コンサートでトリを飾る美少年歌手は、今日もピンクのドレスを着せられてしまうようです

綾森れん@『男装の歌姫』第四幕👑連載中

今日は祝賀演奏会

 今日はレジェンダリア帝国建国記念日だ。建国百五十周年を祝して、帝都の劇場では祝賀演奏会ガラコンサートが行われている。


 出演するのは帝都内外から呼び集められた名だたる歌手たち。その中で俺はおそらく一番若手だろう。にも関わらず、トリを任されることになった。


 理由は単純。俺が皇后さまの寵愛を一身に受けているために、コンサートの企画運営を命じられた興行主インプレザーリオが忖度したのだ。


「そろそろ着替えるか」


 俺は与えられた楽屋で、いつも身に着けている白いマントを外した。ホールでは第二部が始まったようだ。


「今回出演歌手が多いから男性歌手は全員、大部屋にぶち込まれてるのに、俺だけ個室をもらっちまって悪いよな」


 俺はクローゼットを開けながら呟いた。


「そんなことないわよ」


 平然と答えたのは壁際の椅子に腰かけた美少女――公爵令嬢レモネッラだ。なぜか庶民出身の俺を愛してくれる。


「ジュキは多分、興行主インプレザーリオからも女の子だと思われているんだから」


 涼しい顔でのたまうレモを振り返って、俺は宣言した。


「だがそれも今日で終わりだ! 俺は歌い終わったら観客全員に打ち明けるんだ。俺は男なんだってな!」


 俺の右手には今日のために仕立てたジュストコールがかかっている。小柄で華奢だからって皇后さまの趣味につきあわされて、ドレスを着せられる日々とはおさらばだ!


「そんなにうまく行くかしら? ジュキは顔がかわいいだけじゃなくて声も綺麗だから、歌った後で男の子宣言しても信憑性ないと思うんだけど」


 レモは俺が最初にこの計画を打ち明けたときから、あまり乗り気じゃないのだ。いつも優しいレモなのに、どうして応援してくれないのか?


 俺は聖剣を下げたベルトを外しながら、


「なあレモ、着替えるからちょっと外に出ていて欲しいんだけど」


 と頼んだ。


「あらジュキ、私たち恋人同士なんだからいいじゃない。下着まで脱ぐわけじゃないんでしょ?」


「そうだけど、逆に言えば下着一枚にはなるんだしさ」


「ふふっ、ジュキったらつつしみ深くて貴族令嬢みたいね!」


 なんだと!? 本物の公爵令嬢にこんなことを言われては男がすたる!!


「別に俺は構わねえよ。あんたが恥ずかしがると思ったのさ」


 俺はふいとそっぽを向いた。俺は男の子だからパンツ一丁でも恥ずかしくないもん! 男らしさをアピールするべく、俺はさっさとシャツもズボンも脱ぎ捨て、椅子の上に放り投げた。


 それを確認したレモがなぜか立ち上がり窓を開けたのが分かったが、俺は特に気にしなかった。だが舞台用の服に手を伸ばした途端、二羽の大きな鳥が窓から入ってきて、俺の方へ一直線に飛んできた。


「うわっ、なんだこいつら!」


 思わず両手で頭と顔を守る。


「おい、ちょっと待て! 人の服を持って行くな!!」


 あろうことか鳥共は俺の目の前で舞台衣装も、今脱いだばかりの普段着もくちばしに加えて飛び去って行った。 


「なんでだよ!?」


 俺は慌てて窓に駆け寄った。鳥たちは俺から逃げるように空高く舞い上がる。俺も魔法で空を飛ぶことくらいはできるのだが、さすがにパンツ一丁で帝都の空を飛び回りたくはない。


 困って振り返った俺に、レモが満面の笑みでピンクのワンピースを差し出した。


「とりあえず、これ着たら?」


「いやちょっと待て。『とりあえず』で女物の服が出てくるっておかしいだろ!?」


「早くしないと鳥さん、遠くへ行っちゃうわよ?」


 ぐぬぬ。何かはかられている気もするが、仕方がない。俺はわたわたと女の子の服に着替えた。それは肩ひものワンピースで、ピンクのふんわりとした生地の下から白いレースがのぞいているという、まるで女児が発表会に着るような衣装だった。


「背中のボタン止めてあげる」


 レモが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。


「そうだジュキ、このカチューシャつけていくといいわ」


 レモが俺の頭に何かを嵌めたが、男らしい俺は細かいことなど気にせず、窓から飛び出した。うん俺、男の子だからねっ


「鳥のヤロー、どこ行きやがった!?」


 俺は劇場の中庭を飛び回り、帝都の中心部を一周した。だが目当ての二羽はどこにも見当たらない。再び劇場の空へ戻ってきたら、


「ああ、いらっしゃった!」


 劇場の玄関で興行主インプレザーリオが手を振っている。


「トリを務める美しき歌姫さん、そろそろ舞台袖にスタンバイしてください」


 だれが歌姫だ。


「いやでも俺、着替えないと――」


「そのドレスが本番用の衣装ではないんですか? 頭に乗っている大きなリボンもドレスと同じ桃色で、大変似合ってますよ」


「なにぃっ!?」


 俺は叫ぶと同時にカチューシャを外そうとするが、レモの奴、何か魔法を使ったようでびくともしない。


「さあ、早く早く。大勢のお客さんがあなたに会うのを楽しみにしていますよ!」


 興行主インプレザーリオは玄関前で足踏みしながら扉を開け、俺を手招きした。


 劇場のロビーに漏れ聞こえる音楽は、確か俺の一つ前の歌手が歌っているアリアだ。興行主インプレザーリオが焦るのも当然だ。次が俺の出番なんだから。


 男の服に着替えたいが、俺を待つ観客を待たせるのは忍びない。俺は男である前に、プロの歌手なんだ。


 興行主インプレザーリオに案内されて舞台袖に駆け込むと、心配そうに右往左往していたスタッフにホッとした顔で迎えられた。


 前の歌手が舞台袖に下がると、俺は拍手喝采の中、舞台に登場した。


「歌姫ちゃーん、こっち向いてー!」

「今日もなんてかわいいんだ!!」

「色白だからピンクが似合うなあ」


 くそーっ、こんなはずじゃなかったのに!! 


 いや、動揺している場合じゃない。俺は歌で観客たちを魅了するため、ここに立っているんだ。


 ナチュラルトランペットが華々しいファンファーレを奏で、祝賀演奏会にふさわしいアリアが始まる。俺はたっぷりと息を吸い、勇ましい旋律を歌い上げる。


「ヒルカニアの雄々しき虎は、

 戦いのトランペットを待ちわびている」


 俺の出番を待ちわびていた観客たちが、憧れのため息を漏らすのが手に取るように分かった。俺の鋭い高音が彼らの頭上を飛び交い、天井の中心から吊るされたシャンデリアに反射して、キラキラと光の雫をまき散らす。


「彼は血に飢え、

 軟弱な漁師をその鋭い爪で引き裂かんと

 その時を狙っているのだ」


 俺は威風堂々と戦いのアリアを歌った。美少女の姿で。


 歌い終わると、平土間席プラテーアの客たちは立ち上がり、ボックス席の貴族たちは身を乗り出して拍手をしながらアンコールを求めてくれる。


 もちろんアンコール用の曲も用意している。リハーサルでもオーケストラと合わせ済みだ。


 だがアンコール前は一旦、舞台袖に下がるのがルール。それにグラス一杯の水を飲んでからもう一曲、歌いたいしな。


 俺は舞台袖に戻ると待機していたスタッフに、


「すみません、グラスどこだろう?」


 と尋ねた。


「あ、水差し上手かみてのほうにあるんです。すぐに持ってきますね」 


「いいよ、自分で取りに行くから」


 舞台裏を駆けるスタッフを小走りに追いかけていると、上手かみてのほうから話し声が聞こえてきた。


「レモネッラ嬢、君に頼んでよかったよ。抜群のタイミングで窓を開けてくれたね」


「お褒めいただき光栄ですわ。エドモン殿下ったら劇場の中庭に隠れていて寒くありませんでした?」


 受け答えするレモの言葉に俺は思わず足を止めた。なんだって? 俺を女の子だと信じ込もうと必死になっている問題児の第二皇子が、劇場の中庭に隠れていただと?


「平気さ」


 気障ったらしい声はエドモン殿下に違いない。


「愛するジュキエーレちゃんが男性化してしまうのを止めるためと思えば、僕ちゃんは氷山でも深海でもどこでも待てるのさ」


 何が男性化だ! 俺は生まれたときから男だっつーの!


「まあ」


 レモが貴族令嬢らしくホホホと笑いながら、


「とりあえずこれで一難、去りましたわね」


 俺はプンプン怒りながら二人の前に飛び出した。


「レモ! エドモン殿下! 話は聞いたよ! あの二羽の鳥は殿下の使役獣だったんでしょ!?」


 この問題児殿下には前科がある。過去にも変な使役魔獣を使って俺に無理やり女の子の服を着せたのだ。


「わ、ジュキ!? アンコールは!?」


 てっきり俺が舞台にいると思っていたらしいレモは、両手で口元を覆った。


「アンコール前に水飲みに来たんだよ。ひどいよレモったら! 君を信頼して決意を明かしたのに、変態殿下とつるんでるなんて!」


 ぷーっと頬をふくらませる俺に、レモはうろたえた。


「ご、ごめんなさい、ジュキ! だってジュキが美少年だってバレたら帝国中の貴族女性がジュキに求婚するに決まってるもの!」


 レモは両目に涙をためて俺を見つめた。


「私、ジュキがほかの女性たちに囲まれてる姿なんて見たくないの」


「レモ――俺を独り占めしたかったのか?」


「そうよ! ジュキは永遠に私だけのヒーローでいてほしいの!」


 レモが俺の胸に飛び込んでくる。


「安心してくれ。俺は君以外の女の子に興味はないから」


 俺は不安に震える彼女をきつく抱きしめた。


「ジュキエーレちゃん」


 殿下がやや呆れた口調で話しかけてきた。


「とりあえずラブシーンはアンコールを歌い終えてからにしたらどうだい?」


 そうだ、まだステージ終わってなかった!


 俺は劇場スタッフから差し出されたグラスの水を飲み干すと、観客の熱い拍手に迎えられ、もう一度舞台に戻って行った。



─ * ─



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美しい歌声で人々を魅了するジュキが主人公の長編ファンタジー『精霊王の末裔』本編もよろしく!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100

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