第9話 ラフィルは出会った

生まれ落ちた俺を見た産婆は俺のあまりの醜さに手が震えていたと言う。

それでも母も父も俺を愛してくれた。


「いつか、あなたの良さを分かってくれる人に出会えますように」


優しく頭を撫でる母の手。

周囲からの両親を見る目は厳しかっただろう。

俺みたいな醜男を産んだばかりに遠巻きに見られ、苦労をたくさんしたはずだ。

それでも愛してくれる母が大好きだった。

誰からも忌み嫌われる容姿の俺を慈しむ母のような人と将来を共に出来たら⋯と夢に見た。

しかし、現実は夢とはほど遠いものであると理解するまでそう時間はかからなかった。


「男なら腕っ節で好きな女を守るんだ」


父は剣を教えてくれた。

ついでとばかりに魔法まで教えてくれたおかげで、俺の人生は驚くほど生きやすいものになり、本当に感謝をしている。

あっという間に父を倒せるほどになると、狩りに出ては獲物を持ち帰るを繰り返し、腕を磨いた。

取り憑かれたように強さを求める俺を両親は温かく見守ってくれた。

そんな両親があっけなく流行病で死んで、遠巻きにこちらを見る村人達の視線に耐えられなくなった俺は迷いなく村を出た。

容姿の悪い俺が就ける職業は数少なかった。

その中で選んだのは、冒険者。

冒険者という職業は強ければそれでいい。

依頼を達成さえすれば金が貰える。

顔の美醜は依頼主側からすれば気になるかもしれないが、ギルドを介して達成報告という形にすれば何てことはない。

勿論、顔を合わせる護衛の依頼は断っていたし、常にソロで動いていた。

パーティを組んでみようと思った時もあったが、それは断念せざるを得なかった。


「せめて、アイツの顔がもう少しまともだったらなぁ」


依頼を一緒に引き受けた男が酒場でこぼしていた言葉を聞いてしまった。

男は俺がいるなんて思ってもみなかったことだろう。

人目が気になるから、プライベートでは常に気配を殺していたのが災いした。

その翌日に男は「一緒に組もう」と俺に声をかけてきたが断った。

顔の造作なんて変えようのないことで人を貶すような奴と一緒にいるのは無理だ。

内心ではどう思っているのか気にしながら組んでも大した動きは出来ないだろう。

と言ってもそれは言い訳だ。

ただ、俺が⋯⋯人にどう思われているのかを考えるのが怖かっただけ。


ーーー小心者の己が疎ましい。


俺は一心不乱に依頼をこなした。

強さこそ正義。

容姿など二の次でいい。

そう信じて、冒険者として必死に研鑽する日々を過ごすと、あっという間に依頼達成率百パーセントのS級冒険者として名が売れるようになり、やっと死んだ両親に胸を張って報告出来ると思った矢先のことだった。


「すまない⋯⋯」


頭を下げるギルド長を見下ろす。

俺が護衛を断った依頼主が死んだのだと言う。

それが貴族だったから、何故か俺のせいだと噂が出回ってしまった。

そして、俺を排除する動きに変わったのだ。

冒険者ギルド側は俺を手放したくないようだが、ギルドへ多額の金を寄付をしている貴族も多い中でいつまでもは庇っていられなくなったのだとか。

しかし、俺は知っていた。

チームで動いている冒険者達がソロでも依頼を簡単にこなす俺を疎ましく思っていたこと、そいつらにギルド長が肩入れをしていたこと。

冒険者を辞めるように言われた瞬間に、俺の中の何かが切れた気がした。

気づくと、見知らぬ街にいた。

どうやら他国にまで来てしまったようだ。

けれど、俺は冒険者以外の生き方を知らなかった。


「また魔物の討伐ですか⋯⋯」


黒いローブで半ば顔を隠すようにして魔物狩りをする俺に対する冒険者ギルドの受付嬢の視線は冷たかった。

初めて会った時にフードがズレて顔を見られたことが原因なのだろう。

他の冒険者達への対応とは全く違うことに笑いがこみ上げてくる。


ーーーもう、何もかもが面倒くさい。


疲れきった体を引きずるようにして街を歩く。

顔も体格も生まれながらに決まっていて、変えようがないというのにどうして誰も彼もが気にするのだろうか。

何で俺の心はいつまでも痛いままなのだろうか。

痛みを感じなくなればいいのに。

ボンヤリと考え事をしていた俺は前方から来た少女にぶつかってしまった。


「すまない、大丈夫か?」


柔らかな体が傾いて行くのをとっさに手を引いて止めると、大きく見開かれる目。

ぶつかったことでフードがズレてしまったことに気づく。

あぁ⋯⋯と、絶望が胸を占める。

今までの人生で幾度となく女性どころか同性にまで向けられてきた嫌悪の視線が俺へと向くのだろう。

澄んだ目がそれに嫌悪へと変わるところを見たくなくて、目を伏せた。

だが、彼女は他の奴らとは違っていた。


「助けてくれてありがとうございます!」


彼女は転ぶ寸前を助けた俺にお礼をしたいと言った。

俺へ向けて真っ直ぐに向けられる優しい彼女の視線。

目が合うたびにその綺麗な目が嬉しそうに輝き、穏やかな微笑みが魅力的なぷっくりとした唇に浮かぶ。

全身で俺のことを受け入れてくれる彼女が不思議で堪らなかった。

俺みたいな醜男にここまで好意的に接してくれる人が今までいただろうか。


「ラフェル様」


鈴を転がしたような可愛らしい声が俺を呼ぶ。

バクバクと激しくなる心音が彼女に聞こえていなければいいと思う。

調子に乗って、呼び捨てでも構わないなんて格好つけて言ってみると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

赤みがさした円やかな頬が愛らしい。

彼女の煌めく紫色の瞳に映された俺は心なしか醜男じゃなくなっている気がして、思わず覗き込んでしまった。

けれど、彼女は嫌そうな素振りもなく、むしろ俺を熱心に見上げている。


「そう言えば、旦那様が近々難しい依頼を冒険者へしたいと仰っていたような⋯⋯」


彼女の付き添いをしているメイドの言葉に目を瞬かせるら、

冒険者への依頼は基本的にギルドを通すが、難しい依頼をこなせる奴は少ない為、前もって打診をしてから形だけギルドに依頼を出す場合が多い。

どういった内容なのかは彼女達は知らないようで、それだったら⋯と結局は彼女の屋敷へ行くことになった。


「お嬢様は、その、俺の容姿は気にならないのでしょうか」


屋敷に向かう馬車の中でそう問いかけた俺に彼女はキョトンと首を傾げていた。

どこかあどけない仕草も可愛らしかった。

俺は急速に彼女に惹かれている自分自身を止めるので必死だ。

前髪を上げて、顔を見せたらいい。

こんな俺にそんな風に言ってくれる人が一体何人いるだろう。

下手をすると彼女だけかもしれない。

自分を卑下する言葉を言えば、彼女は目を吊り上げて怒った。


「どうしてそんなことを言うの?人の顔なんて薄皮一枚剥いだら皆同じじゃない。どんなに頑張っても太らない人は太らないし、背の高さは自分では選べないわ。容姿で人を卑下するのは最低な行いよ」


不愉快だと言いたげに唇を尖らせている。

柔らかそうな唇に目が自然と吸い寄せられるのを感じた瞬間、メイドから殺気が飛んできて我に返る。

彼女の口から紡がれる言葉は俺の心に甘く響く。

優しいと褒めると複雑そうな顔をする彼女。

そんな彼女をメイドも微笑ましそうに見ていて、素敵な令嬢だと思った。

彼女の父親がこの国で他の追随を許さない大商会の会長だと知った時はさすがに驚いたが、彼女が屋敷に男を連れて来たことがないことの方が気になって、それどころではなかった。

可愛らしく、誰よりも綺麗で優しい彼女。

醜男の俺が近づいていい人ではないと分かっているのに、気がついたら目で追いかけてしまう。

すると、高確率で彼女と視線が合い、蕩けそうなほど美しい笑みが返ってくる。

それにお時間があれば⋯⋯と頻回にティータイムに誘ってくれるのだ。

もしかしたら彼女は⋯などと、自惚れてしまいそうになる。

そんな俺の内心を知らず、喋りも上手くない俺を前にして、彼女は機嫌良くティータイムを楽しんでくれるものだから、尚更愚かな勘違いをしてしまいそうだった。


「ラフェル様はお嬢様をどう思われているのですか?」


彼女が席を外した時にメイドのレティに声をかけられた。


「どう、とは?」


誤魔化しているとでも思われたのか、ギロリと睨みつけられた。

俺よりはまだ見れる見た目のレティ。

それでも不美人だと言われたことが多いだろう。


「お嬢様と距離を置きなさい。お嬢様とあなたが釣り合うとでも?」


彼女の前では態度に出さないが、レティは俺が気に入らないのだろう。

あれだけ優しい人だ。

付けこもうとする奴がたくさん集まってくるだろうし、過保護になる気持ちも分かる。

分かるが⋯⋯。


「釣り合うとかより以前に、あんたなら慕ってくれるアリーゼを突き放せるのか?」


グッ!と顔を歪めるレティ。


「俺は自分からはアリーゼに告白はしない。あんなに綺麗な人にこんな俺が出来るわけないだろ?ただ、アリーゼが望む限りは友人として傍にいることくらい許して欲しい」


頭を下げると、チッ!なんて舌打ちが聞こえたがいちいちツッコミはしない。

アリーゼと俺の前で態度があまりにも違いすぎやしないか?

見るだけで吐き気がするとまで言われる俺を、さすがのアリーゼでも好きだなんて言ってはくれないだろう。

友人としてでもいい。

偏見の目で見られない心地良さを知ってしまえば、離れることなど出来なかった。

彼女の父親であるランベルトさんの依頼をこなすまでの間、屋敷に顔を出したり、アリーゼと共に町をブラついたりとのんびりとした日々が過ぎる。


「ねぇ、ラフェル。毎日付き合わせているけど、生活は困らないの?」


彼女が申し訳なさそうに聞いてきた。

瞬きを一つして、俺は苦笑する。

酒も女もギャンブルもしない俺には今まで貯めた有り余るほどの金があるし、別に必死になって魔物を相手にする必要はないのだ。

冒険者ギルドから招集をかけられるまで、穏やかな日々を満喫するのも悪くないと思っていた。


「俺は金には困りませんよ」


「S級冒険者だから、たくさんお給料がもらえるの?」


さすがに冒険者ギルドに中抜きされて、二束三文で引き受けていたことを話すわけにはいかない。

頷けば、「ラフェルはすごいのね」と目を輝かせる彼女。

純粋な彼女を困らせたくはなかった。


「ラフェル、そろそろ行ってしまうの?」


いつものようにティータイムを楽しんでいた彼女がそう言って顔を俯かせた。

悲しげに伏せられたまつ毛が震えている。


「アリーゼ、すぐに戻りますよ」


悲しんでいる女性を慰めたことなんてない俺はありきたりな言葉しか浮かばなかった。

けれど、彼女は馬鹿にすることもなく、俺の顔をジッと見つめている。

初めの内こそ見られることに戸惑っていたが、煌めくような紫水晶のような目に己が映っていることが嬉しい。


「お土産、楽しみにしていてください」


そう言うと、彼女は寂しそうにしつつも、小さく頷いてくれた。

ランベルトさんからの依頼は、正直言うと俺にとってはあまりにも簡単なものだ。

火竜の三、四匹をあっという間に狩り終わり、唖然とした顔の商団の人達は俺のことを「すごい」と褒め讃えた。

早く終わらせて彼女の元へと帰ったら、どれほど驚くだろう。

彼女は目を限界まで見開いて、口をポカンと開けて放心するかもしれない。

間抜けにも見えるそんな様子すらも可愛らしいのだろうと想像するだけで楽しみだ。

予定よりかなり早く終わったから良い商品を買い付ける、と言って張り切る商団の人達の様子に首を傾げる。


「お嬢様は南の果物がお好きなのですよ。それに貝殻などをつかったアクセサリーもお好きですし、こちらの地方の布地の柄もお好きですから仕入れて帰ると喜んでくれるんです」


彼女はとても商団の人達に好かれているようだ。

商会長の娘というだけでここまで慕われるものだろうか。


「お嬢様は俺達に家族の時間をくれたんすよ」


「この仕事に就いていたら、結婚とか子どもの出産に立ち会うどころか子どもとの時間すらとれないからと、一度の買い付けが終わったら何日間か休みをくれるようにしてくれたんだ」


「それなのに賃金も変わらないし、最高の職場だろう?うちの商団でお嬢様を嫌いな奴はいねぇよ。いたら、半殺しにしてやる」


そんな風に笑う団員達。

彼女は心優しい素敵な令嬢だ。

彼女の夫となる人はそんな彼女に見合った美丈夫が選ばれるのだろうか。

脳裏を過ぎった彼女の屈託のない笑顔に胸が痛んだ。

そう言えば、お土産を買って帰る約束をしたのだった。

彼女はどんな物なら喜んでくれるだろうか。


「お兄さん、お土産はどうだい?」


彼女に相応しいお土産を探して、ブラブラと歩いていると露店の店主に声をかけられた。

貝殻を使ったアクセサリーが所狭しと並べられていて、淡いピンク色の貝殻を目に入れた瞬間に彼女の顔が頭に浮かんだ。


「このピンク色の貝は愛の象徴なんて言われているんだよ。想い人に贈ると恋が叶い、恋人に贈ると愛が深まるなんて言われているんだよ」


店主である老婆はそう言って笑った。

手作りの為、世界に一つしかないのだと言われて、彼女に似合う物はないか探す。


「ほう⋯⋯それが気に入ったのかい?」


手に取ったのは淡いピンク色の貝殻を花の形にした物だった。

銀色の金具の輝きも澄んでいて、彼女の手首を彩るに相応しいと思えた。


「これも何かの因果かね。ここに使っている翡翠色の魔石は護りの力を蓄えているんだよ。きっと、あんたの大切な人を護ってくれるさ」


店主の指さした所には俺の目の色にそっくりな翡翠色の魔石が葉っぱの形で使われていた。

彼女への贈り物に自分の色を入れるなど許されるのだろうか。

そんな風に思いつつも、店主に金を払っている自分がいた。

彼女はどんな物でも俺が渡せば喜んでくれる気がした。

早く彼女に会いたい。

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