第111話
「ふぅ…なんとかなったな…」
俺の目の前で膝をついているロイドを見下ろしながら、俺は安堵の息を吐いた。
ロイドは、地面に膝をつきながら、呆然と目の前の虚空を見つめている。
その体は傷だらけで、あちこちから血を流している。
破壊された武器が、少し離れたところに転がっていた。
ロイドは自分の敗北を受け入れられないと言った表情で、呆然と時を止めていた。
「大丈夫か?」
俺はロイドに声をかけながら、回復魔法を使用した。
ロイドの体が光に包まれ、傷が癒えていく。
出来れば怪我をさせたくはなかったのだが、ロイドが強かったために俺もある程度の力を出さなければならなかった。
俺の本気を引き出すために殺すつもりで襲いかかってきたロイドを、全く傷つけずに完封するほどの戦闘技術は今の俺にはなかった。
聖剣召喚に頼らずに勝てたことだけでも僥倖とするべきだ。
「つまかれ」
回復魔法の光が収まりすっかり傷の癒えたロイドに、俺は手を差し伸べる。
「…」
ロイドは差し伸べられた俺の手を借りずに立ち上がった。
そしてポツリといった。
「俺は…負けたのか?」
「……ああ」
俺が頷くと、ロイドは再び固まった。
まるで受け入れ難い現実を飲み込もうとしているかのように、その表情がわずかに歪む。
「そう、か…」
ロイドはやがてそういった。
もうその表情に悔しさは滲んでいなかった。
どこか清々しいような、そんな顔つきだ。
ロイドはつい先ほどの戦いを、あるいはこれまでのSランク冒険者との戦いを反芻するように、遠い目つきをしながら言った。
「久しぶりに、生きた心地がした」
「…?」
「もう俺より強いやつには会えないかと思った……かつてのような冒険者に対する憧憬も、強さに対する貪欲さも、俺の中でなくなりつつあった」
「…」
「それをお前は思い出させてくれた。だから、ありがとう。いい勝負だった」
「ああ」
聞かなくてもロイドが満足したことはその表情から読み取れた。
ロイドが右手を差し伸べていた。
俺はその手を取り、ガッチリと握手を交わす。
「ありがとう。俺の進むべき道が見えた気がす
る」
「何かの役に立てたのなら、良かったよ」
「傷の治療、感謝する……そして、あんたを本気で襲ってしまったことを詫びさせてくれ。どうしてもあんたの本気を知りたかった」
「それはもういいよ。結果的に俺は死ななかったわけだし」
「結局あんたの本気は見れなかった。情けないことだ。俺は本気であんたを殺すつもりだったのに、あんたは本気を出さずに俺を打ちのめした。こんな敗北感を味わったことは今までで初めてだよ」
「いや……ロイドさん。あんたは多分強かったと思う」
特別な力を最初から持っている勇者は別として、ロイドは間違いなく俺が出会った現地人の中で一番強い戦士と言って良かった。
聖剣を召喚せずに勝てたのは本当に奇跡と言って良かった。
女神の加護がなければ、俺は大怪我を負っていたことだろう。
「あんたにそう言ってもらえると嬉しいよ。一つ尋ねたいんだが……あんたはどうやってそこまで強くなった?」
「え…」
「あんたがそこまで強くなれた理由。それを知りたい。俺がこの先に進むための指針になるかも知れない。教えてくれないか?」
「それは…」
ロイドに真っ直ぐ見つめられ、ちょっと焦ってしまう。
「ど、努力…?とか…」
明後日の方向を見ながら、なんとかそう絞り出した。
「努力…やはりそうか。強くなるには、研鑽あるのみだ」
「そ、そうそう。そんな感じ…」
なんとか納得してくれたみたいで俺はほっと胸を撫で下ろす。
異界人であることをなんとかバレずに済んだようだ。
「なぁ、あんた。無理な頼みだとわかって言うんだが、俺を弟子にしてくれないか?」
「え…?」
ロイドが俺の前に膝をついて行った。
「あんたの強さの秘密が知りたいんだ。頼む。俺を弟子入りさせてくれ」
「いや、それは…」
「なんでもする。雑用、使い走り、邪魔者の排除、今まで俺が稼いだ全財産をあんたに譲ってもいい。だから、俺を弟子としてそばに置いてくれないか?」
「…っ」
膝をついたロイドが頼み込むようにそんなことを言ってくる。
その真摯な目線と声音に俺の心は若干揺れ動くか、しかし流石の俺にも出来ることと出来ないことがある。
「悪いが……弟子を取るつもりはない…すまん」
「…そうか」
ロイドががっかりしたように言った。
俺はなんとかロイドを励ますためにこういった。
「その代わりと言ってはなんだが……その、また勝負をしよう。強くなりたい気持ちは俺にもあるし……ロイドさんとは同じSランク冒険者として切磋琢磨できればいいと思っている」
「…!」
「それでいいですか?」
「もちろんだ。望むところだ」
ロイドの表情が一気に明るくなった。
立ち上がったロイドが俺を見て、決意を固めるように言った。
「俺は強くなる。次に戦うときは、あんたを失望させないほどに実力をあげていると約束する。次の勝負を楽しみにしていてくれ」
「ああ。わかった。楽しみにしている」
再びガッチリと握手を交わした俺とロイド。
すっかり打ち解けた二人は、あれこれ会話をしながら、カナンの街へと共に帰還したのだった。
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