第113話


最近カナンの街によくない噂が出回り始めた。


ムスカ王国の実質的な最高権力者であるシスティーナがまたしても戦争の準備を進めているらしい。


ムスカ王国軍がカナンの街を攻めた侵略戦争からもうすぐで一年が経過しようとしていた。


システィーナの軍隊は一年前の敗北ですぐには回復できないほどの痛手を被ったはずなのだが…


なんとシスティーナは現在、驚く速度で再軍備を進めているらしい。


その方法は、教会の孤児、辺境村の村人、貧民街の貧民など弱者を無理やり徴兵し兵力に加えるという強引なもの。


今ムスカ王国内では、抵抗力を持たない弱者たちが、システィーナの徴兵令によって無理やり連れ去られ、兵士として訓練されているらしい。


戦場に駆り出されることを恐れて、国外に逃げ出している人たちもいるということだ。


そんな噂を、冒険者ギルドで耳にした俺は、咄嗟にマリアンヌや教会の孤児たちのことを考えてしまった。


「まさか…あいつらが…」


もしかしたら教会の孤児たちが戦争のためにシスティーナの手先たちによって徴兵されてしまったかも知れない。


そんな可能性が頭をよぎった。


そんなことはないと信じたい。


だがシスティーナの領土拡大意欲と、自分の欲望を満たすために手段を問わない性格を知っている俺は、考えれば考えるほどに、マリアンヌたちのことが心配になってきてしまった。


「くそ…あの時に俺がぐずぐずせずに勇者を殺しておけば…」


悔やまれるのは戦場でシスティーナと勇者二人を殺しきれなかったことだ。


人質に取られたアリシアを助けることを優先したことに後悔はない。


だがもっと上手くやれたのではないかという思いがどこかにはあった。


もしあの戦場で俺が勇者を殺しきれていれば、システィーナがこんなに早く再軍備を進めることはなかったかも知れない。


「俺の責任だ。俺が決着をつけないと」


何日か悩んだ末に俺は決断を下した。


ムスカ王国へ行き、マリアンヌたちを助け出す。

そして今度こそ勇者とシスティーナを仕留めて、戦争の目を摘み取る。


それが今の俺に課せられた使命のような気がした。


「二人に……説明しないとな…」


二人には全てが終わるまでここに残っておいてもらおう。


そのほうが安全だと思う。


誰か信用のおける人物にマイハウスの護衛を頼んでもいいかも知れない。


ともかく……彼女たち二人に色々と説明しなければならないだろう。




「それがどうかしたのですか、ご主人様」


「話は…それ…だけ…?」


打ち明けるのにはそれなりの覚悟が必要だったのだが、果たして、勇気を振り絞った俺の告白に対する二人の反応は存外に薄いものだった。


俺は二人に…シエルとルリィにムスカ王国へシスティーナ王女と勇者を倒しに行くことにしたと打ち明けた。


その過程でどうしても俺が異界人であることを説明しなければならなかった。


俺はこの世界の住人ではない。


システィーナの行った勇者召喚に巻き込まれたうちの一人であり、それゆえに冒険者としてもSランクにまで上り詰めることができた。


そのことを二人に話したのだが、二人の反応はとても淡白だった。


「もっと驚かないのか…?」


「なんとなく、そんな気はしてました。ご主人様はこの世界の人間にしてはあまりにも強すぎると。だから、異界人だと言われて納得しました。でも、だからと言ってあなたが私のご主人様であることに変わりはありません。これからも命をかけてお仕えしていきます」


「ん……シエルも同じ…」


特に驚いた様子もなく当然のようにルリィがそういった。


シエルも追随するように頷く。


「お、おう…その、ありがとな…」


正直ちょっと戸惑ってしまった。


まさかここまで簡単に受け入れられるとは思わなかった。


俺はそれなりに突拍子もない話を二人にしたつもりだったのだが、二人には驚く様子も疑う様子もなかった。


完全に俺が異界人である事実を飲み込み、その上でだからどうした?というような表情を浮かべていた。


逆にこっちが驚いてしまったぐらいだ。


「それで、ご主人様。そのムスカ王国への遠征、もちろん私たちも連れて行ってくれるのですよね?」


「シエルも…行く…」


「いや、お前たちはここに残ったほうが安全だ。ムスカへは俺一人で」


「ダメです」


「絶対に…だめ」


二人が俺の言葉を遮り、しがみついてきた。


上目遣いで懇願するような目を向けてくる。


「私たちを置いておくなんでひどいです。私はどんな時もご主人様と一緒と決めています」


「…シエルも。もう…離れないって決めた…」


「…でも」


俺は逡巡する。


二人の安全を考えるならここにいてもらったほうがいい。


だがそれは俺の独りよがりのような気もしてきた。


二人の俺についていきたいという意志は固そうだ。


説得するのは難しいような気がする。


それにシエルのこともある。


彼女はここへくる前に、教会から一人抜け出し、イスガルドを目指したという過去がある。


要するにいざとなったら何をするかわからない子だ。


俺の目の届かないところで危険なことに手を染められるぐらいなら、側にいてくれたほうがいいかも知れない。


「わかった…お前たちも連れて行くよ」


「「…!」」


色々考えた末に俺は二人をムスカへ連れて行く決断をした。


二人はほっと胸を撫で下ろし、互いを見て笑い合っている。


「…やれやれ」


俺はため息をつき、二人を加えた三人でのムスカ遠征の計画を練り始めるのだった。




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アラサー社畜さん、勇者召喚に巻き込まれてしまう〜勇者じゃないなら必要ないと追放されたが俺だけの最強ステータスが覚醒。今更戻ってこいと言われてももう遅い〜 taki @taki210

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