やぶ医者の娘②

ハマハマ

トリあえず

 やぶ医者のおしごとに何が一等必要かご存知ですか?


 そう、かんなぎまたはげきの力です。

 人が扱う巫、妖魔が扱う戟。

 この不思議な力のどちらかが使えなければ野巫やぶ医者としての仕事はできません。


 では第二に必要なものは分かりますか?


 そう、野巫三才図絵やぶさんさいずえです。


 『世界でただ一つのこの本に、野巫やぶの全てが記されている』

 そう冒頭でうそぶく本ですが、これがあながち的外れでもありません。


 なにせ元六尾の妖狐であり、一等すごい野巫の遣い手――あたしのお母様がお書きになられた本ですから。


 天・地・人の三部から構成されるこの本。

 もちろん巫を扱えなければ役にたちはしませんが、主に医術に使われる人の部はどなたでも読むだけならば出来ます。

 ただし地の部は巫か戟の力が、天の部にいたってはそれらを合わせた巫戟ふげきの力を持たねば読むことさえ敵いません。


 もちろんお母様は内容を覚えているでしょうけれど、訳あって戟の力を手放しましたからそれらの術は使えません。


 すなわちこの天の部の力を使えるのは、当代ではこのあたしだけという事になるのです。


 だから熊五郎棟梁の女将おかみさんが持って来た相談ごとに、応えられるのはあたしだけなんですよ。


『大事な巾着スラれちまった! なんとかなんないかい良庵せんせ!』



 ふむん――

 数えで四つになったとこなので、まだまだ短いあたしの腕。それを組みつつ机に置いた地図とにらめっこ。

 


「どうだい良子? 分かるかい?」

「そう離れていません。東……と、北、南……ではない様ですね」


 まだまだぷにっとした指で宙空なぞって描いた図柄。

 失せ物探しのまじないが籠められた図柄がぼんやり光って地図の上を揺蕩たゆたいます。


「お父様、とりあえず真西から当たってみて頂けますか?」

「よしきた。 四半刻ほどで一旦戻るよ」


 お父様はサラサラスラリンと何かをしたためて、描いたそれを雪駄に挟んで凄い勢いで駆け出しました。


 あれはお父様お得意のまじない。地の部に載る「道具の力を引き出す」呪符。

 それをご自分のメガネにも巻き、目当てのものを探す力ともできるのです。



「スリらしき者には出会わなかったよ」


「無駄足を踏ませて申し訳ございません。今度は真西よりやや北――の方角をお願い致します」

「よしきた!」


 お父様を見送って、地図へと一筆、朱を入れます。


 『トリ、会えず』と。



 その後――

 『、会えず』『サル、会えず』と朱入れが増えて、ようやく『ヒツジ、確保』の朱が入りました。

 お父様、お手数お掛けしてごめんなさい。


 あたしは初めて使ったんですけれど、どうやらあまり正確じゃありませんね、このまじない。

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