第112話
イスガルド侵略戦争の敗北を受けてなお、システィーナの支配欲は折れることがなかった。
戦争に負け、彼女の兵力は大きな損耗を被ったが、システィーナは国民に対し新たな徴兵令を出して、足りない兵力を補う計画を立てた。
システィーナが狙ったのは弱者だった。
教会の孤児、貧民街に住む貧民、辺境村の住人。
そのようなあまり抵抗力を持たない人間たちを半ば強制的に徴兵し、軍隊に加えた。
そして同時に、勇者二人の更なるステータス強化計画にも着手した。
イスガルド侵略戦争にムスカ王国が敗北したのは、全て兜の男のせいだった。
自分が追放したはずの男が実は三人の異界人の中でいちばんの力を持っており、戦場においてダイキとカナを打ち負かした。
頼りにしていた二人の勇者が敗北し、システィーナの軍はそのまま撤退を余儀なくされた。
システィーナは戦場において兜の男を味方に引き入れようとしたが、失敗し、男は現在、カナンの街で冒険者として活動している。
「あの男をどうにかしなければ……カナンの街の攻略は難しいでしょうね…」
カナンの街を再侵攻するにあたって最も障害となるのはもちろん兜の男だった。
勇者を超える力を持つ兜の男を排除しない限り、再びカナンの街を侵攻しても返り討ちになる可能性が高かった。
なのでシスティーナは兜の男の排除を最優先事項として計画を進めていた。
カナンの街にはシスティーナが送り込んだ刺客が何人か潜んでいる。
彼らからもたらされた情報によると、現在兜の男はカナンの街でSランク冒険者となり、名前をあげているらしい。
すでに奴隷二人と共に住んでいる住居も特定している。
システィーナは、カナンの街の刺客たちに、兜の男の暗殺命令を下した。
「殺しなさい。手段は問わないわ」
「御意に」
従者から刺客たちに命令が伝えられるまでに何日かはかかるだろう。
カナンの街に潜ませている刺客たちは、いずれも修羅場を潜り抜けた手練れたちだ。
いくら勇者を超える力を持つ兜の男とはいえ、寝込みを襲われればひとたまりもないだろう。
システィーナはほくそ笑み、吉報がもたらされるのを待つのだった。
「やめてくださいっ…私たちは神の従者ですよ!?」
「それがどうした」
「システィーナ様の命令だ」
「この教会の財産は没収。孤児たちはこちらに引き渡してもらおう」
「ああ、お願いです。このようなことはやめてくださいっ…あなた方がしているのは神を冒涜する行為です…!」
教会に、マリアンヌの懇願する声が届く。
今朝、突然マリアンヌの務める教会に王城から派遣された兵士たちがやってきた。
彼らはズカズカと押し入ってきて教会ないを踏み荒らし、王女の命令だからと食糧や財産を奪っていった。
そして教会で面倒を見ていた孤児たちを王城へ連れ去ろうとした。
マリアンヌは彼らがここへきた理由を知っていた。
最近、街には教会や貧民街から人が兵士たちによって連れ去られているという噂が流れていた。
システィーナ王女から発せられた新たな徴兵令により、抵抗力を持たない貧乏な人間たちが兵士として徴用されているのだ。
街の人間たちは王女の権力を恐れ、抗議の声は上がらなかった。
マリアンヌは、王女の邪悪な手が自分たちの元へも伸びるのではないかと心配し、毎日神に祈りを捧げていた。
だが祈りは届かなかったようだ。
とうとう今日、兵士たちがマリアンヌたちの元にもやってきて、財産と、食料と孤児たちを連れ去ろうとしていた。
財産や食料は戦争のために消費され、孤児たちは訓練され、侵略軍の兵士として使い捨てられるのだろう。
そのことがわかっているマリアンヌは必死に抵抗した。
「やめてくださいっ…お願いします…財産はどうぞ持っていってください…だから、子供達だけは…」
マリアンヌは教会の財産を渡す代わりに孤児たちを助けてくれと懇願した。
教会には“あの男”のおかげでそれなりの財産があった。
それを差し出す代わりに、どうにか孤児たちが連れ去られるのだけは阻止しようとしたのだ。
だが泣いて懇願するマリアンヌに兵士たちは聞く耳を持たなかった。
それどころか下卑た視線でマリアンヌを見つめ、互いに顔を見合わせると、マリアンヌを孤児たちと共に拘束した。
「きゃっ…何を…!?」
「へへへ…こいつ可愛い顔してるなぁ…」
「体つきもたまらねぇ…」
「こいつを連れて行こう……お前には戦場で兵士たちを癒してもらおう……二重の意味でな」
「げへへへへ。きっと兵士たちの指揮もあがることだろうよ…!」
「なぁシスターさんよ。あんたのその体で俺たちに救いをもたらしてくれよ?」
「やめなさいっ…離してっ…」
マリアンヌは抵抗するが、兵士たちに取り囲まれどうすることもできず、孤児たちと共に拘束されて荷台へと乗せられてしまう。
「マリアンヌ…怖いよ…」
「私たちどうなっちゃうの…?」
「うぅ…助けて…マリアンヌお姉ちゃん…」
「ああ、子供達……一緒に神に祈りましょう…」
マリアンヌは天を見上げ、懇願する。
自分はどうなってもいいから子供達をお助けくださいと、幼き頃より仕えてきた自らの神に祈りを捧げるのだった。
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