トリあえず

菜の花のおしたし

第1話 パスワード

母は亡くなった。


夫の浮気で離婚したあと女手ひとつで

私と妹を育ててくれた。


去年だったわね。まだ春だった。

職場の健康診断で肺に何かあるらしいから

検査入院するとLINEがあった。

びっくりして、病院に行くと。

「あのね、肺がんだって。

左肺に2センチ。

リンパ転移してるから、ステージ4。」


「お母さん!どうして、もっと早くに知らせくれなかったの!!」

私は腹がたった。


「うーん。私も看護師をこんなにやって来たのよ。先生の言ってる意味わかるじゃない?

ジタバタしても仕方ないレベルなのよ。」


「それで、治療は?」


「ねぇ、ステージ4よ。

手術なんかできないわよ。」


「じゃあ、抗がん剤とか放射線なの!」


「いや、なーんもしないわ。

だって、今の肺がんのステージ4で抗がん剤で

完治なんてしないもん。

副作用で苦しむのヤダ。」


「奇跡ってあるじゃない!!

それに、癌と共生するって話だってあるみたいよ。」


「ふふふ。

そうね、でも、これは私が決めたいの。

沢山の患者さんを診てきたわ。

私、好きに生きたいの。

最後はね、緩和ケアの病院に行くの。

担当医にも伝えておいたし。

明日は退院するわ。」


この人らしい。

妹にも話したら、怒ってた、めちゃんこ。


だけど、お母さん、両親もいなかったし、そんな中で私達を育てるの大変だったと思う。

私も妹も結婚して、子育てしながら働いてるからね。

わかるようになったのよ。

妹と担当の先生とも話したけど、やはり、

抗がん剤治療では完治はあり得ないそう。

先生がお母さんは看護師だったから、

きっと考えて決められたんだと思いますと

言われた時、気持ちは決まった。


母は

「余命は半年から一年だからね。

ちびちび貯めたお金は好きに使わせて貰います。

仕事はやめます。

やりたい事あるしねぇ。」


そう宣言したと思ったら、友達と旅行に行ったり、毎日、映画やらプラネタリウムやら

外食もしまくってた。

新しいパソコンも買って、なにやら

やり始めてた。


「あのね、このノートはね、私が死んだあと

困ったら読むといいわ。

ほら、最近は何でも、スマホでさ、

パスワードとかIDとかあるじゃない?

そんなのとかさ、契約してる生命保険とか

銀行のカードの暗証番号とかさ。

書いとくから。

私が死んだあとしか見たらダメだかんね。」

大学ノートを振り回して見せてくれた。




母が亡くなり、賃貸物件だったから

早めに片付けしなきゃと、妹と部屋に

入った。


「お姉ちゃん、あのめんどくさがりの

お母さん、断捨離してたんだね。」


「うん、、。」


ふたりで片付けてた時に、まだ新しいパソコンが押し入れにあった。


「ねぇ、このパソコン、私が貰っていい?」

妹が言った。


「いいわよ、うちは最近、子供達が学校でいるからあるもの。」


そんなやり取りをしながら、妹はパソコンを

いじくってた。


「お姉ちゃん!

ダメだよぅ。このパソコンのパスワードが

わかんないじゃん!!」


「えっ、そうかぁ。

パスワードねぇ、、。

あっ、大学ノートにさ、そう言うの書き残しておくって。」


大学ノートは、母が苦しくて、もう、意識を落として欲しいと言った時、たぶん、これが最期の会話になるかもと大学ノートを私に預けたのだった。


ふたりで、大学ノートを見てみたら、

(パソコンのパスワードは秘密だよん。

ヒントは赤い皮の手帳。^_^)


「なーに、これ?

おとぼけお母さんらしいわ。」


「本当にやってくれるわねぇ。」


赤い皮の手帳は本棚に立ててあった。

それには、下手ピーな短歌?俳句?

詩?

そんなもんが、ゾロゾロと書いてあった。

そうだ、母は自称、文学少女だったんだ。


「しかし、おかしな事ばっかり書いてるわねぇ、、、。

あ、ここ見てよ、お姉ちゃん!」


「何よー、こっちは本棚の片付けしてんのにぃ。」


手帳の最期に花丸が付けてあったページがあったのだ。


そこには、俳句が書いてあった。

明らかにこれは、達人のモノ。

母の駄作とは違う。


[-“どうしようない私が歩いてる


燐燃えて 青白き色 火葬場の骨


あてもなくあるけば 月がついてくる


炎天の影をひいて さすらふ


“捨てきれない荷物の重さ まえうしろ]



「これ、、。どこかで聞いたような。

見たような、、。

あ、待って。本棚の本よ!

えっーと、これでもない、これも違う。」


「お姉ちゃん、これじゃない?

この本だけが、やけに汚いもん。

種田山頭火って人の本だよ。」


「種田山頭火って有名な俳人じゃない。

ほら、わけいってもわけいってもとかの。」


「えーーっ、知らないなぁ。わけぎ??」


「バカ!

とにかく、この本から手帳の句を探そう。」


ふたりで探していると、やはり母は

この本から抜き出していたのだった。

しかし、ただ一句だけは、そこには無かった。


燐燃えて 青白き色 火葬場の骨


「これ、違うよね。山頭火さんの句じゃないよね。なんでだろう?

それにさ、どうしようもの前の-“と捨てきれないの前の “ ってなんだろ?」


なんだろう。

山頭火にはもっと有名な句があるのになぁ。

しかも、燐燃えては母の作った句のような気がしてならない。


もしかして、、、。

山頭火の本を読んでみた。

そうか、、。

そういう事だったのね。


「ねぇ、これは暗号よ。

たぶん、句の初めのことばを繋げてみるのよ。

どうしようものど。

燐燃えてのり。

あてもなくのあ。

炎天の影のえ。

捨てきれないのす。

つまり、とりあえす。

パスワードはどりあえす!!」


「わかった!

入れてみるね。」


結果はダメだった。


「だいたいさ、いくらぼんくらなお母さんでも

ちょいとは捻ってあるでしょう。

お姉ちゃん。」


「うーーん。

あれ?最後の句の前の “ ってさ、もしかしたら

すじゃなくて、ずなんじゃない?

ど、り、あ、え、ず?」


「あはははーー。どりあえずって変なの。

ならさ、どの前の-“はどしゃなくてとなんじゃないの?

と、り、あ、え、ず。これじゃない?」


パソコンは開いた。


「そこには、パスワード溶けたみたいね。

本当はね、山頭火さんの句でやりたかったのね。

ところが、りから始まる俳句が無かったのよ。

だから、お母さんが作りました。

いい出来じゃなぁーい。」


「お母さんだ。

お母さんらしいね、お姉ちゃん、、。」

妹は涙ぐんでる。


パソコンの中には、母の人生がごちゃごちゃと

書き残してあった。


そして、私達にむけて。

生きてるとさ、やな事もあんのよ。

そんな時はとりあえず、美味しい物を

食べるのよ。

とりあえず、あったかいお風呂に入ってね

とりあえず、寝ちゃいなさい。


そうやって、とりあえず、とりあえず一日を

送れば何とかなるからさ。


お母さんより。



「お母さん、いい加減だねぇ。」


「うん、ホントだ、、。」


お母さん、ありがとうね。

とりあえず、明日も生きるよ。


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トリあえず 菜の花のおしたし @kumi4920

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