第24話 支配のエンジュ、魅了の棗

それでも鳥はその場を動かない。


「どういうことなの?」


エンジュは鳥の表情を見た。


鳥の表情はわからない。けれど、それはどこか葛藤しているようにも思えるものだった。


「何かの魔法と競合しているのか?」


エンジュはその反応には既に見覚えがあった。


魔法同士が違う効果をもたらす場合、その効果がお互いに相容れないものだったりするとそうなるのだ。


これは、引き寄せる魔法と引き離す魔法を同時に使ったときなどに見られるものと同じ。


それらを同時に使うと、引き寄せる効果も引き離す効果も得られないことに仕組みが似ている。


(誰か、違う魔法を使ってるな)


魔法が届く範囲には限りがあるので、そう遠くにはいないはず。


エンジュは杖を持つ手と逆の手を使ってもう一本杖を掴み、魔力探知をする。


そうすると、異なる魔力の糸が見えた。


それは、上空だった。


一番高い塔に寄り添うように建つ、二番目に高い塔。その窓から杖が見える。


「あいつか」


エンジュは魔力探知をやめ、攻撃魔法に切り替える。その魔法のターゲットは、もちろん相手の杖だ。


電撃のような凄まじい勢いでそれは塔の壁を登る。


そして、杖にぶつかったかと思うとはじけて消えた。


「消されたか」


エンジュははじけた魔法の効果を見て判断する。


相手はまだ杖を構えたままだ。


そしてエンジュにとっては都合の悪いことが起きていた。


(鳥が動いている!?)


エンジュが攻撃魔法に魔力を多く割いてしまったせいだろうか。


相手の魔法の影響が強くなり、鳥は少しずつその窓の方に近づいてゆく。


「しまった。気が緩んだか!?」


エンジュは再び鳥に魔法をかけ直す。


するととりあえず鳥の動きを止めることができた。


それでも事態は硬直したままであることに変わりはない。


(絶対優勝して、あの可愛い子とご飯に行くんだ)


エンジュはまだあの生徒の名前を知らない。


辛夷様だいすきクラブに参加しているにも関わらず知らない。


そしてエンジュと魔法で対抗しているその相手も同じようなことを考えていることも知らない。


(辛夷様と一緒に二人きりでご飯を食べるんだ)


塔の上に隠れて魔法を放つその生徒は棗。


棗は辛夷の親衛隊の隊長を務めている。


加えて、辛夷様だいすきクラブの創設者でもある。


棗の得意とする魔法は魅了魔法。


これも、一部の適性のある生徒しか使えない魔法の一つだった。


((ゴールドフラッグは絶対貰う))


二人が同じことを考え、鳥は二人の狭間で揺れ動く。


そしてしばらくして鳥の様子に変化が現れ始めた。


「エンジュさん、あの鳥なんだか様子がおかしくないですか?」


はるか塔の上に立つ鳥は遠目に見ても先ほどとは違いどこか小刻みに震えているのがわかる。


「なんだ?」


エンジュは目を凝らしてそれを見た。


それは震えは徐々に増し鳥の体積は急に膨れ上がる。


(なんだあれは?!)


そこにいる生徒の誰もが驚いた。かつてゴールドフラッグだったその鳥は、ついにドラゴンへと姿を変えたのだ。


「ドラゴンだって……!?」


上空をから風が吹き下ろしている。その風は他でもないドラゴンの羽ばたきが生んだものだ。


厳めしい面構え。大きな翼を支えるその腕はそこらの石柱よりもずっと太く強靭に輝く。


一般的なドラゴンに比べればそれでもまだ小ぶりともいえる大きさであるが、その黄色の体躯は食物連鎖の頂点に立つものとして十分な迫力を備えている。


「学生にドラゴンを相手にしろっていうのか、この学校は」


エンジュは舌打ちをした。


その額には冷や汗が流れる。


ドラゴンの圧は伊達ではない。光を纏うその体は固いうろこに覆われて、そしてあらゆる精神妨害魔法を無効化する。


こうなってしまったら、もはやかの勇者のように正々堂々剣で戦うか。もう一つはドラゴンをも上回る圧倒的な魔力で圧倒するほかない。


「これはどうしようもないかな?いや、どうせならやってみるのもありだけどね」


もしここでドラゴンに勝ったとしても、その元となるゴールドフラッグを得られなければ意味は無い。


そもそも本来の目的は、ドラゴンを倒すことではなくフラッグを手に入れることなのだ。


(仕方ない。フラッグは消えるかもだけど、他の連中に取られるよりかはマシか)


棗は、巨大な炎魔法の準備を始める。


それは放つまでに時間がかかる代わりに絶大な威力を秘めた魔法だ。


(ちょっとそれはまずいかな)


エンジュはそれをかき消そうと、同じ威力の水魔法を準備する。


お互いがお互いに向けて、魔法を放ちそれは何も無かったかのように消滅した。


「ちょっと……困るなぁ。俺の目的を邪魔されちゃ」


「……そっちこそ」


エンジュと棗はお互い姿が見えない状況で、それでも声で相手を威圧するのをやめない。


けれど、お互いにらみ合っているだけではどうにもならないから二人はついにドラゴンに杖の切っ先を向ける。


ここから先は早い者勝ちの世界だ。


双方がドラゴンに向けて巨大な魔法を増幅してゆく。周りの生徒はその迫力に圧倒され動けない。


ただ茫然と二人を見守るだけだ。


魔法は倍に大きくなり、やがては最初の10倍をも超える巨大なものに育つ。


(よし、これならば確実に仕留められる)


二人がそれぞれ魔法を放とうとしたとき、空から隕石のような何かが突然降ってくるのが見えた。

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