【KAC20246】トリあえずアイしてる

こなひじきβ

トリあえずアイしてる

 専業主婦の私が昼食後の皿洗いをしていると、仕事が休みの旦那は、リビングで飼っているインコちゃんとお話をしていた。毎度楽しそうにしているもんだから、どんな話をしているのかつい聞き耳を立ててしまう。すると旦那は何かまた新たな言葉を覚えさせようとしているみたいだ。


「トリあえず……トリあえず……」

「あんた、インコちゃんに今度は何を吹き込んでるのよ?」

「ああ、俺が考えたユニークな挨拶は一通りできるようになったし、次は掴みの一発ギャグを教えようと思ってな。ほら覚えたか? トリあえず、だぞ?」


 私の旦那のギャグセンスは、はっきり言って私のツボから大きく外れている。彼はこれまでもいろいろとネタを思いついては私に披露してくるのだが、その打率は一割未満だった。今インコちゃんに教えているギャグも全くクスリとも来ていない。その上ネタの仕込みを私は全て聞いてしまっている。思い切りギャグがネタバレしている事にも気づいてない旦那は、少々間の抜けた人なのだ。


「と……トリ……」

「お、お、頑張れ、もうちょいだ。その次は『トリだけに!』だぞインコちゃん!」

「なーにがもうちょいよ、本当に変な言葉ばっかり教えるんだから……」


 正直な所、彼とは付き合い始めた頃からネタで笑うよりも呆れ笑いのほうが多かったと思う。けれど無邪気な彼の笑みを見ると、どうも止めることがはばかられるのだ。

 ちなみに我が家のインコは、インコちゃんという名前である。当然旦那が決めた名前だ。『インコの名前をまんまインコにするなんて逆に無いんじゃない!?』との事だ。聞き流してた私はその時、無の表情をしていたと思う。

 

 ここでピンポーン、と家のインターホンが鳴る。はーい、と言って旦那は玄関に急いで向かった。時間指定をした荷物が届いたのだろう。そそっかしい旦那がちゃんとハンコを持って行ったことに安堵して、皿洗いを終えた私は掃除用のコロコロを持ってリビングに向かう。旦那からの仕込みを中断されたインコちゃんが私に揚々と挨拶をしてくるものだからつい構ってしまう。

 

「ハロー! マイネームイズアオイ!」

「や、だからそれ私の名前なんだって。あんたはインコのインコちゃんよ」

「ソートモユウ!」

「……ぷっ」


 今のはインコちゃんの使いどころが上手かっただけだ。決して旦那のセンスに笑ったわけではない。旦那のギャグで笑うと負けた気分になる。だから断じて違うと言い聞かせていると、直後に私は思わぬ不意打ちを食らったのである。

 

「アオイ……、アイしてる! アイしてる!」

「……え?」


 あいつはいつの間に、そんな言葉を覚えさせていたのだろうか。うちのインコちゃんは、贔屓ひいき目抜きでも賢い方だと思っている。何せ覚えた言葉を言う相手を、ちゃんと選んでいるのだ。そう、つまり今の言葉はきっと、旦那が私に向けて言うよう覚えさせた言葉だったのだ。

 

「……ほーんと、下らない事するんだから」


 小さいころからずっと無愛想だった私を、どうにかして笑わせようとし続けてくれていた旦那。私もそんな彼を、アイしてると言えるだろう。恥ずかしいから、面とは向かって言えないけれど。私もインコちゃんに、代わりに言ってもらおうかな、トリあえず。

 

「トリあえずアイしてる!」

「ぷっ……、変な混ざり方しちゃってるじゃん……あははっ。何よ、とりあえず愛してるって、もう……」

「荷物受け取れたよー……ってあぁっ、インコちゃん! まだネタばれしちゃ駄目でしょもー!」

「いや、あんたのネタ仕込みからぜーんぶ聞こえちゃってるから」

「うっそー!?」

「トリあえず、ドンマイ!」

「あははっ! やっぱあんたよりインコちゃんの方がセンスあるわ!」

「そんなー!?」


 こんな素敵で下らない私たちの日常は、トリあえず変わらないままでいてほしいと思っている。

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