君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅵ】

双瀬桔梗

第六の世界線

 深夜二時過ぎ。おおがみれいはいつものように、そっとベッドから起き上がる。隣のベッドで眠るあまろうが目覚めないよう静かに部屋を出て、変身アイテムだけを手にすると玄関に向かう。だが――


「黎クン?」


 ――目を覚ました志郎に見つかってしまう。


「……すまない。起こしてしまって」

 黎は平然を装い、志郎の方を見る。


「大丈夫。元々、起きてたから。それより黎クン、どこ行くの?」

「なかなか寝付けなくて……少し散歩でもしてこようかなと思ってね」

「こんな時間に? ここ最近、毎日だよね。ホントにただの散歩?」

 志郎に今までの行動がバレている事を知り、黎は内心、焦る。


「気づいてたのか。でも本当にただの散歩だよ。志郎君が心配する事は何もない」

 黎はニコッと微笑み、志郎の目を真っすぐ見つめる。


「それならいいけど……気をつけてね」

「うん、ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」

 黎はそう言いながら、再び玄関の方へ歩き出す。


「あのさ……やっぱり今日はやめた方がいいんじゃないかな? なんとなく、イヤな予感もするし……」

「最近はイレーズも大人しいし、大丈夫だよ」

 志郎に引き止められても、黎は靴を履き、ドアノブに手を掛ける。


「明日のご飯さ、トリの照り焼きとナスのえ物、それからさつま芋とパプリカの黒炒めに、豆腐のお味噌汁にしようと思ってるんだ。全部、黎クンが好きな物にするから……絶対に、帰ってきてね」

 黎の意思が固い事が分かった志郎は、真剣な表情でそう口にする。彼の言葉に最初、きょとんとする黎だったが、すぐに微笑み「分かった」と返す。


「いってきます」

「いってらっしゃい……」

 黎が玄関の扉を閉める直前に見えた志郎の顔は、どことなく不安そうだった。




 志郎に心配をかけていると分かっていても、目的を優先すべく、黎は夜の街を駆ける。


 第六の世界線で黎はある人物を探していた。イレーズの幹部が、ヘルトの本拠地を襲撃する前……まだ時間に余裕がある今の内に、見つけ出そうとしている。


 最初の世界線で、怪人になるために必要な宝石を与えてくれた、鳥の怪人になれる人物を。


 世界を救いたい。第三の世界線以降、黎は志郎のそんな意思も尊重してきた。しかし、志郎を救うためなら、もうその意思すら彼に捨てさせる気で黎は動いている。第五の世界線でイレーズの正体と真の目的、そしてヘルト上層部の悪事を知った事で、改めて黎は思った。“やはりこんな世界、志郎君が守る価値もない”と。


 だから、そもそも自分はだと気づいた。とは言え、イレーズに対しても、志郎が命を落とす一因になっているのだから、憎しみの感情がある。けれど、こんな世界が守られるより、イレーズが目的を達成した方がまだマシだとは思っている。


 ゆえに、鳥の怪人になれる人物を探した。最初の世界線で、すんなり怪人の力が手に入ったのも、イレーズの情報を引き出せたのも、彼がいたからだ。彼は他のイレーズ達と何か違う。黎はそう直感している。本人も黎に協力する理由を、“イレーズに対しても思うところがあるからだ”と言っていた。


 そんな彼にこの世界線でも会えさえすればまた、イレーズに近づける。そう考え、黎は彼を探しているのだが……一向に見つからない。最初の世界線ではなぜか簡単に出会えたのだが、今回は全く見つからない。


 最初の世界線で出会った裏路地、諸々の見返りとして彼の仕事を手伝った際に行った場所。それらを見て回ったが、手掛かりすら掴めていない。そこで多少、危険だと分かっていても黎は現在、イレーズのアジト付近で彼を探している。それでも彼には会えず、一度、立ち止まって考えた。


「また貴方ですか」


 その時、背後から男の声が聞こえた。黎は振り返り、男から距離を取る。雲に隠れていた月が姿を現した事で、男が幹部クラスの怪人だと分かった。しかも、その隣にはもう一体の怪人がいる。


 カメレオンとハイエナの怪人……彼らは第四の世界線で黎に深手を負わせた二人だった。


「テメェ、ヘルトの戦闘員だな? コソコソ嗅ぎまわりやがって何が目的だァ?」

「見たところ、単独での行動のようですし、最初はただの散歩かと思いましたが……。何かを探っているようだったので、声をかけさせていただきました」

 ハイエナの怪人は鋭い目つきで黎を睨みつける。カメレオンの怪人は飄々とした態度で、じりじりと黎に近づく。


 ――最悪だ……。


 黎は心の中で舌打ちし、変身アイテムを取り出し、ボタンを押す。すると一瞬で、黎は黒のパワードスーツ姿へと変身する。


 黎の周囲には他にもイレーズの中級怪人や下っ端戦闘員などもいる。ざっと見たところ、鳥の怪人はいないようだ。


 この状況で、黎が取るべき行動は一つ。逃げるしかない。変身した以上、ヘルトに通知もいった事だろう。そうなれば、志郎がここに来るかもしれない。それもあって、黎は不要な戦闘を避けたいと考えた。


 とは言え、イレーズ側も簡単には逃がしてくれず……幹部クラスの中でも特に強い怪人二体とその他大勢に追い詰められてしまう。


 更に想定の何倍も早く、志郎が一人で黎を助けにきた。あの後、志郎はやっぱり黎が心配で、この辺りまで彼を探していたため、早く駆けつける事ができたようだ。


「志郎君……僕を置いて君だけでも逃げてくれ……」

 黎は負傷した自身を担ぎながら戦う志郎にそう言った。だが、志郎は黎を見捨てられない。


「絶対にイヤだ! 黎クンも一緒じゃないとオレは逃げない」

 敵の攻撃をかわしながら志郎は言う。分かり切っていた返事ではあるが、黎は思わず、小さなため息をもらす。それから意を決し、自分のパワードスーツと変身アイテムにだけ仕込んでいたシステムを起動させる。


「黎クン!?」

 巨大化した黒い箱黎のアイテムは志郎だけを包み込む。弾き出された黎はそのまま幹部二体に突っ込み、更には念を入れ、特製のワイヤーで彼らを拘束する。


「テメェ! 何しやがる」

「何のつもりです!?」

「君があんな事を言うからだよ?」

 カメレオンの怪人の方を見て、黎は呟く。その刹那、黎が纏うパワードスーツが爆発し、箱で守られている志郎以外を木っ端微塵にしてしまう。


 ――そんなお荷物を抱えて可哀想に。ならきっと、そんな風に貴方の足を引っ張る事もないでしょうね。


 怪人のこの言葉が、黎に奥の手を使わせてしまった。ただでさえ、志郎を危険な目に遭わせている状況の中で、紫の彼……ししどうシオンと比較され、仄暗い感情が湧き上がる。


 志郎以外は誰が死のうが、どうでもいい。敵なら尚の事だ。志郎を生かすためなら、彼の足手まといになるくらいなら、自分の命も使って敵を殺める。また、時間を戻せばいいだけだと、自分に言い聞かせて。


 こうして黎はトリの怪人にはえず、第六の世界線でも命を落とした。


【第六の世界線 終】

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