鳥会えず
低田出なお
鳥会えず
女は焦っていた。
「おばあちゃん、ここ、鳩にエサあげるの禁止ですよお?」
可愛らしくレタリングされた黄色い看板の「ハトにエサをあげないで!」の文字を尻目に、老婆は際限なく何かを手から放つ。
パンクズかあられか、はたまた鳥用のエサか。兎も角、鳩視線では魅力的に見えるらしい何かを撒くその動作は、最早手慣れいる様に見えた。
「んんんん?」
「ここ、子どもたちもいますからあ、ちょっっとやめた方がいいんじゃないかなあって」
「はーそうなの」
「そうそう、そうなんです」
「今日はいい天気ねえ」
「………」
聞こえていないのか、それとも惚けているのか。こちらの制止を意に介さず、袋からの供給をやめる気配はない。
女は己の顔がひくつくのを感じた。だから、伝書鳩なんてやめるべきだと言ったのにと、騒がしい上司を恨んだ。
早く仕事を進めたいのに、いつまで経っても鳩が来ないと外へ出てみた女を待っていたのは、いたずらに鳩へ餌付けする老婆だった。
鳩が来ないこのタイミング。驚異的な密度の鳩の群れ。
目的の鳩が現れない原因だと断定するのに、10秒も掛からなかった。
あの群れの中に伝書鳩がいる可能性は高い。とはいえ、あまり悪目立ちをしたくないのも事実である。無理に怪しい手立ては取りたくない。
とりあえず、この老婆を追い払い、隙を見て探すのが得策だろう。
ああ、この仕事が終わったら、絶対有給取ろう。
貼り付けた笑顔の裏で、女は強引に苛立ちを奥の方へ押し込めた。
****
女は手を拱いていた。
敵対組織が連絡手段として、伝書鳩を活用する事を突き止めた。そこまでは良かった。老婆に変装して近隣公園で餌を撒き、鳩を誘き寄せた所までも、まあ良かった。
問題はそれから起こった。
集まりすぎているのである。
足元にぎちぎちと敷き詰められた鳩の体は、鳥が苦手な人や集合体恐怖症の人であれば卒倒する景色を作り上げている。
ペットショップで買って来た普通の鳥の餌のはずなのだが、どうしてこうも集まってしまったのか。これでは目的の鳩が来ても気が付かない。頭が痛くなる思いだった。
「ここ、子どもたちもいますからあ、ちょっっとやめた方がいいんじゃないかなあって」
その上、見かねたらしい近隣住民に声をかけられてしまった。当然といえば当然の帰結ではある。今の己の現状は限りなく怪しいのだから。
声をかけて来た女性には、明確に疑いの灯が見える。通報されてしまうのも時間の問題と考えて良さそうだ。
とりあえず、この警戒している女性をうまいこと煙に巻かなければならない。全く、深夜に考えたアイデアはロクなものではない。誰だこんなアホな事を考えたのは。…私か。
今日は帰ったらドカ食いしよ。
張り固めて動かしづらい口で、気付かれないようにため息を吐いた。
****
鳩には理解できなかった。
飼い主の男は、己が帰って来てからずっと喚き散らしている。「帰巣本能に従って飛べ」と言ったのは、男自身なのに。
鳩は男の事が好きではなかった。少しばかり知能を与えてくれた事には感謝しているが、それを補って余りあるほど汚いし、臭いし、煩い。
「ほー」
宥める様に鳴いてやっても、ジタバタと駄々を捏ねる。全く、やっていられない。
鳩は呆れ、自分のトレイから餌を摘んだ。
鳥会えず 低田出なお @KiyositaRoretu
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