大将


 年が明けて桜が八分咲きを迎える頃。大学に向かう桜並木のこの道で君と再び出会った。

 三年前にいなくなった僕を恨んでないだろうかと怯えながら疲れて少しやつれた顔を見つめる。

 大学を卒業して、社会人一年目だからか、まだまだスーツが新しい。


「はぁ……」


 大きなため息を吐きながら、疲れたようにベンチへと腰掛ける。その後すぐにスマホを取り出すと、会社への連絡なのか、ぎこちない敬語で頭を下げながら謝罪の言葉を何度も繰り返す。


「はい……すみませんでした。失礼します……」

「大変そうだね、そんな会社辞めたらいいのに……」


 僕の言葉に返事は来ない。君は通話を終えたスマホへすがるように顔に押付けながら下を向く。

 今更僕に何が出来るだろう。

 何か力になれないかと思いながら、君が座るベンチへ腰かけようとした時だった。


「おーい!」


 並木道の入り口から君の名前を叫んでる男が駆け寄ってくる。その声を聞いた途端、君はベンチから立ち上がり彼とは反対方向へと歩き出す。


「お願い!待ってよ!」


 慌てて駆け寄ってきた彼も、スーツを着ていると言うよりはスーツに着られているように初々しい。

 彼はようやく追いつくと、膝に手を乗せながら荒い呼吸を整えている。彼が誰なのかすぐにわかった。

 今の彼氏なのかな、と。


「あの、ごめん……デートの約束……」


 彼から聞きたくない単語が聞こえてきて、僕は二人と距離をとる。必死な彼とは裏腹に、君は背中を向けたまま。


「君が大変なのに、何もしてあげられなくてごめん……」

「――」


 君は小さな声で呟く。でも彼には聞こえなかったようで情けない真剣な顔で見つめる。


「わ……も、ご……ん」

「え?」


 君はくるりと彼へ向き直り下を向いたまま呟く。

 彼の方もどうしたらいいのか分からないのか、動揺が隠せていない。


「もう、ちゃんと言わないと聴こえないよ?」


 僕が呆れながら呟くと、まだ少し肌寒い風が桜の花びらを巻き込みながら君の背中を押すように吹いていく。


「その、私も……ごめん」

「……そんな事ないよ!デートの約束守れなかったのは俺だし、君のシャンプー間違って使っちゃったのも、お気に入りのマグカップ割っちゃったのも俺が――」


 慌てて全てを懺悔していく彼。でもそんな姿を見て、苦しそうだった君から小さく笑い声が聞こえてきた。

 緊張の糸が解けたのか、二人はお互いの笑い声につられて楽しげに笑い合う。


「もういいよ。ねぇ今は時間あるでしょ?マグカップ買いに行きながらご飯行こう!」

「もちろん!今日は本当はデートの約束だったから……仕事早めに切り上げてきたんだ」


 笑顔の君に連れられるように彼も歩いていく。

 僕はその後ろ姿をただ見送るしかなかった。


「そういえば……ここ何だっけ」

「うん、ここの近くの道路かな」


 君は話しにくそうに彼に返すと、へ一瞬だけ視線を向ける。そこには缶ジュースやお菓子が未だに置かれていた。


「……君の分も元気に生きなきゃね」

「え?」

「ううん!何でもないよ、さぁお腹減ったから先にご飯だ!」


 あの時と変わらない、くしゃっと笑う顔。君の肩に付いていた桜の花びらが落ちて、風に流れていく。

 その花びらを手に取ると、僕は見えなくなっていく二人の背中を優しく見守るのだった。

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大将 @suruku

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