第8話 転生令嬢は泣いて笑う

勢いに任せて告白をしてしまったことに気づくが時既に遅し。

ラフェルは急に椅子から立ち上がって、私から距離をとった。

もの凄い勢いで離れて行く様子に目を瞬かせる。

私、普通に告白した、よね?

何でそんなに距離をとるのだろうか。

そこまで嫌がられてる?

目を丸くする私に対して、ラフェルは体をプルプルと震わせている。

嫌⋯⋯というよりも戸惑っているみたい?


「お、俺をからかったら、ダメですよ!」


彷徨う視線。

ラフェルは私の告白を冗談にしてしまいたいらしいと気づく。

それは多分、自己保身からだろう。

不細工な自分に美少女が告白なんてするはずがない、と思っているのだ。

私だって同じ立場だったら嘘だと思うだろう。

だけど、私の方を見ようともしないラフェルに唇を噛む。

何だか話の流れ的に告白を断られそうな雰囲気なのが分かり、悲しくなった。


「私、じゃ⋯⋯ダメ⋯⋯?」


ジワリと涙がにじむ。

私が話しているのにラフェルは私から顔を背けたままだ。

そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。

目の奥が熱い。

泣くのは反則だと分かっているのに、胸が引き裂かれるように痛くて⋯⋯。


「ダメ、とかの問題じゃなくて、俺は⋯⋯」


俺は、何なんだろう。

ポロリと頬を涙が転がり落ちて行った。

こんなに簡単に涙を流すような女は面倒臭いと思われてしまうかも?

それが分かっていても胸の中を満たす悲しみをどうしたらいいのか分からなかった。

前世での私は彼氏なんていなかったし、好きな男の子が出来ても告白すらさせてもらえなかった。

デブのブスに振り向いてくれる人なんていなかったし⋯⋯。

告白を断られるのって辛い。

なかったことにされるのはもっと、もっと辛いんだって初めて知った。


「アリーゼ⋯⋯え、泣いて⋯⋯っ!?」


こちらを見たラフェルの翡翠色の瞳が大きく見開かれる。

ようやく私を見てくれたことが嬉しいのに、胸が痛くて苦しくて悲しい。

顔をクシャクシャに歪める。

あぁ⋯⋯きっと、今の私の顔はとても醜いだろう。


「ど!?え、な、何で!?」


ラフェルが狼狽えている。

けれど、一度溢れ始めた涙は止まらなくて、私は泣き顔を見られないように顔を隠した。

私は前世を思い出した時、自分の容姿に落胆した。

前世と全く同じ姿だったから。

パッチリとした目、高過ぎず低過ぎない鼻、分厚くない唇にほっそりとした体が私の憧れだった。

そう、レティみたいな美人に私はなりたかったのだ。

生まれ変わっても私は私のままだと言われたようで、何一つ変わらないのだと思い知らされるようで、絶望した。

皆が私を可愛いと褒めてくれる。

皆が好意的に私を受け止めてくれる。

それはとても幸せなことだったけど、胸にしこりが残った。

前世の私はどうだった?

好きになった男の子には嫌悪され、視線が合っただけで顔を歪められ、友達だと思っていた子達には笑われ、いつしか家を出ることすら怖くなった。

お父さんやお母さんが困っている。

それなのに私は家から出ようとするだけで冷や汗が止まらなくて、スマホで世界を見ていた。

そんな情けない自分が嫌で堪らなかった。

だから、記憶が戻った時に嬉しかったのだ。

さっきまで私は可愛い子に生まれ変われたのだと喜びに溢れていたのに、鏡に映った私に嘘だと叫びたかった。

前世では受け入れてもらえなかった私なのに、今世では可愛い美人だと言われるたびに罪悪感が押し寄せてくる。

こんな私が可愛い?美人?

ラフェルやレティに自分を卑下しちゃいけないなんて偉そうなことを言っているくせに、私は私が一番嫌いなままなのだ。

こんなネガティブ思考の情けない女にラフェルが振り向いてくれるはずもない。

優しい言葉をかけて、好意を匂わせて、無理やり相手の心を手に入れようとするなんて卑怯な手を使っている私。

今まで優しくされたことはないでしょ?

私だけがあなたを受け入れることが出来るの。

だから、私のことを好きになりなさい。

そんな風に言われて、「はい、分かりました」って言うなんておかしいだろう。

私は急ぐべきではなかったのだろう。

もっと、もっと時間をかけて、お互いのことを知ってから告白をすべきだった。

そうしたら、ラフェルの言動の裏を読めたはず。

分かっている。

でも⋯⋯。


「ら、ラフェルは⋯⋯強い冒険者、だから⋯⋯皆が凄いって言ってた⋯⋯」


ラフェルと一緒に火竜狩りに行った商団の人達はこぞってラフェルのことを褒めていた。


「私なんかじゃ釣り合わない、よね」


褒めている人の中には女の人もいて、焦ってしまった。

だって、私みたいな面倒な相手を選ぶより、ラフェルには相応しい人がいるだろうから。


「でも⋯⋯ラフェルのことが、好きなの⋯⋯」


だけど、私は自分の人生の中にラフェルがいないことがどうしても嫌だった。

だから、何としてでも私の傍にいて欲しくて⋯⋯恋人になって欲しいなんて、高望み過ぎたのだろうか。

私の問いかけにラフェルからの返事はない。

それが余計に悲しくて、しゃくり上げる。


「私、絶対邪魔になる、から、もう会わない⋯⋯方がいいよね」


他の人と和気あいあいとしたやり取りをしているのを見てしまったら、私は嫉妬で狂ってしまう。

"私のラフェルなのに!"

そう言われたら、ラフェルだって困るだろう。

だから、先に私達の関係をハッキリさせたかった。

恋人ならお互いの交友関係にも少しは口出ししてもいいでしょう?

お土産を買って来てくれるくらいには私に好意を抱いてくれていたのではなかった?

今にもラフェルを責め立ててしまいそうな自分が怖くて堪らない。

何だか、私は疲れてしまった。

こんなに苦しくて辛いなら、もう、ラフェルに会わない方がいいと思うほどに、彼の言動に振り回されている。

あぁ、でも、ラフェルが傍にいていいと言ってくれたらなら、どれほど嬉しいことか。

後から後から涙が頬を伝い落ちる。


「は⋯⋯?」


ラフェルの声色が変わった。

今まで聞いたことのない、怒りと焦燥が混じった低い声。

初めて聞いた声音に驚き、顔を上げるとラフェルの顔は涙で滲んで見えなかった。

しかし、瞬きをした瞬間に視界がクリアになり、見えたその顔に私は口を噤んだ。


「アリーゼは⋯⋯本当に俺のこと、好きなんですか?」


淡々とした聞かれ、私は体を小さくさせる。

美形が怒ると怖いと聞いたことはあるが、ラフェルの怒っている姿は本当に怖かった。

抜け落ちた表情を見て、いつも私に対して笑みを浮かべてくれていたことを初めて気づいてしまった。

だが、どうしてラフェルが怒っているのかが分からなくて、何と返事をすればいいのかも分からない。


「俺のことが好きですか?」


うつ向く私の顎に長い指がかけられ、強制的に上を向かされた。

間近にラフェルの顔がある。

まるで私のほんの一瞬の動きも見逃さないように瞬きすら忘れて見てくるラフェル。

嘘をつくことは許さないと翡翠色の瞳が言っている気がした。


「答えてください」


詰問されて私の喉がヒクリと鳴った。

言っても、いいのだろうか。

迷う私を睨みつけてくるラフェル。

長い指が私の唇を撫で、くすぐったさに身を震わせる。

早く、と急かすように細められた目を見上げ、私は震える声で呟く。


「わ、たし⋯⋯ラフェルのこと、好きなの。大好きなの⋯⋯ごめんなさい」


ラフェルは私をフる為にこんなことを尋ねるのだろうか。

再び涙がこみ上げてきて、目を伏せた。

そんな酷い人ではないと分かっていても、胸の苦しさに息が苦しい。

初めはラフェルの容姿が気に入ったはずだった。

でも、一緒に過ごすと私を見る優しい眼差しに胸が高鳴るようになり、その翡翠色の瞳に自分が映ると、大嫌いな自分が綺麗に見えて、好きになれそうな気がした。

私が触れると赤くなる頬と恥ずかしそうに伏せられるまつ毛。

それなのに私と目が合うとゆったりと微笑みを見せてくれるし、歩く時は必ず私の半歩前でいつでも手を差し出せるようにしてくれている。

時折見せる陰りを私が癒せたらと思ったのはいつだった?

出会ってそれほど経っていないのに、自分でも驚くほどラフェルが好きだ。


「俺は醜い容姿、ですよ?」


私の言葉を聞いたラフェルは眉を跳ね上げて、そんなことを言ってきた。

そんなの分かっている。

でも⋯⋯。


「私にはラフェルが一番カッコいいのだもの」


いつまでも見ていたいと思うほどにラフェルの容姿は私の好みど真ん中である。


「⋯⋯アリーゼは趣味が悪いですね」


ラフェルが何とも言えない変な顔をしつつ、口元を手で押さえる。

もしかして、意地悪を言われるほど、私の告白が嫌だった?

ネガティブな考えが浮かび、慌てて首を左右に振った。


「さっきアリーゼが言っていましたが、俺と会えなくても平気なんですか?」


真っ直ぐに私を見ていたラフェルの目は見逃さないと言わんばかりに、こちらを見ていた。

会わない方がいいって言ったことを気にしているのか。

でも、そんなことを言われても⋯⋯。


「ら、ラフェルのバカァ!」


平気なわけないのに、そんな意地悪な質問をするなんて酷い。

パタパタと涙が飛び散る。

あぁ、私はどんな顔をしている?

決して可愛いとか綺麗な顔じゃないだろう。

こんな不細工な顔をラフェルに見られたくないのに、どうしても言いたかった。


「ラフェルのこと、好きだから、諦められないから!会わない方がいいんだもん!平気なわけあるか!ラフェル、酷い!私の、告白をなかったことに、したいくせに!好きなの、迷惑なくせにぃ!」


言いたいことを言ってからわんわんと泣き始める。

さぞや呆れ果てていることだろう。


「⋯⋯⋯⋯⋯」


何も言わないラフェル。

エグエグとしゃくり上げる私に向けられる焦げそうなほど熱い視線に気づき、恐る恐る顔を上げる。

そして、私は固まった。


「アリーゼは何て⋯⋯可愛らしいのか」


恍惚としたラフェルの顔に涙が止まる。

うっとりと細められた翡翠色の瞳は私をしっかりと見ていて、引き上げられた口角は笑みを刻んでいる。


「泣き顔まで可愛らしいなんて、もっと泣かせたくなりますね」


まさかのラフェルの言葉にポカンと口を開ける。

もしかして、ラフェルってS属性の人?

でも、ラフェルに言葉責めをされる自分を思い描いて⋯⋯あれ、有りじゃない?なんて思ってしまった。

意地悪されるのは嫌だけど、ラフェルがそれで嬉しそうにしてくれるなら本望じゃない?

一瞬にして私の思考はラフェルに染まる。


「あぁ⋯⋯でも、アリーゼは笑顔の方がより可愛い、か」


私の頬に添えられたラフェルの大きな手。


「アリーゼ⋯⋯俺はS級冒険者として腕に自信はあります。しかし、醜い容姿をしているし、恋人になってくれる人がいたら、その人を生涯離さないつもりです。他の男に触れることも、何なら話すことすら許せない度量の狭い男ですよ?それでも好きだと言えるのですか?」


恋人になったら最後、生涯離さない?

何それ、すっごくいい!と思うのは私だけだろうか。

私もラフェルが他の女の人に触ったり、親しげに話すのは嫌で嫌で堪らない。

仕事の間は仕方ないけど、出来る限り私の傍にいて欲しい。

どちらかと言うと、ラフェルよりも私の愛の方が重いかもしれないが、喜んで受け入れてくれる予感に胸が高鳴る。


「ラフェルが好き。ラフェルと一緒にいたい」


あぁ⋯⋯と形のいいラフェルの唇から吐息がこぼれ落ちた。


「嫌がっても離せなくなるんですよ?」


私の手を握ったラフェルは互いの指を絡めて持ち上げ、手の甲に唇を寄せる。

今までにない触れ方に頬が熱を持つ。

これがラフェルの恋人仕様の接し方なのだろうか。

甘やかな触れ合いに心臓がうるさいほど早鐘を打っている。

心臓を落ち着かせる為に一度だけ目を閉じ、私はラフェルを真っ直ぐ見つめた。


「ラフェルが私を好きなら、私を離さないで。私もラフェルから離れたくないの」


この答えで大丈夫だろうか。

不安が押し寄せるが、ラフェルが嬉しそうに幸せそうに微笑んだ瞬間に霧散した。

何て、綺麗なのだろう。

喜色を露にしたラフェルは輝いて見えた。


「アリーゼ⋯⋯アリーゼが好きです。こんな醜男を嫌がることもなく、好きだと言ってくれる優しいあなたに心惹かれないはずがない。俺はあなたの為なら何でも出来ます」


僅かに引き上げられた口角。

一瞬だけ翡翠色の瞳に浮かんだ仄暗い感情。

それを見て、ラフェルはヤンデレの気質があるのかもしれないと初めて気づく。

けれど、ラフェルが私を好きだと言ってくれたことの方が遥かに重要で、嬉しくて止まったはずの涙がまた出て来た。

頬を伝う涙を長い指先が拭ってくれる。


「アリーゼ、本当に俺でいいんですか?」


何度も何度も私に確認するラフェル。

不安に揺れる目を覗きこみ、私は満面の笑みを浮かべた。


「私はラフェルがいいの」


私の言葉に安堵するラフェルの様子を見て、私の胸はポカポカと温かくなる。


「では、俺と恋人になってくださいますか?」


私の手の甲に今度こそキスを落としたラフェルがそう問いかけてくる。

嬉しい!

幸せ過ぎて怖いくらい!


「ラフェル、嬉しい⋯⋯末永くお願いします」


フワリとラフェルが微笑んでくれる。

目が潰れそうなくらいイケメンだ。

バクバクと飛び跳ねている心臓。

鼓動を打つ回数って決まっているんじゃなかったっけ?

もしかしたら、寿命が縮んでいるかもしれないけれど、ラフェルと一緒にいられるならそれでも良いと思えた。

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