【KAC #6】必殺技の理由

二八 鯉市(にはち りいち)

必殺技の理由


 あの梅山 六実うめやま むつみが鼻歌を歌っている。

 珍しい事もあるもんだ、と七瀬 夕樹ななせ ゆうきは目を細めた。


 「なんだよ」

「六実さ、なんか珍しくご機嫌じゃん」

「そうか?」

六実は、フフンと笑った。やはり機嫌がいいようだ。


 こんな時ぐらいしか聞けないか。

 そう思いながら、七瀬は陶器のカップにコーヒーを注いだ。ソーサーと共にそっとカウンターに置く。

「お待たせ」

「おう」

黒のエナメルのミニスカートから伸びる脚を組み替え、六実はやはり機嫌よさそうにカップを手に取った。

「あちち」

「なあ六実」

「ン?」

「なんだかんだ、俺達出会って半年経っただろう?」

「そんなになるか」

「だからそろそろさ、聞かせてほしいんだ」

七瀬は、店内に――『喫茶スリーミニッツ』の店内に、たまたま六実と自分しかいないことを、わざとらしく目線で強調した上で、尋ねた。

「『魔法少女』としての、お前のさ――」


 ”尋ねられた内容”に、六実は一瞬目を見開いた。その表情を見て七瀬は、「マズったか?」と後悔した。踏み込んだ質問だっただろうか。

 だが。

「……ま、お察しの通りアタシは今日、機嫌がいいからな」

ずず、と一口コーヒーを飲むと。六実は八重歯を見せ、笑った。


 「なんで、がそういう名前かってハナシか。ま、話せば長いんだが――」


***


 ――半年前。


 壁が爆ぜ、瓦礫と化した。たった一閃の衝撃でこうなったのだ。もし当たれば骨を砕かれる。

「なんなんだよ!」

何もかも不可解だ。理解が追い付かない。


 いつも通りの朝だった。新調した黒のネイル、この日の為に買った服。いつもよりたっぷり化粧に時間をかけ、

「よし、チケット持った」

念入りに準備をして、家を出た。


 いつも通りだったのに。

 駅の駐輪場に倒れていた猫を拾った。だが、拾った猫が喋った、猫じゃなくてキツネだった、『君は魔法少女ぽん!』と言われた。何もかも意味が分からない!

「ぽんって何? キツネなのかタヌキなのかどっちなんだ」

「ハイブリッドぽん。あとボクの名前はアメマルだぽん! 気軽にアメちゃんって呼んでほし」

「呼ぶか!」


 ややこしいこと言いやがって。こんな奴、外に捨てて忘れてやる。

 そう思って駐輪場の外に出た瞬間――身の丈2メートルのネズミに襲われた。

「奴らにバレたぽん!」

「奴らって何だよ」

「この世界のことわりを書き換えようとする悪い奴らだぽん!」

「何言ってんのか一つもわかんねぇ!」


 とはいえ市民を巻き込むわけにもいかず。六実はアメマルを抱え、表通りから離れ、路地裏を必死で走った。よろめき、つんのめりながらも懸命に走り抜け、寂れた公園に逃げ込む。

「一体どうしたら」

「人間の力じゃ太刀打ちできないぽん。魔法少女、変身だぽん!」

アメマルがクワッと目を開く。


 みしみし、と。路地裏につっかえた巨大ネズミがこちらに進んでくる音だけが聞こえる。


 アメマルがシュバッと前足を向けた。

 「さあ戦うぽん!」

「いや何も変わってねぇけど!?」

「変身に伴う身体強化は100%完了だぽん! でも特に見た目には変化は出ないぽん!」

「出ねぇのかよせめてなんかあれよ!」

「え、あった方がいいぽん?」

「うるっせぇ別にいらねぇよ!」

その時。にわかに塀が崩れ、巨大ネズミがのっそりと現れる。

「何なんだよアタシはただの一般人だぞ!?」

「いいや、ボクの変身パワーを浴びた君は今や無敵の魔法少女ぽん。指先に神経を集中し、敵に向けて言霊ビームを放つぽん!」

「こ、言霊ビーム!?」

「ビームのエネルギー源は君の想いの力! 一心不乱の想いを、言霊に乗せて相手に放つんだぽん!」

「なんなんだよそれ!」


 ブワッ、と巨大ネズミの毛が逆立ち。地面を揺さぶる咆哮と共に、目と口が赤く裂け、前足の爪がググゥと伸びた。クラウチングスタートを取るように、後ろ足で地面を引っ掻く。

「やべぇ」

「『やべぇ』じゃビームに足りないぽんっ!」

「うるせーな今のは言霊じゃなくって心の声だよ!」

グォオオッ、と巨大ネズミが叫び、地面を穿ち突進してくる。

「うっわ!」

六実は、咄嗟にアメマルの頭を鷲掴みにし、横っ飛びでなんとか避けた。


 身体能力が強化されているというのは本当らしく、だが自身の跳躍力に身体が追い付かず、バランスを崩し地面をゴロゴロ転がる。かつてシーソーだったらしい遊具に足をぶつけ、激痛に顔をしかめた。

「いってぇッ」

「さあ早く願いを言霊にするぽん!」

「うっせぇな強い言葉なんてすぐに出てこねぇよ!」


 勢い余って公園を囲う柵に突っ込んだ巨大ネズミが、粉塵の中ゆらりと立ち上がった。再び、地面を掻き、こちらへ狙いをつける。

「くっそ、今のアタシの願い」

「そうだぽん!」

「アタシが今考えてることは!」

「叫ぶんだぽん!」


 目にもとまらぬ速さで、地面をかける巨大ネズミ。

 そのネズミに向け、六実はまっすぐ指を向ける。


 「今日はなぁ、ダチと一緒にフェスに行く予定だったんだよ。『スカル・エナメル・バッファローズ』がフェスのトリをるんだぞ。その為にネイル新調したのによォ」

六実は、ギリッと奥歯を噛み締める。八重歯が刺さり、口の中に血がにじむ。

「けど、お前が暴れたせいで電車が止まった。このままじゃトリにも間に合いそうもねぇ」

肺の隅々までいっぱいに、酸素を吸い込んだ。細胞一つ一つから、奮い立つ怨念を練り上げる。


 「アタシは、ライブに行きてぇんだよォ!」


 目に見えない言葉の刃が――確かな圧を持ったエネルギーとなり、黒のネイルの輝く指から放たれ、ネズミの脳天を突き刺した。


 巨体がぐらりと揺れ、血が噴き出す。巨大ネズミが倒れるのと同時に、六実もまた大きく息を吐いた。まるで全速力の短距離走を終えた後のように息が荒い。

「っあー……すっきりした」

「とっても強い言霊だったぽん! これからも無敵ぽん!」

「二度とごめんだ!」


***


 「ってわけ」

と、飲み終えたコーヒーカップを置いて六実は言った。

「はぁー成る程なぁ。いやずっと気になってたんだよ。なんで必殺技がアレなのか、って」


 七瀬は、つけっぱなしのテレビをそっと見やる。


 『お手柄! 魔法少女ライブガール』というテロップと共に、黒いマスクをつけた魔法少女が、ウサギ怪人と戦う様子がワイドショーで流れている。


『アタシは、ライブに行きてぇんだよォ!』


 どたーん、と倒れるウサギ怪人。腕を組んだ魔法少女が、言い放つ。

『お前がトリじゃぁな、盛り上がらねェんだよ』


 「このセリフ、小学生の間で流行ってるらしいよね」

「そうなのか? まー興味ないな。アタシはただ平穏に過ごしたいだけだからさ」

「そーかい」

「さてと」

六実は、傍らに置いた『スカル・エナメル・バッファローズ』のロゴのついたバッグを手に取ると、勘定を済ませた。財布をしまう間も、鼻歌など歌っている。

「ところでさ。今日はなんでそんなにご機嫌なんだ?」

「ん。当たったから」

六実は、ずいっとスマホを見せた。


 スカル・エナメル・バッファローズの全国ツアー公演に当選した、とのメールだった。

 六実は八重歯を見せて笑う。

「今回の新曲、すげーカッコいいんだ。でもバラード系のロックだから、きっと、いや絶対曲順はアンコール後のトリ。あー! 楽しみなんだよなァ」

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