第2話 サイドB〜リョウマと宮田先輩〜

「いらっしゃいませ~! 二名様、こちらの席へどうぞ〜!」


 僕ことリョウマは宮田先輩に連れられてある居酒屋に来ていた。先日の火事騒ぎのお礼をしたいというので来たのだ。格式張ったフレンチとかだったら恐れ多いからこういう居酒屋だとホッとする。でも、女性一人で来る雰囲気でも無さそうだ。


「先輩、ここにはよく来るのですか?」


「ええ、友達と」


 ぼかされた気がするが、女性一人で飲むと言うとユウ義姉さんクラスのワイルドな人しか思いつかない。かと言って一人で来るとか、元彼と来ていたとか真っ正直に言われても困る。ここは深追いしないでおこう。


 こうして席に着き、メニューを開く。普通に振る舞うつもりでもなんだか緊張してしまう、


「と、トリあえず生ですかね」


 言った瞬間、我ながら固まった。緊張のあまり声が裏返ってしまったからおかしなトーンになった。


「あら、森山さん。声が裏返ってますよ。って笑っちゃいけませんね」


 宮田先輩が謝りながらもクスクスと笑った。恥ずかしいが、笑う先輩の笑顔も尊い。


「と、トリあえず」


 あれ? なんか僕と同じ緊張している人がいる?


 カウンターの方に目を向けると外国人バックパッカーがカタコトの日本語で注文しようとしていた。


「ビールですか?」


「ち、チガウ。トリあえず」


「食べ物の焼き鳥ですか?」


「トリあえず」


 カタコトの日本語と噛み合わない注文で、やや困惑した店員さんの声が聞こえる。


 翻訳アプリも持っていないようで、どちらも必死になっているようだ。


「あの外国の方は何を注文したいのでしょう?」


「『とりあえず』だからビールと思うけど、否定してますね?」


 二人して首を傾げていると突然、聞き覚えのある声が響いた。


「Hi! 『トリアエズナマ?』OK?」


 え? ユウ義姉さん? なぜここに?! あ、兄さんもいる。なんてこった、居合わせてしまったのか。


「Oh!ソウデす。『トリアエズナマ』!」


「あ、はい。生中ですね」


 バックパッカーの方は話が通じたらしい。ユウ義姉さんもかつてバックパッカーだったから慣れているのだろう。


「あっ……」


 宮田先輩が驚いた顔をしている。まあ、一発でバックパッカーの真意を見抜いた人だから驚くよな。ユウ義姉さんは悪い人ではないが、こちらはデートだから邪魔されたくはない。


「ぼ、僕たちも注文しましょう。生二つと」


「え、ええ。あと今日のおすすめも行きますか」


「この季節のグリーンサラダと、そら豆、お刺身三点盛り合わせですかね」


 どうか、彼らに気づかれませんように。


 それからお酒と料理もきて、それなりにぎこちなさが取れてきた。


「あ、本当にこのお刺身美味しい。鮮度がチェーン店と違う」


「そうなのよ。隣が魚屋さんで連携しているみたいだから」


「へえ、先輩はいいお店知ってますね。んー、このそら豆も冷凍ではない。食感が違う」


「よく気付いたわね。ここは野菜もちゃんと生から仕入れているのよ」


 そうして打ち解けていい感じになってきた。そして、かの問題の席はユウ義姉さんはなんとバックパッカーを自分の席に呼んで盛り上がっていた。恐るべしコミュ力。その時、兄さんと目が合った。


(お、お前は……! あ、いい、他人のフリするから。そちらも無視してくれ)


(わかりました、兄さん)


 コミュ力低い兄ではあるが、兄弟だからかアイコンタクトはうまくいく。互いに他人のふりした方がいいと言う点は一致した。


 どうかユウ義姉さん見つかりませんように。デートがうまく行きますように。


 しかし、儚くともそれは叶わなくなる。ユウ義姉さんがこちらに気づいてしまった。僕が呼ばれるかと思ったが違った。


「あれ? 柚穂ゆずほちゃん?」


「し、師匠!」


 え? 義姉さんのこと師匠? こないだ言ってた護身術の師匠って義姉さんのこと?


「なんだ、一緒の店だったのか。あれ? リョウマ君といるのか、ああ、なるほど」


 ユウ義姉さんはニヤついている。兄さん、さてはバラしたな。


「え? 森山さんと知り合いですか?」


「義弟だ。うちの夫の弟」


「や、やあ、リョウマ。偶然だね」


「に、兄さんも」


 引きつった顔でお互いに声をかける。目論見が崩れてしまった。このままカオスになってしまうのか。


「あ、そっちはデートかな、邪魔しちゃ悪いから。じゃ!」


 予想に反してユウ義姉さんは引っ込んだ。しかし、微妙な空気が残ってしまった。そうか、義姉さんが師匠ならば、盾でバッファローから防御することは可能だ。前提として怪力でなくてはならないが。


「森山さん、師匠と義理の姉弟だったのですね」


「よ、世の中狭いですね」


「わ、私達のこと、デートなんて、そんな」


 あ、赤くなってる先輩はかわいい。怪力と知ってもやはり引かない自分は義姉さんで耐性がついてしまったのか。


(お前もいろいろ頑張れよ)


 兄さんが憐れむようにアイコンタクトしてきた。


(判ってます)


 だって兄さんで数々の苦労を見てますから。そして、そんな兄さんの気持ちもわかってしまったから。


 それぞれの想いが交差する金曜日の居酒屋であった。

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【KAC6】トリあえず 達見ゆう @tatsumi-12

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