青井さんと鳥居君。

高校生活3年間

 桜が散ったあと、俺たちは出会った。


「とりま、お試しってことでいいじゃん」


 うちの高校はそこそこのレベルで、そこそこな人間しかいない。

 そこにしか入れなかった俺もそこそこだったわけで。


「受験失敗? ま、そんなこともあるじゃん。長い人生、それもまたいいんじゃない? みたいな」


 他人事だと思って……。

 ムッとしても、その顔を見てケタケタ笑う、そんな女の子だった。


 しぶしぶ入学してからも学校の雰囲気になじめず、独り。

 昼休みになれば、一人になれる場所、校庭のすみでぼーっとしていた。

 きっかけは何かは知らない。

 何かであの子、クラスメイトの青井さんは俺を見付けた。


「なんしてんの?」


 彼女はクラスのなかでは派手なグループに属する、いわゆるカースト上位。

 俺なんか、なんで構ってくれたのか。


「なんかさ、気になんだよねえ。暗い顔されてたらさ」


 ニッと笑う、その顔にドキリとして。


「うんうん。いろいろあるよね、人生」


 やけにしたり顔で。


「したり顔って、なにさ」


 得意そうな顔、訳知り顔ってところかな?


「ふーん……。ウチ、そんな顔してる?」


 子どものようにからかう笑顔にそれはなく。

 学校の行事でまだ俺が一人でいるところを、ぐいぐい引っ張って、クラスの輪の中に引き込んだのも青井さんだった。


「ねえ、鳥居君さ、頭いいじゃん? ウチに勉強教えてくんない?」


 夏休み前の定期考査直前、ずいっと俺の机に乗っかかるようにして、彼女は。

 その顔があまりにも近くて、俺は胸の鼓動が抑えられなかった。彼女に聞かれやしないかと、そんなわけないのにドギマギしたものだ。

 そのときどう答えたのかはっきり覚えていない。


「ヤッバ! ウチ、こんな点取ったの初めてだわ!!」


 いつの間にか、放課後、教室に居残り、勉強会。二人だけ。ときに誰かがいたような気もするけど、二人だけの印象が強い。俺のなかでは。

 彼女の点数は平均点を少し上回っていた程度。俺の教え方が悪かったのかと落ち込んだけど、彼女は全くそれとは逆に飛び跳ねるほどに喜んでいた。


「なーに、落ち込んでんだか。鳥居君のさ、教え方がうまかったんじゃん? マジで。鳥居君も喜んでよね!」


 バンバン背中叩いて、「お礼させてよ」なんて。

 距離感が近い彼女にはドキドキさせられっぱなしだった。


「海、行かない?!」


 補習のない夏休み、彼女にとっては暇を持て余したのかもしれない。

 俺なんかを誘うなんて。


「あん? 怒るよ? ウチでも。なんかじゃないよ、鳥居君だから誘ったんじゃん」


 泳げないからと断っても、遊び方なんて分からないっていっても。


「とりま、行こ。ぐだぐだ頭でっかちにならずにさ。やってみたら、行ってみたら、良かったってなるもんだって」


 家に押し掛け、強引に手を引かれて海へ。

 彼女の水着姿は夏の太陽の下、まぶしすぎて。

 直接触れる素肌も。


「えっちぃ……」


 なんて、ジト目で。必死で否定したら。「ウッソ!」って、また明るく笑った。


 2年に進級しても、俺たちは変わらず一緒にいることが多かった。


 このころにはもう、この高校に来たのは間違いだ。俺は失格者だ。なんて、思わない。

 むしろ、彼女に出会えたことは幸運。神様に感謝。

 でも、俺にはやっぱり不釣り合いだと思う。

 彼女はキラキラ輝き過ぎているから。


 3年生になって、クラスが分かれた。

 俺は彼女に背を押され、進学クラスへ入ったからだ。彼女は商業クラス、つまり卒業後は就職を目指す。


 これで彼女とは縁が遠くなる。

 少し、いやすごく、喪失感。


「勉強、教えてよ」


 結局、彼女はまた。

 商業クラスでももちろん、勉強についていけないならそれは落第しかないわけで。


「邪魔、かな?」


 みたび夏。

 特別講習や塾にも忙しくなってきたころ、珍しくそんなことを青井さんはいう。

 この時は、俺が怒った。

 そんなことはない。かえって復習にもなるし。

 君といられない方がきっと勉強に手がつかない。なんて、そんなことはいえなかったけど。


「ふーん……。光太こうた、ウチと一緒がいいんだ?」


 いつの間にか、彼女は俺のことを名前で呼ぶ。

 俺はいつまでも「青井さん」だったけど。


「とりま、いってみ? サン、ハイ、香織かおりちゃんって」


 真っ赤な顔で、からかうように、「ウチのことも、名前で呼んでほしいんだけど」って、いったのはもう卒業も近いころだった。


 俺は……。


 大学は東京の。

 香織ちゃんのおかげと、俺は素直にいった。


「なに、それ? ウチ、光太の邪魔してただけじゃん。ウチ、何にも……」


 ううん、君がいたから、だから俺は自信を取り戻すことが出来た。

 だから……。


 桜の下で告白。


 3年かけて、やっといえた。


 俺が差し出した手を、彼女は握ってくれた。


「自分から動かなきゃさ、青いトリにも会えずってことじゃん?」


 桜が咲くころ、俺たち二人は新しい道へと歩み出した。

 きっとでも、その先でもきっと。

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