チクイチの説明

小石原淳

鳥蒸す噛む鶴「張れたらいいね、国士無双」「いや、上がらなきゃ」

「――ちくしょう、だめか」

 最後の牌を引いたが、欲しいソーズの1ではなく、四枚目のぺいだった。念のため、他の三人の捨て配を確認し、完全に安パイと分かる。持って来た北を切ると、そのまま流局となった。

「お、だめだったか国士無双。トリあえず、だな」

 五人目のメンバーで、この局は観戦に回っていた千島ちしまが言った。対戦中に余計なことを喋らぬよう、口を閉ざしっぱなしだったせいか、声がしわがれ気味だ。

「とりあえず? 何のこと?」

 聞き返すが、コーヒーを飲んで喉を潤していた千島からの返事は遅れた。その間に、次の局に向けて準備が整う。千島の代わりに、正面に座る田辺たなべが答えた。

「トリに会えなかった、引けなかったなって言ってるんだよ。俺が最初に言われたときも、意味分からなかった」

「トリ……って、ああ、イーソーですか」

 麻雀牌は大まかに言って、四つに分類できる。マンズ、ソーズ、ピンズ、それに字牌だ。字牌以外の三種には1~9の数を付す。たとえば1が付いたものはそれぞれイーマン、イーソー、イーピンという。このイーソーのデザインが孔雀っぽくて、よくトリと呼ばれるのだ。

「そういうこと」

 やっと千島が短く答えた。そんな彼を指差し、大路おおじ先輩が評した。

「勝手に用語を造る癖があるんだよな、千島。いきなりやられると、混乱するわ」

「そうそう。前にも、似たようなのがあった。確か……白和え、だったよな」

 大路先輩と同学年の津川つがわ先輩が、上目遣いになってから思い出した風に言う。

「あれは我ながら傑作と思ってるんですけどね」

「傑作ってほどじゃない。そのまんま、はく和了あがるってだけ」

 二人のやり取りを聞いて内心、なるほどとほんのちょっぴり感心した。

「造語は別にいいさ。俺達“身内”だけで流行らせようとするのもかまわない。それだけの努力を、創作にも注いでほしいもんだ」

「部活中にみんなして麻雀やっておいて、そりゃないでしょ」

 千島が悪びれずに指摘すると、笑いが起きた。

 僕ら五人は、とある大学でミステリ研究会なんてものをやっている。会員は今、この部室にいる五人の他にあと二人、三年生がいる。四年生にも二人いたのだけれど、送り出したばかり。断るまでもなく弱小クラブだ。

 それなりに歴史はあって、かつては真面目に部誌を作ったり、演劇部や映研のミステリ作品にネタを提供したり、他大学との交流を持ったりと、盛んに活動していた。が、一旦途絶えたのが影響してか、現在は暇さえあれば麻雀に現を抜かすグループになっている。もちろん実績がないと部費がおりないし、下手をすると部室を取り上げられる恐れもあるため、それっぽい活動はしている。ずばり、推理小説の創作だ。ネットの投稿サイトが催すコンテストから出版社による名のある賞まで、タイミングが合えば投じている。成果は、入賞となるとネットのミニコンテストに佳作で滑り込むのがせいぜいだけれども、予選通過でいいのなら二次~三次ぐらいはざらにある。

「とりあえず、新入生の勧誘で興味を引けそうなネタを捻り出さないと」

 新入生勧誘策の発案は、遅れに遅れている。というかその議題で集まったのに、何故かこうして麻雀に興じている始末だ。

「四月、いや、三月下旬には形にしたい」

「三月下旬まで……そりゃ、さっきの僕の国士無双テンパイですね」

「ん? 何だ何だ、おまえまで千島みたいなことを言い出すのか」

「え、まあ。イーソーがないとだめ――急がないとだめ」

 口にしてから思った。千島の奴、よく臆面もなく言えるよなあ。


 と、こんなていたらくの我がミステリ研ではあるけれども、僕は気に入っている。一年前に掲げたという心意気が好きなのだ。


   トリックを

   案出あんしゅつできる

   AIエーアイが生まれるまでは

   ず~っと俺達が書いてやるよ


 トリあエず、おしまい。

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チクイチの説明 小石原淳 @koIshiara-Jun

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