第4話 本人に聞いてみた

 翌日昼休み。

 ナギは購買部で買ったサンドイッチを手にサチを持っていた。

 程なくかけ足で姿を現したサチは近所のコンビニの袋を下げている。

「まった〜? レジがすごい混んでてさ。」

 サチは昼食によくコンビニのおにぎりを選んでいる。

 白米が好きだからと言うのが本人の話だ。

 もっとも今日の様な昼休み中にやる事がある日くらいは校外へ買い出ししなくてもとナギは思う。

「遅くなったことはしかたないし、行くよ。」

 作戦は結局、昼休みに同席して話を聞くと言うストレートな手段となった。

 当初こそ尾行なども考えたが、そもそもことは犯罪でもなんでもなく、あくまで自分たちの好奇心を満足させる為の行動だ。

 なら直接聞いてしまった方が早いと言うことになったのだった。

 早速、学食へ入り周りを見回す。

 長いテーブルの端の席で一人食事をしている男子生徒をみつける。

 しっかりしているが、どこか線の細さを感じさせる立たずまい。

 間違いない高町本人だった。

 ちょうどいいことに前側の席が2つ空いていたので、二人は足早に移動した。

「こんにちは高町君。」

 最初に声をかけたのはナギの方だった。

 サチは普段は論理的かつ行動的なのだが、こと自分の事になるとナギ以外の前では奥手になる。

 今回も自分の話しだと思ったとたんに怖気ついてしまい、ナギに任せたのだった。

「ん? あれナギさんに、……サチさんじゃない。」

 ナギは兄のタイチが有名だったこともあり、ほとんどの生徒から苗字ではなく名前かあだ名ナギで呼ばれる。

 高町もまたあだ名で呼ぶが、これは名前で呼ぶのが馴れ馴れしいのではと思うためだった。

「前の席、空いてるみたいだけど座っていいかな?」

 ナギが少し前かがみになりながら前髪を左手で持ち上げながら微笑み話しかける。

 ナギの仕草や表情は男性を勘違いさせるとサチはたまに指摘するのだが、意識していない行動だけに直すのは難しい。

 高町もまたナギの行動に一瞬ドキッとしたが、すぐさまに席を勧めた。

「ありがとう。ご一緒させてもらうね。」

 再び笑顔で礼をするナギに横で、ナギがだめだこりゃと手を顔に当てる。

 このままでは高町がナギに骨抜きにされてしまうのでは、という焦りからサチが慌てて話し出す。

「ところで高町君さ。 一昨日の夕方に詩を暗唱していなかったか?」

 特に隠すこともないので、直球ストレートの質問を投げるが、それに対し高町が驚きの声を上げた。

「ええっ! サチさん、あれ聞いていたの?」

 思わず立ち上がる高町の顔がみるみる赤くなっていく。

「あんな人気の少ない時に詠っていたら、声がよく通るだから、少し小声でも響くよ。」

 その言葉に今度はテーブルに突っ伏し頭を抱える高町。

 そんな行動を見てナギは少しため息をついた。

 サチは物事に対してストレートすぎるのだと、ナギは以前忠告していたのだが今回も聞き入れていなかった様だ。

「それに、少ししか聞こえなかったけどスゴク良かった。!」

 突然の宣言に高町は驚きサチを見上げ、ナギは額に右手中指を当て首を振る。

「ごめんなさいね。 サチは端折って話を進め過ぎなの。」

 高町に謝罪しながらサチの手を引っ張り座らせる。

「ナギはね、昨日からあの詩を誰が詠っていたかを調べていたの。」

 落ち着いていない二人を見据えつつナギが説明を始める。

 ナギは詩が気になり、自分に相談を持ち掛けて来たこと、

 兄に相談しサッカー部がいたなら、部員の高町君ではないかと推測していたこと。

 そしてそれを確かめるために、声をかけたこと。

 これまでの経緯を聞くことでようやく高町も落ち着きを取り戻していた。

「なるほどね。 でもなんか恥ずかしいな。」

 高町が照れたようにはにかむ。

「それに先輩が俺を覚えていたのも嬉しいし。」

「あれ? 高町君って兄と面識有るの?」

 ナギが思わず聞く。

 サッカー部の中心人物である高町と元文芸部の兄に関係があったとは想定していなかったのだ。

「ナギさんは覚えていないか。 俺は入学当初に文芸部に体験入部していたんだよ。」

 今まで他人事と冷静に構えていたナギは驚きのあまり声をあげそうになり、慌てて両手で口をふさいだ。

「そこで、先輩から詩歌の吟じ方を少し教えてもらったんだ。」

 なぜ兄は高町を知ってたのか、改めて考えればその点が不思議だったのだが、そこに思い当たらなかった時点で自分は探偵役はおろかミステリーマニア失格だなと心の中でぼやくナギ。

 ただ、これで自分の別の推理は確信に変わった。

 とは言えこの推理は何の意味ものないのだが、念のため確認することにした。


 人の群れ

 の背を探せず

 にてトリ

 会えずして

 なに思う夕暮れ


 静かにだけどよくとおる声で詩を詠みあげた。

「ああ、流石にナギさんは分かっていたか。」

 高町が恥ずかしそうにしている。

 そんな彼をやさしい瞳で見つめて答えるナギ。

「今回の事で思い出しただけ。 これ兄の短歌ですよね。」

「えっ!? そうなの。 なんで昨日タイッちゃんは他人事みたいに。」

 サチも驚き確認してくる。

「それは本筋じゃないから後にしましょう。」

 ナギはやんわりと回答を保留し、本題に入る。

「ところで高町君はなんで、この詩を詠みあげていたの?」

 核心ともいえる部分へナギは切り出す。

「その詩が好きだったからというのもあるけど。」

 そこまで言うと高町が言いよどむ。何か決心ししようとしている感じだ。

「……、気になっていたから……。」

 しばらくの間、考え込んでいた高町だが、ついに吐露した。

「サチ…じゃなくて紗千絵さんの事が、前から気になっていたんだ。」

『えっ!? えぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

 今まで3人とも大声を出さないようにしていたがついにサチとナギが声をあげてしまう。

 その瞬間に学食内の人という人の目がサチへとむけられ、騒がしかった学食が一気に静まる。

「皆さん申し訳ありません!!映画の話をしていたらオチのどんでん返しの凄さに思わず声をあげてしまいました。お騒がせしましたー!」

 とっさにナギが立ち上がり学食内全てに伝わるようにでまかせの謝罪をする。

 もともと何が起きたかわからなかった周囲は、一瞬ぽかんとした雰囲気になるが次の瞬間爆笑と落胆と安堵がないまぜになった笑いに包まれた。

 なかには「後でその話聞かせろよー」など明らかに話の内容を知っていそうな声掛けもあったが、とりあえずその場は収まっていった。

 そして人々がまた自分の食事などに意識が向いたタイミングで再び話を始める。

「俺、さっき『惚れた』と言われたとき本当にうれしかったんだ!」

 騒動で吹っ切れたのか高町はサチに猛アピールを開始する。

「そ、それは詠い方の話しで、そ、その付き合うとかって話じゃ……。」

 しどろもどろになるサチ。 ただまんざらでもなさそうである。

「まぁまぁ。ここは焦らずに行けばいいんじゃない高町君? サチも嫌っているわけじゃないんだし。」

「そ、そうかな。」

「そうよ。 気になるなら私がサチの背中に『予約済み』って札貼っておくから」

「それなら大丈夫?かな……。」

 助け舟を出すためにナギが間に入るが、ナギも色恋沙汰に関しては暴走しがちなタイプである。

 何かおかしな方向へ話がまとまりつつある。

「『予約済み』は止めて! 物じゃないんだから。」

 思わず素でナギにツッコミを入れる。

 それを見た高町も少し冷静になったようだった。

「二人とも本当に仲がいいな。 俺も少し焦っていたも。」

 そう言うと高町は頭を下げる。

「いやいや、こちらも誤解させる事を言ったのは悪かったよ。」

 サチも頭を下げる。 その上で少し頭をあげるて小声で話を続ける。

「それでさ、いきなり付き合うのはアレだけど、少しづつならな。」

 それを聞いた高町はガバっと顔をあげると、「改めてよろしくな。」とだけ告げて席を立った。

 その足取りはスキップでも踏み出しそうに軽かった。

「さ、さすがにこの流れで告白が来るとは思わなかった……。」

 脱力しながらサチはつぶやく。

「そうかしら、ある程度予測はしていたけど。」

「それは詩を知っていたからだろ!」

 想定済みの様な顔で話すナギに、サチが思いっきりツッコミを入れた。

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