チキチータ・ストラテジー【KAC20246】

銀鏡 怜尚

チキチータ・ストラテジー

 茜天会せんてんかい会長、天満てんま茜次郎せんじろうは悩んでいた。

「『チキチー』が欲しい……。何とか手に入らぬものか……」


 会長と言えば聞こえは良いが、要はヤクザの組長だ。名は体を表すように、その昔は一夜で天を茜色に染め上げるくらい、ヤクザ抗争で大暴れしたものだ。

 今や、そんなかつての威光も鳴りを潜め、零細団体に成り下がってしまっているが、組織は継続している。


 そして、茜次郎には裏の顔があった。ゴリゴリの恋愛モノを専門とするWEB作家、ペンネーム『天空あまぞらアカネ』という顔だ。

 特に女子高生の感情の機微を繊細な筆致で表現したラブ・ストーリーを得意とする。WEB小説投稿サイト『カケヤヨメヤ』界では、絶大な人気を誇っていた。評価を表す★の数は、どの作品も1,000をゆうに超える。

 もちろん、裏の顔は極秘……のはずだった。しかし、そう思っていたのは茜次郎だけで、実は構成員には周知の事実であるどころか、構成員の中に愛読者が続出し、中には天空アカネに憧れて、『カケヤヨメヤ』に自作恋愛小説を書く輩まで現れた。


 『チキチー』というのは、カケヤヨメヤのマスコットキャラクターの鳥だ。モチーフは分からない。フクロウともヒヨドリともオウムともつかない鳥が、ペンを把持はじし執筆している姿が、愛くるしく愛おしい。

 ただし、『チキチー太』というのは公式の愛称ではない。現在、暫定的に『トリ』と呼ばれているが、今回のカケヤヨメヤのアングラ小説コンテストで大賞を受賞すると、当該『トリ』のぬいぐるみと命名権が与えられる。

 茜次郎は、『トリ』を溺愛するがあまり勝手に『チキチー太』と名付け、それを公式愛称にしようと画策していたのだ。


まさ、カケヤヨメヤに投稿している衆を全員呼べ!」

 茜次郎は、側近の政に招集を指示する。政は執筆こそしていないが有能な構成員だ。

「分かりました」


 茜次郎は、数撃ちゃ当たる作戦で、『トリ』命名権とぬいぐるみの獲得のために、構成員を集めた。


「さて、ぬいぐるみを拉致さらうためにお前らの協力が必要だ。カケヤヨメヤのアングラ小説コンテストに1人最低30本の小説を、あえず書いて準備しろ」

 茜次郎は、若衆たちに命令した。

「分かりやした! しかし、俺は、アングラ小説など書いたことがありません! 期待に添えるものが書けるか自信がありません!」

 心配を口にするのは、舎弟のげんだ。

 げんは、茜次郎が見込んでいる、前途有望なWeb小説家の1人であった。『みなもと雫紅しずく』というペンネームで活動し、若いながらその感性は抜群で、茜次郎がその表現を勉強したり、模倣してみたりすることもあった。


「アングラ小説なら、実体験に基づいていくらでも書けるだろうが」

「しかし、俺は恋愛小説しか書いたことがないんです!」


 ここにいる若衆は、皆『天空アカネ』に憧れて執筆活動をしているため、恋愛小説しか書いたことがないのだ。源は続ける。


「親父の、天空アカネの見本を見せてもらえませんか?」

「バカ者! ワシは、恋愛小説家としてカケヤヨメヤ界でイメージが定着しているのだ。ファンの期待を無視して、今さら刺青もんもんが入ったヤクザが跋扈ばっこする任侠にんきょう小説など書けるか!?」

「ひぇえ~」

 源は怯んだ。しかし、源も、天空アカネほどではないが、恋愛小説家としてファンを獲得しつつある。茜次郎の懸念は、源にも共通するものだった。


あえず違うアカウントを取得して、書くのはどうですか?」と、政が提案する。

「それは得策ではない。大賞を獲るかどうかは、実のところ★の数の多い作品から選ばれる。つまり、無名の小説家ではなく、ある程度、名の知れた人気作家じゃないと★はつかん」

「では、アカウントを偽造して、★を入れまくれば良いのでは」

「それは、運営から目をつけられる。最悪利用停止措置B A Nを喰らう。それに、アンフェアなやり方は、ワシは好まない」

 今まで裏社会で暗躍してきた茜次郎も、執筆となるとフェアな戦いを臨む。


 沈黙が流れる。

 アングラ小説コンテストなんて、茜天会の作家にとってかなりのアドバンテージがあるのに、恋愛小説家のイメージを払拭されるのが怖いのだ。


「では、こーゆーのはどうでしょうか?」今度は源が口を開いた。「アングラ小説の中に、恋愛を入れるのはどうでしょうか? カタギの女にヤクザが恋するとか!」


「なるほど、それは妙案だな! 裏社会のリアルを読者に届けつつ、恋愛小説家としてのイメージも崩さない! さすが、ワシが見込んだWeb小説家だ!」

「ありがとうございます! それなら書けそうです!」

「よし、では、1人30本以上だ。その中から厳選する! あまりたくさん投稿しすぎると、★が分散するからだ。今回ばかりは、ヤクザの階級の忖度そんたくなし、恨みっこなしだ! 全身全霊で珠玉の傑作を書き上げろ!」

「はいっ!」若衆一同は威勢よく返事をした。



 後日、若衆たちの努力の甲斐あって、アングラ小説コンテスト大賞を受賞した。受賞作品は、源こと『源雫紅』作の『焼鳥やきとり ヤキ入れ 愛の拳銃チャカ』だ。焼鳥屋を訪れた若頭わかがしらが、焼鳥屋で働く娘に一目惚れし、地位や名誉を捨てて、恋に堕ちる物語だ。

 なお、茜次郎も『みかじめマイラブ』、『両片想い刺青タトゥー』、『婚姻届は血判けっぱんで』の3作品でエントリーしたが、源の作品には及ばなかった。今回の受賞特典である『トリ』を物語にうまく絡めた源に軍配が上がった。


 『トリ』のぬいぐるみが透明な箱に入れられ送られてきた。何と愛くるしく愛おしいのだ、と茜次郎は改めて『トリ』に陶酔する。

「親父! ダメですよ!」源は、茜次郎からぬいぐるみを取り上げる。「これは、俺が頑張って獲ったもんっす!」


「何だと? ワシに寄越せ!」

「ダメです。俺のもんっす」

 執筆のことになると、源は舎弟のくせに急に強情になる。他の若衆は、けじめ案件になるのではと、ピリピリし出すも、源は一向にあわず。

「……じゃあ、せめて名前を『チキチー太』にしてくれ」

「名前も、既に、俺考えてるんすから」

「何だと? そんな……」茜次郎は項垂れながら言う。「何ていう名前だ……?」

「『センジロー』です!」

「許す!」

 即答だった。茜次郎は落胆から一転。『トリ』が自分と同じ名前になり、がらにもなく欣喜雀躍きんきじゃくやくした。


 あえず、一件落着!

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