第3話 兄の考察
日が完全に暮れたその夜。
事前に21時からボイスチャットを始めることを連絡されていたサチはスマホのチャットアプリを起動させ、専用の部屋にアクセスする。
既にナギとタイトは入室済みだった。
「タイッちゃんひさ~。ナギも~。」
極めてリラックスした雰囲気で話し始めたサチに、タイトも答える。
「サチちゃんも久しぶり。」
男性にしてはやや高めの声だが、嫌な響きはない。
知的な顔立ちにこの声だからか、在学当時は校内に結構なファンがいたのだが、妹同様に色恋に疎いため、最後まで気がついていない様だった。
「ハハハ。 僕は朴念仁だからね。」
気がついたとしても、こう切り替えされるのが目に見える。
とにかく色恋に疎く、ほんわかした感じが特徴であった。
「サチが来る前に、事情は説明済み。 他に追加事項があれば教えてって感じ。」
ナギが話の進行を務める。
昔から三人が顔をあわせると必然的にナギが進行役になる。
それはひとえに、他の二人が話を脱線させるためである。
脱線自体はサチが多いのだが、タイトはナギによりも雑学知識が豊富であり、話し出すと止まらないタイプであった。
こんな二人を相手に話をまとめるのはそれなりに手間がかかるのだが、楽しいからそれもいいかと進行を務めていた。
「とりあえず、そうだな。 ナギの予想どおりこれは古典ではなく、近代文学にもこの様な詩は見当たらないから、創作短歌だと思う。」
ナギの考えの追加確認から、タイトの話は始まる。
その話は聞き取れなかった部分の様相に始まり、それらの単語の歴史的な意味など多岐にわたる内容となったが、さすがに脱線がすぎると
「ところでだけど、明日はどの辺りから調べるの?」
話が一区切り付いたところでタイトが二人に質問を投げかける。
「私は文芸部の部員から確認していこうかなと思うの。」
「ワタシも短歌同好会あたりからかなぁ。」
それぞれに答える二人に対し、タイトが私見として話を始める。
「僕が思うに、文芸部とか同好会に参加している人ではないと思うな。」
その言葉に二人は驚く。
それらの参加せずに独自で短歌などを創作する生徒はまったく想定していなかったからだ。
「お兄ちゃんはなんでそう思うの?」
ナギの質問に対し偏見かもしれないけどと前置きをして話を始める。
「僕が気になったのは『トリ』って言葉だよ。 これって言わば卑語つまりはスラングの一種だからね、文芸部とかに入る人って言葉を大事にしようとする傾向が強いから、スラングなどは積極的に回避していくと思うんだ。」
そう言われ、ナギも心当たりを感じた。
文芸を嗜む人には、正しいと思う言葉づかいに気を使うため、新語やスラングを使うことを異否する人は多い。
プロと呼べる人は気にせず使うことがあるが、アマチュアでは抵抗感がある人が多いと感じる。
実際に文芸部の会報を見てみると、ほぼスラングなどは使われていないし、部内の雑談でもスラングの使用の是非の様な会話はだいたい否決される方で話が進む。
「そういう事も考えると、相手は文芸部とかには参加していない人じゃないかな。」
ダメ押しとばかりに自分の結論を話すタイチ。
その時、ナギの頭の中でシミュレーションが走る。
詩が聞こえていた時にいたという人びとの話。
校庭にいた人々。
「そうだ、その日サッカー部は残っていた?」
「ええと新人君と数名の2年生がいたかな。」
ナギの質問にサチが答える。
それを聞いて我が意を得たりとばかりにタイチが話をする。
「確かサッカー部で、去年の文化祭に自作短歌を披露した人がいたよね。」
「それは確か高町君だったと思う。」
ナギが少し考え答える。
「そうそう、その高町君。 彼なら条件に当てはまると思うんだ。」
タイトは思い出したと言わんばかりに名前を確認したあと、自信を持って発言した。
「さすがタイッちゃん。」
タイトがチャットルームを退出した後、二人は高町に確認する手順を話している。
「わたしだけだったら、文芸部に突入して空振るとこだった。」
不確定情報で突撃欲しくないなと思いつつナギも答える。
「そうね。私も高町君で間違いないと思うよ、現国の成績も良いし。 ただ、推理には一部難ありって感じかな。」
「ん? それどう言うこと?」
概ね肯定としつつも、疑問を口にするナギに、サチは興味を引かれた。
「詳しい事は明日話す。 さっき言った様に高町君が詠っていたって事は同意だから、余計な考察挟んで引っかき回すのもよくないし。」
つとめて明るく話すナギは、「大した事ない」と言わんばかりの雰囲気だったため、それ以上はツッコまないでおくことにした。
話題も尽きつつあったので、明日の行動手順を確認したのちにチャットを閉じた。
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