第10話 ラフェルは頑張る

予定より早く帰った商団は荷降ろしにてんやわんやしている。

俺はお役御免かと思ったが、打ち上げをするからと引き止められて商会の建物にまだいる状態だ。

手伝いを申し出た俺をこれは俺達の仕事だと商団員達にさすがに断られた。

今回の討伐のおかげで彼等とはだいぶ打ち解けられた。

雇い主に似るのか、団員達は俺の容姿に戸惑うこともあるようだが普通に接してくれる。

それもやはり彼女の影響なのだと言ったのはどの団員だったか⋯⋯彼女にはずっと助けられているようだ。


「さっさと頷けばいいものをあの女⋯⋯」


ぼんやりと忙しそうにしている人達を見ていた俺は不穏な言葉が聞こえて、視線を動かした。

商会長の部屋から出て来たであろう男はイラついた様子で爪を噛んでいた。


「商会長の娘だからとお高く止まりやがって!まぁ、いい⋯⋯断りようがないように根回しをしたし、明日の会食の時にでも求婚すれば⋯⋯」


ニタァと笑った男。

傍目から見れば美丈夫と言われるであろうが、話している内容は聞き捨てならない。

求婚すれば何だと言うのだろう。

ここの商会長の娘は彼女だけのはずだ。

下卑た笑いに男の頭の中で彼女がどんな目にあっているのか、考えただけで腹立たしい。

彼女の父であるランベルトさんに会いに行った。

少しでも彼女の役に立ちたかったからだ。

すると、ランベルトさんに何故か仮面を渡された。

ノッペリとした目と鼻しか穴の開いていない、傍目から見ると不気味な仮面だ。


「ラフィル君の顔はある意味で目立つから、これで隠してみてはどうだ?この仮面は気配を殺して、認識をズラすような魔法が刻まれているゆえに隠密活動には役に立つぞ」


機嫌良く笑っているランベルトさんの顔は彼女にそっくりだ。

しかし、目を細め、机に肘をついて組んだ手へ顎を乗せて笑う姿は腹黒さが全面に出ている。

一筋縄では行かない狡猾な雰囲気に唾を飲みこむ。

初対面では怒っていたランベルトさんだったが、話してみると親バカでありながらもやり手の印象を受ける。


「ラフェル君、キミは娘の為なら何でも出来るかい?」


俺を射抜く強い視線。

試されているのが分かる。

何が答えなのかも分からないが、ただ一つ俺が言えることは⋯⋯。


「俺はアリーゼが笑うのが好きです。その為なら何でも出来ます」


彼女の幸せそうな笑顔を見る為なら、俺は何だってしてみせる。

恋人でもない少女に向けるには重過ぎる想いだとは自分でも分かっているが、ランベルトさんはお気に召したようだ。


「そうか、そうか。なら、今晩中にあの男の不正の証拠を集めておいで」


満足気に笑ったランベルトさんが俺に渡した物は間取り図だった。


「これは彼の家の間取り図だよ。そうだねぇ⋯⋯ここと、ここ、ここを重点的に捜してみてくれ」


間取り図に書きこまれた赤い丸印。

真意を確かめようとランベルトさんを見ると、今まで以上に微笑んだ。


「うちの娘に無理強いをするような輩は、我が商会には必要ないんだよ。徹底的に潰してあげないと、ね」


背筋が凍りそうなほどの怒気。

ランベルトさんはどう考えても敵に回したらヤバい人のようだ。

だが、彼女のことを侮るあの男を思い出して、ざまぁないと心の中で笑う。

すると、ランベルトさんは頬杖をついて、悪戯っぽく目を細めた。


「アリーゼが家族以外の人間に自分の名前呼びを許したのはキミが初めてなんだよ。キミは特別なんだ。娘の期待にキミは応えてくれるだろう?」


しかし、その目の奥は笑っていない。

彼女の特別が俺?

考えてもみなかったことに目を瞬かせる。


「キミはとても優秀な冒険者だ。ならば、これくらいのことは容易いはず。娘の為なら何でもする、という言葉が嘘じゃないことを祈るよ」


そのまま逸らされた視線。

これ以上は話をするつもりはないのだろう。

書類に目を通し始めたランベルトさんの執務室を後にする。

美しくも可愛い愛娘の傍にいる醜い男である俺のことをランベルトさんは良くは思ってはいないはずだった。

だが、彼女の役に立てるなら傍にいることを許してくれるようだ。

それならば、俺のすることは決まっている。

彼女の為になると言うなら、あの男の屋敷へ忍びこんで隠された物を全て暴くのみ。

いとも簡単に忍びこみ、盗み出せた裏帳簿や様々な契約書。

自分にはこういった才能があったことを初めて知った。


「まさか本当に一晩で出来るとは⋯⋯」


ランベルトさんは俺が置いた資料を見つめ、驚きに目を丸くしている。

驚いた表情はやはり彼女に似ていて、思わず笑ってしまった。


「だが、これでは足りないな」


資料などを見て、ため息をつくランベルトさん。


「最後のトドメを刺すには違う物も用意するべきか⋯⋯間に合うか?」


顎に手を当てて考えこむのを見つめる。

ウロウロとさ迷っていた視線が俺へと向けられた。


「期限は今日の昼まで。これと、この資料に関しての裏付けが欲しい」


差し出された資料には禁制品の売買に関しての物だ。

パラパラと眺め、大きく頷く。


「これくらいなら集められそうです」


思っていたよりも簡単だ。


「へ?本当に出来るのかい?」


ホッとしている俺を眺め、ポカンと口を開けるランベルトさんに首を傾げる。

自分が言い出したことなのにどうして驚くのか。


「屋敷へ侵入した時に別荘や隠れ家に使っている家の位置や必要そうな情報を集めてきましたから、昼までには出来ます」


彼女が困ったことにならないように万全の体制で挑まなくてはならないだろう。

必要な情報を集めるのは当たり前のことだ。


「⋯⋯キミ、思っていたよりもすごい子だったんだね」


「これくらい出来て当然です」


褒めてくれるのは嬉しいが、出来て当たり前ではなかろうか?

こう見えてもS級冒険者である。


「あ~⋯⋯S級冒険者って、そんなものだったかな?」


俺の返事にランベルトさんが何とも言えない顔をして、こめかみを揉んでいる。

頭痛がするのだろうか?

ランベルトさんに何かあったら、彼女が悲しむ。


「これ、体に良いそうなのでどうぞ」


異空間収納から出した小瓶を机に置く。


「あぁ、ありが⋯⋯って、これはハイポーションじゃないか!?迷いの森に住む魔女しか作れない高級品だぞ!?」


怪我でも内障でもある一定まで治してくれるポーションはよく見かける。

それこそ、商会でも取り扱っていることだろう。

市場で出回っているポーションは魔女が作ったハイポーションを劣化させたものらしい。

それこそハイポーションとは飲めば欠損した部位すら元通りになる奇跡の妙薬である。

小瓶をくれた魔女を思い出し、俺は頬をかく。


「薬の素材と引き換えにもらったものですから、さほど高い代物でもありませんよ」


薬に使える魔物の素材はたくさんある。

それに険しい崖や魔物のうじゃうじゃいる場所でしか採れない素材も。

向こうから採取の依頼をしてくることもあり、遠慮なくハイポーションなどの珍しい薬を俺がもらったりと、魔女とはお互いに持ちつ持たれつの関係だ。

と言っても、魔女は魔女。

気まぐれなところがある上に悪戯を仕掛けてくる時もある為、付き合いはほどほどにした方がいいのだが。

ランベルトさんは驚きのあまり声が出ないようだ。

パクパクと動く口。

彼女も驚くと口が開くが、父親譲りだったようだ。


「キミは⋯⋯本当に規格外だな」


何か諦めたような顔をしたランベルトさんが遠くを見つめている。

規格外というのは褒め言葉なのだろうか。

向けられた言葉が醜男ではないことに違和感を感じると言ったら呆れられるかもしれないな。


「情報が集まりしだい、お届けします」


「あぁ、うん⋯⋯頼んだよ」


タイムリミットは今日の昼まで。

何がなんでも情報を集めないと、彼女が困った状況になる。

そう考えればやる気に満ち溢れるのだから不思議だ。


「ところで、依頼料はいくら欲しいんだい?」


唐突な言葉に目を瞬かせる。


「いりません」


彼女の為に自分から動いているのだ。

報酬をもらうのは何だか違う気がした。


「そうか。まぁ、これからもアリーゼを頼んだよ」


疲れた顔をしたランベルトさんは懐にハイポーションの小瓶を入れている。

飲むわけではないのか?

ジッと見つめると、視線に気づいたようで目を逸らされた。


「これは私にくれたのだろう?大事にとっておくよ」


「必要ならいつでも言ってください」


念の為に魔女に何本か常に用意しておくように言っておこう。


「キミが敵でないことにつくづく感謝するしかないな」


しみじみと言われた言葉の意味が分からず首を傾げる。

彼女は両親や兄君が大好きだ。

彼等を大切にしていることを知っている身としては、何がなんでも敵対する関係になることはないだろう。


「それじゃ、頼んだよ」


軽く頭を下げてから、部屋から出る。

異空間収納から仮面を取り出してつける。

これをつければ他者に認識されることもなくなるからか、本当に簡単に忍びこめるのだ。

彼女の為なら犯罪だって辞さない自分が怖いような、誇らしいような。

ランベルトさんに信頼される自分でありたい。

何て言ってもランベルトさんは彼女の父親なのだから、彼女の傍にいたいならこれから先も接することは多いだろう。

気に入られている方がいい。

そんな俺の下心も分かっているだろうが、止める様子もないことから許されていると感じた。


「お嬢様とロンゾさんってお似合いだよな」


通りすがった団員達が話している内容が聞こえ、俺は目を細めた。


「ロンゾさんがドレスをプレゼントしたらしいぞ。もう既に恋人同士なんじゃないか?」


「いや、商会長の許可がおりてないしな。それにロンゾさんは従業員を馬鹿にしている所があるし⋯⋯」


「あ~⋯⋯あの人が商会長の跡を継いだら、うちの商会も多少は居心地悪くなるかもな。でも、美男美女カップル誕生は目の保養だよな」


「ちげぇねぇ!」


ギャハハと笑う声が耳を離れない。

彼女があの男と⋯⋯そう考えるだけで目の前が真っ赤に染まる。

あの柔らかい手を取り、円やかな頬にキスを落とし、豊満な体に身を寄せる。

それをあの男がする?

許せない。

情欲を含んだ目を彼女へと向けるのならば、それ相応の報いを受けてもらわなくては。

仮面に触れ、俺は微笑む。

例えどれほどの美丈夫であろうとも、彼女を汚すことは許せなかった。


■■■■■■


心臓がバクバクと鳴っている。

久方ぶりに会った彼女はより一層美しかった。

困惑に揺れる目、青ざめた白い頬。

指を鳴らしたら入って来いとランベルトさんに言われ、天井裏に隠れている俺。

けれど、意識はずっと彼女へと向かっている。

会わない内に更に綺麗になっているなんて思わなくて、ウットリと見つめる。

可憐なあの声で名前を呼んで欲しい。

ようやくランベルトさんに呼ばれ、背後に降り立つと彼女の視線が俺へと向けられた。

大きく目を見開いて驚いている彼女に仮面の下で微笑む。

こんな締まりのない笑みを見られたら、幻滅されるかもしれない。

渡す物を渡し、彼女だけを見つめる。


「アリーゼを屋敷まで連れて帰ってくれるかな?」


これからロンゾの処遇を話し合うのだろう。

ロンゾの醜態を彼女に見せることを厭っているのだとすぐに分かった。

頷き、部屋の外へと出る。

彼女は仮面の男が俺だと気づくだろうか?

気づいて欲しい。

けれど、こんな俺を見ないで欲しいという変なプライドがせめぎ合う。

柱の影に隠れて彼女を待っていると、思っていたよりも早く彼女が出て来た。

小走りになっているがどうしてそんなに慌てているのか。


「ラフェル、いないの?」


彼女は迷うことなく、俺を呼んだ。

仮面をしていても俺だと分かったのか?

胸に熱い想いが溢れて来る。

これが感動だと気づいた時には、彼女の目が潤んでいて、俺が返事をしないことにショックを受けていることがありありと分かった。


「お久しぶりです、アリーゼ」


こんなに怪しい格好をしているのに、俺の姿を見た瞬間の彼女の喜びように目を瞬かせる。


「やっぱりラフェルだった!ねぇ、いつ帰っていたの?どうしてそんな格好をしているの?」


嬉しくて堪らないと傍目にも分かるほど彼女は矢継ぎ早に俺に話しかけ、その綺麗な顔を近づけて来る。

あぁ、帰って来て良かった。

本当に心の底から、そう思った。

しかも、ウェイターがこちらへと来るのを遮るように俺の腕に腕まで絡めてくる。


「ね、ラフェル!馬車に行きましょ」


弾んだ声。

腕に感じる柔らかな体と温もりに意識が飛びそうになる。

だが、嬉しさとはまた別にこれほど無防備な様子を見ていると不安になった。


「アリーゼ、その⋯⋯男性の腕に抱き着くのは、相手の男に自分のことが好きだと誤解をされてしまいますよ?」


キョトンと目を丸くした彼女は悪戯っぽく笑い、俺の耳元へ背伸びをして囁く。


「それなら抱き着くのは家族とラフェルの腕だけにするね」


思考が真っ白になる。

俺には誤解されてもいい、そういうことか?

クスクスと楽しそうに笑っている彼女が腕を引っ張るから、自然とついて行く。

こちらを「有り得ない」と言いたげに呆然と見ているウェイターの姿が視界の端に映り、胸の内がスッとした。

彼女の手にかかれば、こんな俺でも普通の男になった気がするから不思議だ。

出会ってから、初めてばかりを俺にくれる優しくて綺麗な彼女。

叶うことなら、ずっと傍にいたいと願ってしまう自分の浅ましさにため息が出た。

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