第27話 寝坊はしていない

朝、目覚めた辛夷は隣で寝ているはずのセンキュウの姿を探す。


(あいつ……どこ行った?)


部屋を探せば、冷蔵庫の中身を何か探しているセンキュウがいた。


おそらく朝ごはんを作っているのだろう。


センキュウは冷蔵庫から卵と、ベーコンのようなものを取り出して扉を閉める。


(そういえば、昨日はセンキュウの部屋で寝たんだった)


辛夷は昨日の夜の出来事を思い出す。


そしてついでにセンキュウに撫でられた感触も思い出して一人で恥ずかしくなってしまった。


(なんで、夜だけあんなに優しいんだ?)


いつもは悪口と罵詈雑言と嫌味のおひたしみたいなセンキュウも、夜辛夷が寝に来る時だけは別人のように優しいのだ。


そういえば、着替えないと。


センキュウの部屋に常備してある自分の制服を箪笥から取り出す。


そして着ていたパジャマを見ると、それはセンキュウのパジャマだった。


(また……借りてしまったのか)


辛夷はセンキュウの部屋で寝るときはいつもセンキュウのパジャマを着て寝ている。


一応自分のパジャマをセンキュウに預けてはいるのに、なぜかセンキュウは頑なに自分のパジャマを貸そうとするのだ。


脱ぎ捨ててある自分のパジャマを回収してとりあえず畳んでみる。


そうしていると、こんがりといいにおいがしてきた。


「おい、朝ごはんできたぞ」


エプロン姿のセンキュウが辛夷に呼びかける。


辛夷はとりあえず歯を磨くことにした。


「どうだ、うまいか?」


朝食は、パンに卵とベーコンをのせたものと、謎の野菜スープだった。


「この野菜スープおいしいな」


「そうか、そりゃよかった」


センキュウは食べる辛夷を向かいの席から眺めているようだ。


「お前も食べたらどうだ?遅刻するぞ?」


「それもそうだな」


辛夷が尋ねるとセンキュウも食べ始める。


そして食べ終えた皿を辛夷は回収する。


「皿はさすがに洗っとくよ」


「そうか、頼むよ」


辛夷はキッチンに立てかけられたセンキュウの杖を使って皿を洗う。


そしてついでに調理に使われたであろうフライパンも洗った。


時刻は既に7時。


そろそろ部屋を出てもいい頃合いだ。


「それじゃあ、俺は出るぞ」


「ああ」


辛夷はセンキュウに挨拶をして、部屋を出た。


隣には自分の部屋がある。もともと辛夷とセンキュウの部屋は隣同士だ。


自分の部屋に戻り、鞄を回収するとすぐに本部会議室に向かう。


今日は、前日の体育祭の後始末が主な仕事となっている。


本部会議室には、既に半数以上のメンバーが集まっていた。


「ああっ、辛夷ちゃん。いけないんだ」


「何だ急に?」


本部会議室に入った途端、カイカが辛夷に話しかけてきた。


「俺が何かしたっていうのか?」


「うん?何なのでしょうね」


ソウジュツもカイカの言葉の意味がわかっていないようだ。


辛夷は遅刻をしてしまったのかと時計を見るも、集合時刻まではあと三十分ほど余裕があることが分かる。


「俺は遅刻はしてないぞ」


「まあ、そうでしょうね。カイカどういうことなんですか?」


辛夷とソウジュツはカイカに尋ねる。


カイカは辛夷のローブにつけられたバッジを指さした。


「そのバッジ、俺らのとデザイン違うでしょ。間違って違う人の着けてるよ」


辛夷のそれは、よく見ると本部役員のバッジではない。


「ほんとうだ。違うようですね」


「昨日の体育祭で混ざったんだろうか」


辛夷は何とかしてごまかそうとする。


「いえ、昨日は全員体操着だったのでそれはないかと」


「あ……」


誤魔化そうとしたのが仇になった。


その場には気まずい空気が流れる。辛夷が付けているバッジは、川芎のものだ。


辛夷が着替える時、間違えてつけてしまったもの。


そのデザインは風紀委員長の立場を示すものである。


辛夷は慌ててバッジをポケットに隠した。


「いや、そのタイミングで隠すのは逆に悪手よ」


それでも辛夷は諦めない。


自分の机から予備のバッジを取り出し、何事もなかったかのようにそれを取り付けた。


「ほら、これでなんでもない……なんでもない」


カイカとソウジュツは気まずそうでいて、半ば呆れているようだ。


「まぁあなたの恋愛事情に口は出す権利は、我々にはないですけど。程々にしておくことですね」


ソウジュツは辛夷から目を背けて話す。


「そうだよね、恋愛は自由だもんね」


そう言うカイカの声は引きつっている。その二人の発言は、それは辛夷を焦らせるのには十分だった。


「待ってくれ、誤解なんだ。一緒に寝ただけなんだ」


「寝た?そんな破廉恥な」


誤解を解くための言葉がさらに誤解を招く悪循環。


「違うんだって。ほんとに何もないんだよ」


二人は頑なに辛夷と目を合わせないようにしている。


「おはよ〜!!三人共、どうしたの?」


気まずい空気の中、本部会議室には残りの二人がやってくる。


「すまないな。何か空気が変かもしれないが、何も聞かないでくれ」


辛夷はやってきたばかりのチモと牛黄に声を掛ける。


その声かけを不思議に思ったチモは、小声でソウジュツに尋ねる。


「ねぇ、何かあったの?」


「何がって、何もあるわけないでしょう」


ソウジュツは、何も言うつもりがないようだ。


チモがカイカを見ると、カイカは露骨に目をそらす。


そうしてチモがソウジュツたちに尋ねているのを辛夷が見ているから、さらに気まずい雰囲気になる。


誰もそんなに悪いことはしていないはずなのに、誰もが何か悪いことをしたような罪悪感を抱える。


そして誤解が解けないまま時間になって、片付け作業が始まるのだった。

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牧場の牛よりも温厚なお前が風紀委員長なんてなれるわけない。 謎の人物? @suguniyameru

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