取り敢えず、帰ろっか

凪風ゆられ

第話

 たった一粒のチロルチョコを取り合う絵図を見たとき、人はきっと笑うだろう。

 私だって、赤の他人がチョコ一つで争っていたら、くすりと笑ってしまう自信がある──だが、それが知り合いで尚且つ彼氏であれば話は別だ。


「ミサキが三つ食べただろ!? なら、最後の一個くらいはオレにくれてもよくないか????」


「はぁぁぁぁ!? たっくんが三つ食べたんでしょ! 嘘つくのはやめてよ!!!」


 小柄な彼と大柄な私は互いに腕を掴み、「ぐぬぬ」と相手を睨みつける。


 何度やったから覚えていないこのやり取りが、私は好きだった。

 意識しなくとも手などに触れられるのもそうだが、彼が私だけを見てくれているという感覚がたまらなく心地良い。


 しかし、それが売られた喧嘩を負けにする理由にはならない。たとえ、相手が彼氏であってもである。


 喧嘩腰でありながらも、浴びせる言葉には棘が含まれていない争いを続けること約五分。奪って奪われたチロルチョコが互いの手を離れて地面に転がっていった。


 ──チャンスだ。


 ここで私があれを手にすれば勝者になることができる。

 確信にも似た感覚を胸に、私の唯一の長所である身長の高さ=腕が長いことを利用して、精一杯腕を伸ばす。


「「ッ!?」」


 獲った──はずだった。彼の驚き目は私に向けられるはずのものだった。

 少なくとも私の脳内未来予想図では。

 だが現実はどうだ?


 あと少しでチロルチョコを掴めるというところで、一羽の鳥が見事に奪い去っていってしまった。

 あまりにも突然の出来事に、鳥もチョコを食べるの? などと考えてしまう。

 

 獲物を口にした鳥を、ただの人間が捕まえることなんてできず──私たちはベンチに座ってぼうっと空を眺めることしかできなかった。

 もう一度来ないかなと、思わなかったわけではないが、あの鳥が再び来ることもなく。


「ありゃりゃ、これじゃ取り合いもできねーな」


 彼が小さく笑いながら呟く。


「取り敢えず、帰ろっか」


 私は彼と手を繋ぎ歩き出した。

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取り敢えず、帰ろっか 凪風ゆられ @yugara24

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