【KAC20246】人は見かけによらない

ながる

メイド、メイクする

 雨漏りの原因の穴と、男爵が開けた天井の穴を塞ぐのに業者が呼ばれた。自業自得とはいえ、出費が痛いと男爵は部屋の隅で落ち込んでいる。が、みんなそれぞれ忙しいのか、一言かけるくらいで去って行く。私もドレスの試着に呼ばれて部屋を移動してしまった。

 まあ、すぐ立ち直るだろう。そういう人間だ。


 ドレスはややくすんだ水色で、首元や袖口には銀ラメの入った黒いレースがあしらわれていた。

 広がった袖は肘の辺りまでしかないが、たっぷりのレースと用意すると言っていた手袋でほとんど肌は見えないだろう。首回りもレースでぴったりと覆われているので、流行からはだいぶ外れていると思う。

 奇抜な男爵の相手だから? 目立ちたいのか、そうじゃないのかサッパリ判らない。

 僅かに丈を直しただけで済んだけれど、娼婦たちの含んだやり取りは気になってしまった。


「男爵が用意したのでしょう? 色のチョイスはともかく、本人抜きでよくこれほどピッタリのサイズに仕上がったわね?」

「あら。パーティーに同伴させるくらいよ? ただのメイドであるわけがないじゃない」


 確かに、ただのメイドではないですが。うちの主人は、その点だけは本当に何もなくて。娼館に居るというのに、召し上げたりしている様子もない。館長も客じゃないって言ってたし、ここまで来ると男としての機能がダメになってる疑惑も無きにしもあらず。

 別に、だからどうと言うこともないけど。けど……サイズが把握されているとなると若干気持ち悪い。


「え? 最初にピアを拾った時に全部剥いたって言ったよね?」


 とりあえず疑問を解消すべく本人に訊いてみれば、そんな答えが返ってきた。

 普通の人はそれでサイズを覚えるとかないんですけど?

 呆れつつも、ここに来て男爵自身が狙われる理由があると解ってきたので、暗器を隠し放題の服を全部引っぺがして武器を取り上げるのは、意外と正しいのかも。とか、納得しかけてしまった。

 いや。うら若い乙女を問答無用で剥かないでくれる!?


「あ、明日はメイクに時間かかると思うから、仕事は午前中だけにしておいてね」

「……パーティは夜ですよね?」

「もちろん」


 いい笑顔の男爵は、支払いのことはすっかり頭から追い出したらしい。

 それにしても、どのくらい塗りたくられるの?

 素顔がバレなきゃ、それでいいけど……なーんか、それだけじゃない気がしてきたかも……




 次の日はなんだかみんなも浮き足立っていた。追い立てるようにお客を帰して、お風呂だ香油だとおもちゃにされた気分。下着姿のまま鏡の前に座らされ、周囲には館長始め沢山の人……って、メイクにそんなに人数いる? バケツで何か捏ねてる人もいるし……


「じゃあ、始めるわよー」


 そう、気合を入れた館長が初めに触れたのは肩だった。なんだか温かい柔らかいものを乗せられ、薄く延ばされていく。


「え……ちょ……なんですか、それ」

「しっかり固まるまではあんまり動いちゃだめよ?」


 肩から首、それから顔の半分を同じもので覆われていく。まだ柔らかいうちに表面をデコボコと形成し、それが終わってからようやく色を足していく。

 なんだかよくわからなかったものは、徐々にケロイド状にただれた皮膚になっていった。


 ……メイクはメイクでも、特殊メイクじゃん!!

 なんなのこの娼婦ひとたち!!


 忙しそうに、でも楽しそうに作業する女性たちに呆然としてしまう。

 ようやく火傷の痕が出来上がれば、ドレスを着込んで、そこから今度はパーティ用の化粧が始まる。

 鏡の中の私はもうすっかり別人だ。いつもより二割増し大人に見えて、痛々しい。

 仕上げとばかりにカツラを被せて、館長はにっこりと笑った。


「とりあえず、こんなものでどうかしら?」


 どう、と言われても。


「そろそろいいかい?」


 ノックの音とともにそんな声がかかる。館長の返事に開いたドアからテールコート姿の男爵が入ってきた。手には肘までの手袋とベールのついたヘッドドレス。ついでのようにピンヒールも。それらも館長が整えてくれて、左右から娼婦たちのエスコートを受けながら立ち上がる。

 ヒールの高い靴が久しぶりすぎて、ちょっと膝が笑ってる。それでもまだ男爵の隣に並ぶと身長差が大きいんだけど。

 男爵はベールを指で上げて、顔を覗き込んできた。身分相応の衣装に包まれている彼も、普段のへらへらした雰囲気から、ミステリアスな貴族のそれに変貌を遂げている。思ったよりも真剣な瞳で検分されて居心地が悪くなった。


「……うん。まあ、大丈夫でしょう。大雑把な打ち合わせは車で」


 そう言って男爵は腕を差し出した。

 車? 馬車でなく?

 疑問に思いながらも彼のエスコートに従う。そう言えば、貴族たちの集まりとは、見栄の張り合いみたいなものだったと思い出してきた。男爵はそういうものからずいぶん遠い人間だったので、違和感しかないのだが。


「……あれ。ヒール高すぎた? ピアならそれでも走れると思ったんだけど……」

「……っ。す、すぐ慣れます」


 わずかに歩くペースが遅れているのに気付かれた! ほんと、そういうとこ可愛くない!


「ならいいけど。まぁ、子爵のとこではもっとゆっくり歩くから大丈夫だと思うけど。口は開かなくていいからね。酷い火傷で声も出しにくいってことにするから。それで、こそこそ見る人はいても、ジロジロ見る人はいなくなる予定」

「……なるほど」


 車に乗り込むときに男爵は運転手にチップを渡した。ちょっと多めに。

 並んで座って、腰など抱かれて顔を寄せるのは、できるだけ小声で話すためだと解っているけど、いつもとのギャップのせいかどうにも落ち着かない。


「招待客のほうは心配ないんだけど、子爵はさすがにそう簡単に見逃してくれないかもしれないから、妙な詮索されたくなかったら、できるだけおとなしくしててね。何かあったら僕が何とかするから、か弱いふりしてて」

「何とかできるんですか?」

「たぶんね。無事に帰れれば、追手も少なくなるはずだから、頑張って」


 そこで「頑張って」はおかしいだろう。私はいつもおとなしくしてるじゃないか。事を大きくしてるのはいつだって男爵のような気がしますが?

 男爵の顔を見ないように視線を反対側へ逸らしながら、心の中でだけ悪態をついておく。

 この男がどこまで私のことを知っているのか知らないけど、広げた噂の消火も兼ねてくれるというのなら、是非もない。

 とりあえず、その作戦でいくことに同意した。




*人は見かけによらない おわり*

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