第25話 欲しいものは?

その正体はたった一個の巨大な檻だった。


「あれはなんだ?!急に上から降ってきたぞ」


「見たことある。あれは檻だ。辛夷様がいつも使ってる檻だ」


生徒たちの間でざわめきが広がる。


そして、その檻はエンジュと棗の魔法が命中する前に素早くドラゴンを捕らえた。


「やられた?!」


「そんなまさか」


ドラゴンを捕らえた檻はそのまま小さくなり、ある生徒のもとへ飛んで行く。


(……?!)


その生徒の顔を見た時、エンジュと棗は驚きで声が出なくなった。


それは六君子だったからだ。


そして終了の合図のベルが鳴る。


その音色とともに、ゴールドフラッグはもとの姿に戻った。


最後にそれを手にしていたのは六君子だ。


それを見たエンジュと棗は驚きを隠せない。それは六君子がゴールドフラッグを手にしたことから来る驚きではない。


六君子が一度見ただけの辛夷の魔法を完璧に再現していたことが衝撃だったのだ。


(なんてやつだ……)


普通誰かの使う魔法。


それが高度な魔法であればあるほど再現というのは困難になる。


本人に直接教わって練習したならまだしも、一回見ただけの魔法を再現するなんて普通はまさかできると考えすらしないようなことだ。


皆が黙って六君子に注目している。


六君子は相変わらずの無表情で周囲を眺める。


そしてすべての競技が終わったあとの表彰式。


「今回の優勝チームは、赤チームです」


「いえ~い。みんな~ひれ伏せ。赤チームが優勝したよ~」


赤チームの代表としてトロフィーを受け取るのはナンテンだ。


「お前はいったい何を宣言しているんだ?」


トロフィーを授与する係を務めるセンキュウは何とも言えない顔でナンテンを見ている。


そして団体の表彰が終わった後、個人の表彰に移ることになった。


「はい、優勝おめでとう」


えらく簡略化された挨拶を経て、センキュウは六君子にトロフィーを渡す。


「報酬のことですが、ちょっと事情があって今は聞くことができません。良かったなゆっくり考える時間があるぞ」


センキュウは嫌味っぽく六君子に告げる。


「事情って何なのですか?」


「事情か?聞きたい?」


六君子は黙ってセンキュウを見ている。


そして誰もが黙る微妙な時間が少しだけ流れた。


「事情っていうのはまあ、そうだな見たらわかることだと思うんだが」


「何です?早く言ってください」


六君子は少しイライラしているようだ。それを見てセンキュウは愉快な気持ちになる。その嫌な笑顔を見て六君子はさらに不機嫌になった。


「このトロフィーは本当は辛夷が届けるはずだったんだ。けれど午後の競技で体調を崩してな。今は休憩室だ。ついでにお前が頑張ったゴールドフラッグも辛夷は全く見てない」


「……なんだって?」


「ざ~んねんだったなぁ」


小声で他の誰にも聞かれないように、センキュウは六君子を煽る。


そして煽るだけ煽って表彰台を降りた。


表彰台の上には唯一個人優勝を決めたにも関わらず、この場にいる誰よりも不機嫌で悲しそうな六君子だけが立っている。


そうして体育祭は終わりを迎えたのだった。


「いや、本当にさんざんな目にあった」


体育祭もすっかり終わって、後は片づけだけが残る。


けれど、片づけは明日行うことになっているため、今日は役員たちはとりあえずの慰労会をしている最中だった。


「すまないなセンキュウ。お前には俺の代わりを務めてもらうことになって」


「いや、構わないさ」


あれからずっと休憩室で休んでいた辛夷は、それ以降もずっと休憩室で休んでいてそれ以降の体育祭には全く参加することができなかった。


「後で何かおごるよ」


「いいっての。気にすんな。あれはお前にはどうにもできんことだろ?仕方が無かったんだよ」


センキュウにそう言われ、辛夷はほっとした顔を見せた。


センキュウはあれからの六君子との出来事を辛夷に話すことはしていない。理由はもちろん、話すメリットが無いからだ。


センキュウは自分の皿に盛ったトマトパスタを何気なしにフォークに巻いて、それを口にする。


今までも、これからもセンキュウが六君子の功績について辛夷に伝えることはない。


「そのトマトパスタは俺も好きなんだ。お前はどう思う?」


「ん?まあ旨いと思うよ」


センキュウの口の端についたトマトソースを辛夷は指で拭う。


「ついてるぞ」


「そっか、悪いな」


辛夷の指についたトマトソースの赤を見て、センキュウは笑って見せた。


「ちょっと、二人で何をいちゃいちゃしてるんですか?」


そこにカイカやソウジュツたちがやってくる。


「今は慰労会なんだから、二人だけで楽しむのは反則ですよ。私たちも混ぜなさい」


ソウジュツは楽しそうだ。


「うわぁ、いっぱい種類がある。グラタンもあるかな?」


それとは対照的に、カイカは並んだ料理に夢中になってあまり話を聞いていないように見える。


カイカは目当てのグラタンを見つけると、取り分け用のスプーンで自分の皿に盛る。


その慰労会は、コルヌコピアで買った料理たちを会議室にずらっと並べ、それをそれぞれ取り分けながら食事をする形式となっていた。


「辛夷もひとつどうだ?」


センキュウは辛夷の皿にパスタを分けてやる。


「ありがたく貰っておくよ」


そうしてパスタを食べる辛夷を見守るセンキュウ。


みんながおなかいっぱい食べて、やがてその慰労会も終了することになる。

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