とりあえず、トリあえずとか言われても

葛瀬 秋奈

第1話

(えー、とりあえず)


 ここは物書きたちが集まるサイバーパンクなメタバース世界、その名も『カキヨン』。文章のみ使って溢れるパッションを表現する芸術家たちが昼夜を問わず交流し、時に意見を戦い合わせて切磋琢磨している。


 文章で交流するならメタバースの意味がないじゃないかって?


 いい質問だね!

 

 実は、ここには独自のすごい機能がある。書いた文章はが全て実体化するんだ。

 実体化といってもメタバースだから生成AIがバーチャル立体化してるだけなんだけど、ログインしてVRの視点でみるとちゃんと実体に見える。すごいでしょ?

 絵師や造形家に頼らなくても自分の頭の中の世界を出力できちゃうんだから、そりゃあ流行るに決まってる。実体化したものの売買は禁止されてるし、イメージ通りに作るのは意外と難しいんだけどね。

 もちろん呪文みたいに使って魔法使いになりきることもできるよ。自分や他人に痛みを与えたりはできないけどね。


 まさに使い方はアイデア次第ってワケ!


 そんなわけで大盛りあがりのカキヨンでは今、空前のブームが起きていた。カキヨン公式スコットである、『トリさん』の二次創作だ。

 トリさん自体のデザインやプロフィールは当然著作権法で保護されてるんだけど、カキヨン内限定でそれらを使った自由な創作が認められてるんだ。


 それじゃあさっそく、その一部を紹介していこうか。

 あちらのささくれ氏はとってもメルヘンでワンダーな童話を書いているみたい。ふわふわタッチなトリさんもキュートだね。

 そちらのアキさんはなんと短歌でトリさんを呼び出そうとしてるんだって。上手くいくのかな?


「うーん……『とりあえず・鳥も直さす・トリあえず・鳥辺野森にトリさんは来ず』……どうだ」


 うーん、ちょっと前衛的すぎたのかな。実体化は失敗したみたいだ。そもそも「トリさんは来ず」って言っちゃってるし。


「ちょっと」


 さすがにもうちょっと真面目に作らないと運営に怒られそうっていうかさ?


「ちょっと、さっきからごちゃごちゃ喋ってる声の人。なんなのマジで。顔も見せず音声だけで喧嘩売ってんの?」


 わ、アキさん怒っちゃった。そんなこと言われても、ボクはカキヨンの宣伝動画を撮影してるだけだからね。気にしないで続けてくれていいよ。


「いや気になるわ。宣伝動画ってことは運営の人ってこと?」


 その通り。実はこのボクこそが、今もっとも注目を集める人気者。カキヨンのトリさんというわけさ。


「えっウソ。本当なら姿見せてよ」


 だめだめ。軽々しく会えちゃったら有難みがなくなっちゃうでしょ。ちゃんと頑張って自分の作品でトリさんを実体化させてよ。ボクはいつでも待ってるからさ。


「今日もトリには会えずじまいかぁ……」


(了)



(よし、こんなところか)


 …………実は。この文章は私が『カクヨムのトリ』を名乗る何者かに脅されて書いたものだ。

 トリはみんなに自分のことをもっと知ってもらいたいから小説を書けと言った。私はトリのことをよく知らないのでトリに似たキャラを出してお茶を濁したが、なんとか満足して帰ってくれたようだ。

 もちろん私だって本物だとは信じていないが顔も見せずに耳元で囁かれたら誰だって怖い。

 いや、逆に顔を見ることにならなくてむしろ良かった。だって、本物のトリが鳥じゃなかったらそっちのほうが怖いじゃないか。


 とりあえず、トリ会えずに一安心、と。


(頼むから誰か笑ってくれないか。一から十まで全部ジョークだ)


 カクヨムのトリを炭火で燃やしたい。

 黒歴史ごと灰になるまで。


(……ただの短歌ですよ?)

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