れていたのは何だったのかと思うほど、俊敏な動きでウォークインクローゼットへと向かう。


「相手は気に入りませんが、デートとあればそれに相応しい格好をしなくてはいけません」


目の色を変えて選び始めるレティ。

何だかんだ言っても私の為にあれこれ考えてくれるところが好きだなぁと思う。


「あまり華美ではなく、愛らしくもキッチリとした印象の⋯⋯」


物凄い勢いでクローゼットの中身を見て回るレティにさすがに引いてしまいそうになりつつも、ラフェルとのデートに思いを馳せる。

そう言えば、ラフェルは黒い服が多い。

今日も黒い服なのだろうか。

お揃いコーデとやらをしてみたいなんて言ったら嫌がられる?

いやいや、きっとラフェルなら困った顔をしつつも着てくれるに違いない。


「レティ、黒の方がいいわ」


焦げ茶色と赤のチェックのスカートと、黒で裾に細かな花の刺繍が入った物で悩んでいるレティに声をかける。


「これですか?少し、落ち着き過ぎでは?」


顔をしかめるレティに苦笑する。

私がどうして黒を選んだのかは分かっているのだろう。


「ハンドバックは前に買った翡翠色の丸い物にしたいのだけど、イヤリングはレティが選んでくれる?」


ラフェルの色も身につけたいし、注文が細かくてレティも嫌気がさすのでは?

心配する私を他所に、レティは宝石箱の中から衣装に合わせたイヤリングを選ぶのに熱中している。

あっという間に身支度を終えた私。

クルッと回るとスカートの裾がフワリと揺れる。

オニキスという黒に金色の縞が入った宝石が耳元で揺れる。

角度で金色に輝く所が綺麗だ。


「お嬢様、お美しいです」


感涙にむせぶレティ。

私としてはいつもと違って、大人っぽいコーデに大満足だ。


「レティ、ありがとう」


ニコリと笑いかけると、レティの頬が真っ赤に染まる。

私の目からするとレティの方が百万倍も綺麗なんだけど、レティからしたら私は文句のつけようがないほど美しいらしい。

と言うことは、ラフェルもそう感じてくれるかもしれないということで⋯⋯。


「ラフェルをメロメロに出来たら嬉しいな」


小さな声で呟いた言葉ははっきりとレティにも聞こえたらしく、何とも言えない顔をしている。


「むしろ、このお嬢様を見ても何とも思わない男は男じゃないと思います」


レティは真顔で一体何を言っているんだ。

スン⋯と顔から表情が抜けてしまう。

鏡を見ると、丸々とした豚が可愛らしい白いブラウスに黒いスカートを着ている。

髪には翡翠色のリボンをつけているし、私の目からすれば笑いを誘うのだけど。

ラフェルもレティと美的感覚は似ているようだし、可愛いと思ってくれたらそれでいいか。


「お嬢様、本当に今日は私やテッドが付き添わなくても大丈夫なのですか?」


眉間にシワを寄せているレティに苦笑する。


「最強のS級冒険者とのデートだもの。誰かに襲われても返り討ちにしてくれるわ」


「いえ、危険なのはそのS級冒険者ですよ」


ラフェルが危険?

目を丸くする私にレティはより一層不安そうな顔をする。


「男は狼なのです。お嬢様に何かあれば、旦那様達に合わせる顔がありません」


お父様達にねぇ⋯⋯。


「でも、お父様はラフェルが気に入っているそうよ。私がラフェルのことを本当に好きなら、私の好きなようにしていいって言ってたもの」


昨晩、書斎に呼び出されたと思ったら、真剣な顔でラフェルとの関係を聞かれたのだ。



■■■■■■



お父様は私的な話をする時にいつも書斎に私達を呼ぶ。

まだラフェルとのことを言っていないと焦っていた私はお父様が知っていることに驚いた。


『ははは!こう見えても、ラフェル君の雇い主だよ?彼がアリーゼと本気で付き合うつもりなら、私に話を通すのは当然じゃないか』


そう言って、お父様はニコニコと笑っていた。

確かに雇い主の令嬢に手を出すなんて、本来なら褒められた行為ではない。

事前にラフェルが話をしてくれていなかったら、解雇されても不思議ではなかった。

根回しをしてくれていたラフェルに感謝する。


『無理強いはされてないかい?』


まるで祈るように手を組んだお父様の言葉に私は首を横に振った。


『お父様、私、ラフェルのことが好きなの』


そう言う私をお父様はジッと見つめ、小さくため息をついた。

どこか諦めたような様子に首を傾げる。

お父様は嫌なものは嫌!とハッキリと口に出す人だから、ラフェルと何かあったのかもしれない。


『ある意味でラフェル君ほど安心な相手はいないね⋯⋯アリーゼが彼が良いと言うなら好きにしなさい』


お父様のまさかのお許しに私は目を瞬かせる。

私を溺愛してくれているお父様は、恋人になることすら猛反対すると思っていたのだ。

思っていた反応と違い過ぎて拍子抜けしてしまった。


『彼は私の与えた試練を見事にこなしてくれたからね。完璧過ぎて、こちらの度肝を抜くほど⋯⋯引き離そうものなら報復されるのが目に見えている。それならば結婚後も良好な関係を維持出来るように後押しした方が良いと思っただけだよ』


効率を求めるお父様らしいと言えばらしいかな。

それにしても⋯⋯。


『私とラフェルが結婚だなんて!?まだ付き合ったばかりでそこまで話をしていないのに⋯⋯』


想像しただけで顔が赤くなる。

タキシードを着たラフェルにお姫様抱っこされて新居の扉をくぐる⋯⋯きゃ~っ!

悶える私にお父様の顔が引きつる。


『それにラフェルは優しい人だし、報復なんて恐ろしいことはしないと思うわ』


でも、よく考えてみて?

私の知らない所で暗躍するラフェル。

良い!良過ぎる!

あの優しくて穏やかな裏にダークな一面もあるなんて、ギャップ萌えって言えばいいの?

胸がドキドキしちゃう!


『アリーゼは知らないだろうがラフェル君は敵に回さない方が良い人なんだよ』


生暖かい目で私を見るお父様。

お父様がそこまで言うなんて、ラフェルは一体何をしたのだろう。

え、て言うか、待って待って。

私達が付き合う前からラフェルはお父様の試練をくぐり抜けてくれてたのよね?

私のことをそこまで想ってくれていたの?

嬉しい!

思わず、ニマニマと笑ってしまう。


『交際は認める。⋯⋯が、節度を持った付き合い方をするようにね』


私の頭を撫でるお父様は寂しそう。

幼い頃から私のことを大事に大事に育ててくれたお父様。

さすがに「お父様のお嫁さんになる!」なんて黒歴史はないけれど、結婚したい人が現れたらお父様やお母様に相談しようと思っていた。


『ナタリアも私と同じ意見だそうだ。アルベルトを納得させるのは自分で頑張れるね?』


『はい、お父様』


自他ともに認めるシスコンのお兄様が実は一番の強敵かもしれない。

頷く私にお父様は微笑む。


『彼はあまり褒められた容姿ではない。これから先、二人の前には数々の試練が待ち受けているかもしれないね。互いを支え合い、しっかりと絆を深めていくんだよ』


ラフェルと私では養子の格差が激しい。

似合わない、釣り合わないなんて言われるのは目に見えている。

ましてや、私に数々の求婚者がいたのを跳ね退けて、ラフェルを選んでしまった。

噂だけを聞いて求婚してきた人達ばかりだけど、彼等はこの世界のイケメンだ。

自分に自信のある人達は自分が選ばれない事実をなかなか受け入れることが出来なかったりする。

つまり、恋人が出来たなら仕方ない⋯と諦めてくれる優しい人達ばかりではないということだ。

そういった人達を相手に私とラフェルはお互いの仲を見せつけ、納得させるだけの振る舞いをしなくてはならない。


『お父様、忠告をありがとうございます』


素直に頭を下げる私にお父様は目を細めた。


『何か困ったら、遠慮なく言いなさい。私もナタリアもアリーゼの幸せの為なら尽力は惜しまないから』


優しいお父様の言葉に目の奥が熱くなった。

いつも私を見守ってくれるお父様とお母様の為にも私は幸せにならなくては。

その為には、ラフェルとの結婚を目指して頑張るのだ!

まずはデートを成功かせないとね!



■■■■■■



ガヤガヤと騒がしい広場。

噴水を中心に円を描くように店が並んでいて、活気がある様子を私はウキウキと眺める。

待ち合わせの一時間前⋯⋯早く来過ぎたかな?なんて思いつつ広場を見渡して、違和感が。

ある一角に人が全くいない。

ヒソヒソとそこを見つめて話している人達がたくさんいる。


「⋯⋯ラフェル?」


そこには唇を噛んで、顔を伏せているラフェルが立っていた。

前に被っていたローブは着ていない。

白いシャツに紫色のベスト、黒のズボンを身につけたラフェルの姿は、私の目には輝くほどカッコ良く見えた。

一時間前なのにもういるなんて思ってもいなかった私は数瞬固まる。


「あんなに醜い男が店先にいたら、店が商売あがったりだわ」


「見ていたら気持ち悪くなってきた⋯⋯アイツ、早くどっかに行ってくれないかな」


耳に飛び込んできた言葉に私は息を飲む。

彼等の目は間違いなくラフェルの方へと向いていて、あまりの酷さに目眩すらした。

ただそこに居るだけで疎まれる⋯⋯そんな扱いをラフェルが受けているなんて、許せるはずが無かった。

握った拳が怒りのあまり震える。

けれど、怒るでもなく、ジッと誰かを待ち続けるラフェルの様子に頭が冷えた。


「ラフェル」


もう一度名前を呼ぶと、バッと弾かれたように私の方を見るラフェル。

その顔色は可哀想なほど青白い。

どれほどラフェルに向けられている世間の目が厳しいかを私は知っていたはずなのに、デートだからという理由で人の多い所を待ち合わせ場所にしてしまった、私の落ち度だ。


「待たせてごめんなさい」


駆け寄って、冷え切った手を握る。

周囲から息を飲む音がしたが、気にしない。

私が誰よりも何よりも優先すべきなのはラフェルなのだから。


「あ、いや⋯⋯楽しみ過ぎて、俺が早く来過ぎただけです」


ラフェルの視線が周囲に流れそうになり、私は顔を近づけた。


「今日も素敵ね、ラフェル!いつもと雰囲気が違うから、惚れ直しちゃったわ」


紫色のベストは私の目の色を取り入れてくれたのだろうか。

普段は下ろしている前髪も撫でつけていて、私に顔が見やすいようにしてくれたのだと分かる。

こういった気遣いをしてくれるラフェルは本当に素敵な人だ。


「アリーゼ!顔、顔が近い!離れてくれ!」


鼻と鼻が触れ合うくらいの距離にある顔。

真っ赤に頬を染めたラフェルが慌てて身を引くのが寂しくて、更に詰め寄る。


「あら、ラフェルが敬語じゃないなんて嬉しい。その調子で今日は話してくれる?」


女性慣れしていない様子に私は喜びが溢れて来て止まらない。

うっかりと普段の口調になったラフェルにお願いをすると、アワアワと慌てている。


「はぁ!?いや、さすがにそれは⋯⋯」


「恋人同士なんだもの、いいじゃない」


目を潤ませて見上げると、首筋まで赤くなるラフェル。

口元に手を当て、「恋人⋯⋯」なんて言って照れている姿なんて尊過ぎると思う。

ザワザワと騒がしい周囲。

醜男に猛アピールする美少女なんて予想外だったのだろう。

黒魔術にかかっているのでは?なんて囁き声が聞こえ、そちらへと冷ややかな視線を向ける。

この世界基準のイケメンがカチンと硬直するのを眺め、唇を歪めた。


「ラフェル、ここはうるさいわね。静かな所へ行きましょう?」


上目遣いに言うと、すごい勢いで首を縦に振っている。


「い、行こうか、アリーゼ」


緊張した様子のラフェルに苦笑し、その腕にしがみつく。

ビクッと肩が跳ねたけれど、私は笑いながらラフェルを見つめる。


「はぐれたら困るでしょ?」


すると、ラフェルの目が困惑に揺れたかと思うと、唇を引き結んで私を覗きこんだ。

翡翠色の瞳が細められる。


「腕にしがみつくのもいいが、これじゃダメだ。俺の身動きが取れないと、アリーゼを護ることが出来ないだろ?」


苦笑しつつもしがみついていた腕を外され、優しく手を握られた。

それも指と指を絡める恋人繋ぎってやつ!

何よりも低い声で敬語もなく話しかけられると、より一層男性として意識をしてしまう。

頬が燃えるように熱い。

今の私は耳まで赤くなっているだろうが、ラフェルはからかうことなく静かに寄り添ってくれている。


「アリーゼ、行こうか」


「⋯⋯はい」


繋いだ手をそのままに穏やかな声で促され、導かれるがままにラフェルの隣を歩く。

チラリとその顔を見ると、視線に気づいて首を傾げられた。

青白かった顔色は血色が良くなり、囁かれていた悪口に顔を伏せていた様子は全くない。

さっきのことは気にしてないのだろうか。


「ラフェルはを悪口言われて嫌な気分だったでしょう?もういいの?」


「ん?悪口?⋯⋯あぁ」


意味が分からないと言いたげに目を瞬かせたラフェルはしばらく考えて私が何を言いたいのか理解したようだった。


「あんなのは別に悪口とは言わない。本当のことを言われて腹を立てる理由などないだろ?」


悪口を言われ慣れていることが悲しい。

私が眉を下げたからか、ラフェルは立ち止まってくれた。


「俺は待ち合わせ場所にアリーゼが来てくれただけで幸せなんだ。しかも、俺が手を握っても嫌がらないし、こんなに嬉しいことだらけで怖いくらいだ」


ラフェルはそう言って、繋いでいない方の手で私の頬に触れる。

傷つけないように気を配られた優しい触り方。

心地良さに頬を擦り寄せると、微かに笑う声が響いた。

私がもしかしたら待ち合わせ場所に来ないのではないかと心配をしていたらしい。

せっかくの初デートなのに来ないはずがないのに。


「アリーゼの傍にいると、俺は自分の容姿が全く気にならなくなる。俺を知らない誰かの言葉より、アリーゼのくれる言葉の方が大切なんだ。だから、誰が何を言おうが気にしないことにしたんだ」


クスクスと楽しげに笑うラフェルは輝いて見えるほどカッコ良くて、私は胸がギュッと痛くなった。

私の言葉を大切だと言ってくれるラフェルが涙が出そうなほど愛しい。


「ラフェル、大好きよ。何回でもラフェルには惚れ直しちゃうわ」


「え?そんなすごいことを言った覚えはないんだが?」


私にとっては嬉し過ぎる言葉でも、ラフェルにひてみれば当たり前なのだろう。

不思議そうな顔をしたラフェルに私は最高の笑顔を向ける。

他の人達から見ても、私がラフェルのことを好きで好きで堪らないんだって分かるように。

こんなに素敵な人と付き合える幸運をくれた神様に感謝を。

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