最終話 八天春学園ラジオ放送部よ、永遠に
「お嬢、さすがの俺たちも今回の件の関しては夜一に賛成だぜ。放送設備や部室を宛がってくれた恩は感じているが、いきなりトイチの利子はねえだろ」
「だからその利子はおいおい返してくれれば」
秋彦は両目を閉じて頭を左右に振った。
「おいおいも返せねえって。五十万だぞ、五十万。四人で割ったって一人頭約十二万だ。そんな大金どうやって返せばいいんだよ」
「あ、綾園動画コンテストがあるじゃない。今回は佳作だったけど、次はきっと最優秀賞か優秀賞が取れるわ」
「そんな保障はどこにも無い。第一、俺たちの部活の趣旨はラジオ放送だ。普通は映像なんていらないんだよ。今回だってそうさ。綾園動画コンテストに作品を応募したのは、あくまでも借金を返済するため。借金さえ無かったら最初っから応募してねえ」
「それじゃあ、私への借金はどうやって返してくれるの? 秋彦君や武琉君はもうバイトできないじゃない」
「親や親戚にでも頼み込んで何とかするさ。ただ、その借金を返したら俺たちの関係は終わりにしよう。武琉や奈津美の言う通りだ。借金を返済するために部活をするなんて馬鹿げてる。俺はそんなことのためにラジオ放送部を作ったわけじゃない」
秋彦は子供を諭すような優しい口調で言葉を紡ぐ。
「退屈で平和な高校生活に加えるほんの少しのスパイス。そのスパイスの役割として俺はラジオ放送部を作りたいと思った。この一年間で色々とあったけど、待望の新入部員も入ってくれて残りの学校生活に些細な期待を持てた。だけど、お嬢の我がままに振り回され続けるのは耐えられない」
夜一の脳裏に金の切れ目が縁の切れ目という諺が浮かんだ。
「分かったな、お嬢。俺たちの仲はもう終いだ」
「嫌! それだけは絶対に嫌よ!」
君夜は椅子を倒すほど盛大に立ち上がると、喉が張り裂けんばかりの怒声を上げた。
「何で急にそんなこと言うの! 私にはあなたたちしかいない! あなたたちがいなくなったら私はどうすればいいのよ!」
「どうもこうもない。お嬢はお嬢で好きなように生きろ。誰も干渉したりしないから」
秋彦はどこまでも冷静な声で自分の心情を伝えた。
全身を震わせて動揺している君夜を見ても眉一つ動かさない。
「や、やっぱりトイチは止めて一日一割のカラス金にするわ。今の発言を撤回してくれなかったらカラス金にする。どう? そんなの嫌でしょう? 嫌だったら私たちの仲を終わらせるなんて言わないで。お願い」
もはや君夜の言葉は支離滅裂だった。
おそらく自分が何を言っているのかも理解していないだろう。
それほど君夜の狼狽ぶりは凄まじかった。
「無理だ。今さら何をされようと俺たちの決意は変わらない。お嬢が考え方を変えてくれない限り、俺たちの関係は今日を持って終わりなんだよ」
「嫌……」
「嫌じゃない。俺たちの仲は終わりだ」
「絶対に嫌……」
「もう一度だけ言うぞ。お嬢が考え方を変えてくれない限り、俺たちの関係は今日この場所で跡形も無く終わりにする」
「嫌あああああ――――っ!」
三度続けて〝終わり〟という言葉を告げられた君夜は、長机に突っ伏してあろうことか大声で泣き始めた。
演技ではない。
クール・ビューティーという言葉が似合っていた君夜が、五歳児並に大泣きする光景は傍目から見ていても不思議な図である。
「やだやだやだやだー、皆にはずっと私と一緒にいてほしいの! 今日で皆とお別れするなんて絶対にやだ!」
君夜から視線を外すと、夜一は秋彦に目で尋ねた。
これは一体どういうことかと。
すると秋彦は「しー」と自分の口元に人差し指を当てた。
一方、泣きじゃくっていた君夜は長机の上に置かれていたポッドやカップを絨毯の上に叩き落す。
まるで癇癪を起こした子供のように。
どれぐらい経っただろう。
顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた君夜に奈津美が近づいた。
母親が子供をあやすように優しく抱擁する。
「君夜ちゃん、あんまり泣いたらアカンよ。せっかくの綺麗に顔が台無しやで」
「ひっぐ……だって……ひっぐ……だって」
「お嬢、もう泣くな」
頃合を見計らっていた秋彦が、君夜の肩にポンと手を置いた。
「何も俺たちはお嬢を悲しませようとしたんじゃない。ただ、俺たちの気持ちも分かってほしかったんだ。それは分かるな?」
君夜は鼻を啜りつつ頷いた。
「だったら十日で一割や一日一割なんて法外な利子をつけるのは止めてくれるな?」
「でも……そうしなかったら……ずっと……皆と一緒にいられない」
「いられるさ。少なくとも高校卒業まではずっと一緒さ。いや、高校を卒業しても絶対に疎遠になんてならない。俺たちの絆はそんなに浅くないだろ?」
「本当? 本当に今日でお別れなんて言わない?」
「ああ、さっきの言葉は訂正する。だから、お嬢も約束してくれ。今回のDVDの売り上げで俺たちが負っていた借金はチャラだ。いいな?」
「君夜ちゃん、部長もこう言ってくれはるんや。自分だけ我がまま言わんと、うちたちの気持ちも考えて。そうすればずっと一緒やで」
「うん……分かった」
あっさり折れた君夜を唖然と見つめていると、最初に部を辞めると言い出した武琉が奈津美に君夜を連れて外の空気でも吸って来いと告げた。
「そやな。ほら君夜ちゃん、ちょっとジュースでも買いに行こう」
君夜は奈津美に連れられて部室から出て行った。
むさ苦しい男三人だけが残っていた部室には何とも言えない微妙な空気が流れる。
「部長、今のあれは何ですか?」
堪らずに口火を切ったのは夜一だ。
「あれがお嬢の素なんだよ。八天春学園のパーフェクト・レディとして通っているお嬢も、精神的に過度な負荷がかかると五歳児並の泣き虫になるんだ。一年前もそうだった。百万もの放送設備費なんて払えないと俺や武琉が猛意見したら逆に大泣きされてな。宥めるのにマジで苦労したもんさ」
「だからワン(俺)は落ち着けって言ったんだ。あのまま朝霧が君夜を殴っていたら、確実に一年前以上に暴れられただろう。そうなったら幾らワン(俺)でも止められん」
(それで奈津美は刺激するなって言ったのか)
拉致されたときにも見ることはできなかった君夜の本性。
それは九頭竜君夜という女性の印象を、根本から覆すほどのインパクトがあった。
「まあ、奈津美が宥めればすぐにケロっと治るから心配するな。借金の件に関しても言質を取れたから万事OK。また明日からラジオ放送部は活動できるぞ」
「え? じゃあ、先輩たちが部を辞めると言ったのは嘘だったんですか?」
「ダールヨー(当たり前だ)」
「こんな程度で辞めるぐらいなら一年前に辞めてるわ」
秋彦と武琉の二人は同時に親指を突き立てて見せた。
「つうことで明日から本格的にラジオ放送部は活動するぞ。夜一、お前には今度も大いに期待しているから覚悟しろよ」
「ち、ちなみに今後はどういった活動を?」
「そうさな。まずはやっぱり顧問探しからだな。そして昼休みに俺たちの放送を流す権利を得るために放送部と交渉して……待てよ、学園でアニラジ風の番組を流すとなったら生徒会の連中が黙っていないような気がする。おい、武琉。お前はどう思う?」
「顧問や生徒会とのごたごたも楽しみだが、ワン(俺)としてはロケがしてみたい」
「ロケか……そう言えば丘向こうにある大学が近く声優を呼んで公開録音するらしい。手始めにその公開録音をジャックしてみるのも面白いな」
「公開録音をジャック! そんなことしたら捕まりますよ!」
「あくまでも予定だ。それぐらいスリリングな活動を今後はしてみたいと俺は考えている」
ふふふ、と秋彦が不気味な笑いを発したときだ。
出入り口の扉が開いて奈津美と君夜が帰ってきた。
二人の手には自販機で購入したと思しきジュースの入ったペットボトルが握られている。
「ただいま戻りました」
「おお、二人ともお帰り。どうだ? お嬢。少しは頭が冷えたか」
「はい、はしたない姿を見せて申し訳ありませんでした」
すっかり君夜は元に戻っていた。
泣きすぎて目元こそ赤く腫れていたが、それを除けば常に落ち着いた素振りを見せていた表の君夜のままだ。
「よし、全員揃ったところでカラオケ行こうぜ。借金がチャラになった打ち上げだ!」
「カラオケで打ち上げって……また前みたいにアニソンメドレーとかは勘弁ですよ。別にいいですけど、店員さんがジュースを運んで来たときぐらい声を落としてください」
「馬鹿野郎。まったくアニソンを知らない店員に「あいつら全力でアニソン歌ってたぜ」と陰口を叩かれる様を思い浮かべるのが楽しいんじゃねえか」
「それはM気質のあんただけだ!」
本格的な夏入りを控えていた六月下旬。
ラジオ放送部の部室には、夜一の叫声がいつまでも響き渡った。
〈了〉
【あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
主人公たちの人生はまだまだ続きますが、物語自体はここで幕引きとさせていただきます。
本当にありがとうございました。
そして、異世界ファンタジーも連載しております。
【タイトル】
【連載】祖国を滅ぼされた第一皇女、闘神の力を持つ青年と復讐の旅に出る
目次ページです
https://kakuyomu.jp/works/16818093077003314642
よろしければ、ご一読くださいm(__)m
【完結】声の海 ~声優になりたいと強く願う俺が、オタクの巣窟の八天春学園ラジオ放送同好会に入会した件について~ 岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう) @xtomoyuk1203
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