始めて入った部活は、動画配信部でした! めぐりあい編

五木史人

赤いウィッグを被った伊千果は、物申す系の配信者だった。

わたしの名は、鬼姫の愛衣。

今、修羅中学で中学2年の女子中学生をやっている。

そして、水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんの正統後継者だ。

水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんとは暗殺拳。

その継承者たるわたしにとって、修羅中の覇者に成る事など容易い。


我が水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんの前に、どんな悪そうな奴も、所詮素人なのだ。

ただ最強の暗殺拳だからと言って、道場経営が上手く行くとは限らない。

我が水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんは、最強にして極貧なのだ。


だから修羅中学で覇道の道を進む前に、わたしは入学早々動画配信部に向かった。

覇道の過程を、動画に収めて貰うためだ。


部外者として隠し撮り風に撮ってもらって「こんな凄い奴がいるぜ!」って思わせるのだ。まあ要はステマだ。その為に多少の予算も用意してある。


昔、親父が道場の宣伝用動画を撮ったが、再生数0だった。

0って!誰も見る事のない動画ってあるんだ!と驚愕したものだ。


ゆえのステマだ。

極貧を抜け出すためにはそれしかない。

極貧すぎて、


最強を選ぶか?

大金を選ぶか?


と問われたら、すぐにでも大金を選んでしまいそうな気分なのだ。


普通の教室の半分ぐらいの小さな部室に入ると、部室の壁に撮影用のブルーバックの布が掛けてあった。

そのブルーバックを背に、動画配信部の女子部員が、1人で編集作業をしていた。


「あのー」

「ん?新入生?」


1流の格闘家は、一瞬で相手の識別しなくてはならない。


だから、わたしは一目で解った。

この人はすっごく優しい人だと。

その優しい雰囲気が、わたしの猛々しい心を包んでいくのが解った。


彼女は凄く優しい目で、わたしを見つめた。

そんな目で見られた経験がないわたしは動揺した。

わたしは格闘家として、日々過酷過ぎる人生を生きてきたのだ。


その優しさに心が揺れた。

ダメ、泣きそう。


格闘家としての心が、ギリギリでそれを押しとどめた。


「入部希望かな?」


動画配信部員は、その優しい表情のまま聞いてきた。


入部希望ではない。

撮影依頼だ。


でもわたしはその優しさに包まれて、

「はい」

と答えてしまった。

この人の前では、封印している優しさが出てしまう。


部員の名は伊千果いちかたった一人の部員だった。


次の日、わたしは撮影を見学した。

赤いウィッグを被った伊千果は、物申す系の配信者だった。


「ぜんぜん面白くない」なんて事は口には出さなかったが、わたしの表情を見て、伊千果は、哀しそうに微笑んだ。


動画撮影を終えて、伊千果が持ってきたお菓子を食べながら、わたしたちは語った。


「さっきの動画、どう思う?」

わたしは、そう言う彼女の表情を探った。

言葉によって彼女を傷つけてしまう可能性を。


水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんは暗殺拳。

だからと言って相手を殺しては行けない。

それと同じ様に、彼女を傷つけては行けない。


伊千果がわたしのすぐ隣に座り、伊千果の女の子の優しい香りがわたしの心の触れた。すると、幼い頃、本当の正統継承者たる兄が家出をする前の、普通の女の子だった頃の、記憶や感覚が甦って来た。


わたしは、そのとても繊細な感覚をずっと忘れていた。

とっても懐かしい感覚だ。


わたしが思考を巡らせていると、伊千果は言った。

「わたしは愛衣ちゃんの事、好きだから、何を言われても大丈夫」

「会ったばかりなのに好き?」

「解るもん、愛衣ちゃんが良い子だって事ぐらい」


鬼姫と呼ばれるわたしが良い子?

その言葉にわたしは舞い上がった。

成らば踏み込んでも大丈夫か?


「伊千果先輩は自分を出しているように見えて、全然出してはいない。それは作られらキャラに過ぎない」


言っちゃった!


その言葉に伊千果は、少しだけ微笑むと、

「本当の事を言う人は嫌われるよ」

「知ってる、人は優しい嘘の世界が好きだからね」

「わたしも、人に優しい嘘が好き、そしてそんな動画を撮りたいと思っている」


水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんの正統後継者たる、わたしとは相反する世界観だ。

でもわたしの心の奥に埋もれていた、繊細な女の子はその『人に優しい嘘』を求めていた。


伊千果は優しく微笑むと言った。

「それじゃあ、とりあえず百合動画でも撮ろうか?」

「・・・」


伊千果の百合心は、心理的にも鉄壁な守りを誇る水神翼琉拳すいじんよくりゅうけんの正統後継者たる、わたし心を突き抜けた。


こいつ只者ではない。


「冗談だよ」

すぐに伊千果は否定したが、目は完全に百合ってた。



         完




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始めて入った部活は、動画配信部でした! めぐりあい編 五木史人 @ituki-siso

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