第2話 その日の回想

 夕暮れ、日はビルのはざまに落ちようとしている。

 校庭には部活中の生徒も数えるほどしかいなくなり、サチも足早に校門へと向かっていた。

ふと、どこからか声が聞こえた。

「……にてトリあえずしてなにをおもう……。」

 誰かが詠っているようだ。

 独特のイントネーションから短歌や俳句のようだが、あいにくとサチはそれがどちらなのか分からない。

 ナギなら当てられるとは思うが、残念ながらサチはその手の詩に明るくはない。

 ただ、そのイントネーションとやや低いが透き通るような声は心地よかった。

(こう言うの良いなぁ、さらっとうたが詠める人ってカッコよくない?)

 がぜん興味が湧いたサチは、校舎へと戻っていく。

 そして詠っている人はどんな人なのかを想像しながら屋上を目指す。

 校舎へ戻ろうとした時に確認したが、校庭側で窓が開いている教室はない。

 ならば屋上しか考えられない。

 人が少ないとは言え声が響いたのだから。

 しかし、サチは屋上でその人物と会うことはできなかった。

 なぜなら屋上へ出るための扉は全て施錠されており、開けることができなかったからだった。


 そしてサチは詠っていたのが誰なのか調べ始めたのだった。

「……もしかして私、勘違いしていた?」

「何が?」

 改めて当時の状況の話を聞いていたナギが早速自分の間違いに気がつく。

 サチは詩を詠っていた人がどんな人なのか気になっているのであって、好きになったとかではないのだと。

「えーと、いつものことだからサチの一目ぼれの話かと……。」

「さすがに声聞いただけで、好きになるとかないけど……。」

「ですよねー。」

 両手を合わせて謝るジェスチャーを取るナギに、サチも自分の髪をかいてあきれているのジェスチャーで返す。

「まあ。ナギは色恋が絡むとポンコツになるのは、いつものこととしてだ。」

「ちょっと、ポンコツってなによー。」

 思わず反論するナギ。当人としても恋愛が絡むと暴走しがちなことは認めるところだが、恋愛トラブルメーカー気質のサチに言われると少し腹が立ってくる。

「とは言え、わたしなんかよりスゴイ得意分野の広さと知識量は当てにしてるよ。」

 ナギが何か言ってやろうと思ったところに、唐突にウィンクと褒め言葉が飛んできた。

「うえ、ちょっちょっと何よ……。」

 クリーンヒット。 ナギは思わず言いよどんだことで返そうとした言葉を忘れてしまった。

 そして褒め言葉に恥ずかしくったナギは、勢いよくテーブルに突っ伏す。

 しばらく意味のない呻きのような声を上げていたが、唐突に姿勢を直すとノートをサチに突き出した。

「とりあえずよ! さっきの話にあった詩の聞き取れた部分を書き出してっ!」

 サチは勢いに圧倒されつつもノートを受け取り、自分が聞いた「にてトリあえずしてなにをおもう」をノートに書いた。

「ほい。」

 書き終わったサチがノートを返す。

 そこには行などを無視して大きめに詩が書かれていた。

「ねえサチは、なんでを『漢字』でも『ひらがなとり』でもなく、『カタカナトリ』だと思ったの?」

 ノートに書かれた『トリ』の部分をペンで指しつつナギが質問する。

「明確な理由はないけど、なんとなくカタカナが正しいんじゃないかなと思って。」

 考えるように目を天井へ泳がせながら答えるサチを見ながら、ナギも少し考える様に持ったペンを自分の唇の下に当てる。

「うーん、サチの考え当たっているかも。」

 小さくつぶやくナギに、意味が分からないサチが食い入るように体を前へ乗り出して来る。

「たぶんこれ短歌の後半分だと思うから、『にてトリ』、『あえずしてなにを』、『おもう』で分解できるはず。」

 ナギが自分の考えについて解説を始める。

 サチが聞いたのは短歌後半分つまり五七五七七の2回目の五から、最後の七の途中までの部分と考えられる。

「そして『トリ』の前の『にて』が助詞だった場合だけどこれ、歌合戦の最後とかの『トリ』と同じで最後の意味ならカタカナであっている。それなら古典ではなく現代の短歌になるはず。」

「カタカナが正解なのは良いんだけど、そこに何の意味がある?」

 褒められたことの理由がいまいち把握できずサチは聞き返す。

「つまりはこれ、自作の短歌である可能性が高いってことよ。」

 そこまで言われてサチも気がつく。

 自作の短歌であれば、趣味や部活動などで短歌を作っている人間を当たればいいということになる。

「そうか! 文芸部の部員の可能性があるってことか。」

「でも該当者は文芸部だけとは限らないよ。」

 我が意を得たりとばかりに満面の笑顔を向けるサチに、ナギが静止をかける。

「なので、ここはお兄ちゃんの力を借りようと思う。」

「タイッちゃん帰っているの?」

「ううん。 東京。 まだしばらくは帰れないみたい。 でもお兄ちゃんなら該当する人のあたりをつけてくれるかなって。」

 ナギの2歳年上の兄である太刀タイトは、この高校のOBだ。

 在学時は生徒会役員と文芸部の部長を掛け持っていたので、校内に広い人脈があった。

 現在は東京の大学に進学し一人暮らしをしているのだが、その人脈は今でも残っており校内の人探しや学校の資料について調べるのであれば、まずは兄に確認するのが早い。

「通話がOKになったら連絡するからそれでいいよね。」

 ナギの提案にサチは同意する。

 それを合図に2人はそれぞれにトレイを持って席を立った。

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