第92話 エピローグ

「……誰?」


「そなたこそ、何者なのだ? それに、この邪悪なものは……」

「あー、それはアベルだよ」

「アベル……これが?」


 この少女が何者かは、わからない。

 だが、カインが意識を向けるまで全く気配すら感じなかった。


 あまりに異常。

 只人ではない。


 ――殺すか?


 カインが魔力を手に集めた時だった。

 少女がこちらを見た。

 その瞳に宿る虚無に、さしものカインも身構えた。


「これは悪魔ではないか。吾が探しているアベルは、悪魔を倒す方だぞ」

「へぇ……。ところで、君はどうしてここに来たんだい?」

「アベルに言われたのだ。ここに居るって」

「その名前は、誰に聞いたの?」

「もちろん、イングラム王国で、アベル本人から聞いたのだ!」


 アベルという名を知っていて、イングラム王国に滞在している、悪魔を倒せる存在。

 それで、すぐにピンときた。


「エルヴィンかッ!」

「えるう゛ぃん……?」


(しかし、何故アベルと名乗ったんだ? ――まさかッ!?)


 アベルと名乗れば、この女がここを探り当てるだろうことを予想していた?


 可能性としては、限りなくゼロに近い。

 だが、万が一を想定すると、これほど恐ろしいものはない。


 ヒノワの装束、左腰の刀は、報告に上がった通りの姿。

 この少女もまたイングラムに居たのだろう――正体不明の、ベリアルにとどめを刺した人物である可能性が高い。


 万が一これが偶然ではなくだとすれば、エルヴィンは大悪魔を倒せる程の刺客を、この聖域にということになる。


(まさかとは思うけど、エルヴィンはこちらの動きに気づいてる?)

(この女は、余計なことをするなという警告か?)


 考えを巡らせながら、しかしカインの動きは速かった。

 魔力を解放、少女めがけて全力で聖光魔法ホーリーレイを発動。

 常人ならば気づかぬうちに蒸発するほどの魔法だったが、少女もさる者、刀で光線を受け流した。


「そのえるう゛ぃんは、ここにはいないのだな?」

「……当然」

「ならば、ここに用はないのだ」

「逃がさないよ?」


 聖なる制約レジストリクションを発動。

 少女の体に光が巻き付き、動きを止める。


「邪魔をしないでほしいのだ!」

「なっ!?」


 カインの神聖魔法が、精神力ではなく腕力で千切られた。

 そんな馬鹿なという言葉が、危うく口をついて出そうになる。

 こんなめちゃくちゃな人間、見たことがない!


 少女の刀に気がこもり、一閃。

 カインはギリギリシールドを展開。

 次の瞬間、


 ――ドッ!!


 壁や天井もろとも、一瞬にして砂になった。

 触れただけで大理石が砂になるほどの強い気を、線ではなく面で飛ばすとは。


 砂煙が消えた時にはもう、少女の姿はなかった。


「……ははは。やられたなあ」


 乾いた笑いが口から漏れる。

 ここまでしてやられたのは、生まれて初めてだ。


「一応、全力で立ち向かったんだけどなあ。やっぱり、神聖魔法は使いづらくてダメだね」


 これでは、本来の実力の一割にも届かない。

 手を握って開くを繰り返していると、廊下から教皇専属の司祭が現われた。


「きょ、教皇様これは!? 一体なにがあったのですか!?」

「くせ者が現われてね。念のため、ヒノワ装束を纏った女の子を見かけたら、追尾するように伝えて」

「しょ、承知しました」

「あとちょっと、こっちに」


 手招きをする。

 急ぎ足で近づいてきた司祭に、カインは手をかざした。


 バチュッ!

 カインが手を握ると、頭が破裂した。


 頭部を失った司祭が、ゆっくりと前に倒れ込む。

 どくどくと、足下に血が流れる。

 その血を、カインの足下にある影が吸い込んでいく。


 やはり、暗黒魔法は使いやすい。

 初めからこれを使っていれば、あの少女だって簡単にくびり殺せたはずだ。


 しかし、己の体面を守る為に神聖魔法にこだわった。


「少し、腹が立ったな」


 己の判断ミスもさることながら、エルヴィンにしてやられたことが、許せない。

 足下に転がるアベルを蹴って転がし、仰向けにする。


「ねえアベル。さっさと次の大悪魔を生もうか」

「む……むり……もう、むり……!」

「大丈夫、力ならたくさん与えてあげるから」

「ひゃ、ひゃめ……」


 血に濡れた手のひらでアベルの顔に触れる。

 その手から、大量の黒い塊が溢れ出し、アベルの口へと流れていく。


「がぁぁぁぁああ!!」


 ガクガクガク。ビクビクビク。

 アベルの体が奇妙に痙攣する。

 常人ならばこれで壊れる。だが、カインはやめない。

 壊れても、神殿ここには替えがたくさんいる。


 どうせこいつは預言の勇者ではなさそうだとわかったばかりだ。

 ならば、潰したってかまいはしない。


「さあ早く、元気な大悪魔を生んでね」


 そうして悪魔が生まれたら、


「まずはエルヴィンの、大事なものを全部破壊してあげよう♪」


 こうしてエルヴィンの預かり知らぬ場所で、再び巨大な力が生み出されるのだった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




以上で2章が終了です。

あと書き溜めてた分すべてを放出しました。

次回更新は未定です。


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√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道 萩鵜アキ @navisuke9

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