第26話 一緒に寝てくれ〜!!
そして辛夷が自分の部屋に帰ろうとしたとき、廊下を歩いていると偶然通りかかった六君子を見つける。
その場所はちょうど一般寮と特別寮の境目。
絵画などが飾られた長い廊下になっている場所だ。
「ああ、六君子くんじゃないか。久しぶりだね。あれから大丈夫だったか?」
特徴的な黒髪と、黒い目を見かけて辛夷は思わず声をかけた。
「ええ、大丈夫です。この学園にもだいぶ慣れました」
大丈夫だと言っている反面、六君子の表情はどこか元気がなかった。
「どうしたんだ?何か良くないことでもあったのか?」
辛夷は尋ねる。
「実はゴールドフラッグで優勝しまして」
「優勝したのか?すごいじゃないか」
目の前で辛夷が笑っている。それを見て、あまりにも嬉しすぎたのかそれとも恥ずかしかったのか六君子は真っ赤になる。
「それでも、俺はその時休憩室にいたから。見てやれていなくて、本当に悪かったよ」
「いえいえ、そんな。お言葉をいただけるだけでもう……十分です」
尻すぼみの言葉にはこらえられない嬉しさが滲む。
その嬉しそうな表情はあの時の表彰台の時のものとは、まるで天国と地獄ほどに違っていた。
「そうだ優勝したってことは、六君子くんにはお願いの権利があるんだったな」
「すみません。まだ決まってなくて」
しおらしい仕草でもじもじする六君子。辛夷はそれを見てほほえましいと感じていた。
「まあ、お手柔らかにな。でも俺ができることならなんでも頑張るからさ」
「……っ、何でもっ」
恥ずかしさがオーバーヒートして、隠しきれない喜びを隠すように六君子は手のひらで顔を覆う。
「それじゃあ、疲れているだろうから早く寝るんだそ。おやすみ」
そうして六君子に手を振って辛夷が去った後も、六君子はしばらく笑顔のままだった。
それから時間が経過して、辛夷も六君子もそれ以外の生徒も部屋に戻る。
部屋に戻った生徒たちは支度を終える床に就く。
夜は更けてゆく。
やがて風紀委員会の見回りの仕事を終えたセンキュウも自分の部屋に戻ってきた。
風紀委員会は夜間の生徒の無断外出を監視するのも仕事なため、他の生徒よりも門限が遅い。
そして真夜中に部屋の明かりをつけ、軽くシャワーを浴びる。
歯を磨いてから、明日の準備をして、センキュウはようやく布団にもぐりこむ。
(やっぱり、布団は最高だな)
布団のぬくもりに身を任せ、センキュウがうとうとし始めた頃。
誰かがセンキュウの部屋のドアをノックする。
「助けてくれ」
と言っているようだ。その声に、センキュウは聞き覚えがあった。
仕方がないとセンキュウは布団を出てパジャマ姿のまま、鍵を開けた。
そしてドアも開けてやる。
そこにいたのはセンキュウの予想通り、枕を抱いた辛夷だった。
「すまない、センキュウ。今の時間起きてるのはお前だけだと思って」
「なんとなく、そうなるんじゃないかと思った」
センキュウは仕方がないとばかりに部屋に辛夷を招き入れる。
センキュウの部屋には既に辛夷のための布団が用意されたいた。
「一人で暗い部屋で布団に入っていたら急に怖くなったんだ」
「そうか、怖くなっちゃったか」
センキュウは辛夷のためにココアを入れてやる。そのココアの入ったマグカップは辛夷専用のものだ。
「ありがとう」
礼を言って、ふうふうと息を吹きかけココアを冷ます辛夷。センキュウは辛夷の隣に座って背中をさすってやっている。
「やっぱり、あの暗闇は怖かったか」
「怖くなんかない。あの時は夢中だったから怖いなんて思っていなかった」
強がる辛夷。センキュウは何も言わず頷くだけだ。
「あの時は、本当に怖くなんてなかったんだ」
小さくなる辛夷の声。センキュウは優しく辛夷の頭をなでた。
「いつも、一緒に寝てくれてありがとう」
「寝れないのはつらいだろうから。我慢するくらいなら、いつでも来い」
辛夷の背中には、よほど怖かったのだろう。びっしりと汗をかいているようだ。
センキュウは棚から自分のパジャマを出すと、辛夷に差し出す。
「そのまま寝たら風をひくだろうから、あとで着替えることだな」
「すまない。ありがとう」
辛夷はセンキュウの顔を見ずに礼を言う。
辛夷がゆっくりココアを飲んでいるのをセンキュウはそばで見つめている。
「お前って、なんでいつもは意地悪なのにこんなときだけ優しいんだろうな」
辛夷はそばに座るセンキュウの体温をなんとなく感じていた。
「そうか?俺はいつも優しいだろ?」
「それは、嘘だな」
飲み終わったココアのコップを辛夷から回収して洗い場に持っていくセンキュウ。
それを、少し離れたところから辛夷は見つめている。
「今日はもう遅いから、歯磨きをして寝ような」
辛夷が着替えている間に、センキュウはさっきのマグカップを丁寧に洗った。
そして洗い物を終えてみると、辛夷はセンキュウのパジャマを着て大人しく布団の上に座っていた。
辛夷はセンキュウと背丈はほとんど違わない、けれど体格がセンキュウのほうが勝っているのでそのパジャマは少しぶかぶかに見えた。
「なんか、ちょっといいにおいがするのが腹立つ」
「そうか」
パジャマをちゃんと着た辛夷を見て、なんでもない返事をセンキュウは返す。
辛夷用の布団は既にセンキュウの隣に敷かれている。
こうして準備が整っているのは、辛夷がこうやって深夜にセンキュウの部屋に寝に来るのが半ば常態化しているからだ。
「……うん」
いつもは強気な辛夷だが、この時だけは少し弱弱しい姿を見せる。
センキュウは辛夷が歯磨きをするのを見守ってやって、辛夷と一緒に布団に入った。
ぽんぽんとセンキュウは布団の上から辛夷を優しく叩く。
「ほら、寝ないと明日起きれないぞ?」
辛夷は落ち着いたのか、少しずつ目を細めて。
やがて辛夷の目は完全に閉じ切った。その安心したような寝顔を見て、センキュウは自分も寝ることにする。
そうして朝が来るまで、すっかり二人は熟睡をしたのだった。
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