第91話 ころ……ひて……
「そうだ、これを渡しておこう」
「……これは!」
テーブルに魔石を置くと、レナードが目を剥いた。
それもそのはず。ベリアルからドロップしたものだからな。
この世界じゃたぶん、一番の値が付くだろう。
「これから、なにかと入り用だろう? その足しにしてくれ」
「……いいのか?」
「無論だ」
詫びの印だからな!
自由に使ってくれ。
「街の復興に、見舞金といろいろ出て行くものが多くてな。本当に、助かる」
それはよかった。
本心から安堵するレナードの様子に、俺もほっとする。
「レナードよ」
「はっ!」
「イングラムの管理を、頼んだぞ」
「……承知、しました」
俺がかつて見たかった街が、ここにある。
人がいて、建物があって……狭くて暗い隠し部屋には白骨死体もない。
ならば、出来るだけこのままでいてほしい。
そのためなら、俺は魔王とだって戦っても、いいかもしれない。
まあ、デッドエンドしそうになったら逃げるかもしれないけどな!
――さて、帰るか。
まさかイングラムに来る前は、こんなことになるとは思ってもみなかったな。
本当は『真実の瞳』を手に入れるだけで良かったんだが、意図しないものも手に入れてしまった――気がする。
イングラム王国を掌握、聖女の加護、トモエからの興味、うっ、頭が。
……うん、何も考えないようにしよう
あんまり現実を直視すると、頭痛が酷くなる。
行きよりも少しだけ距離が縮んだような聖女と、行きと違ってジェイも入れて、三人でファンケルベルクの街に戻る。
俺、ファンケルベルクについたら、しばらく休養するんだ!
○
「ころ……ひて……。ころ……ひて……くれ……」
セラフィス聖皇国にある神殿のとある部屋では一日中、呪詛めいたうめき声が響いている。
その声の主は預言の勇者アベルだ。
全身の皮膚が黒ずみ、唇がひび割れ、髪の毛もかつての金色を失い黒く染まっている。
かつての姿を知る者が見れば、己の目を疑うだろう変貌ぶりである。
そのアベルの前で、教皇カイン・F・セラフィスが腕を組んでいた。
「まさか勇者を苗床にして生み出したベリアルが殺されるなんてねえ。想像もしなかったなあ」
ベリアルを倒したのは、名も知らぬ少女。
だが実際に体力の大部分を削ったのは、最近国を興したというエルヴィン・ファンケルベルクという少年だという報告が、カインの元に上がってきている。
諜報部の精鋭たちに少女を調べさせたが、ヒノワに縁のある者で、刀を扱っていたという情報しか掴めなかった。
ベリアルにとどめを刺せる程の実力者だ。ただ者ではない。
出来れば居場所を把握しておきたかったが、簡単に追跡が振り切られて、それすらも出来ていない。
それに対し、エルヴィンについてはよくよく知っている。
足下で苦痛にのたうち回っているアベルが、復讐したい相手として何度も口にしていたからだ。
「まさか、そのエルヴィンは今世の英雄なのかな?」
だが、彼が英雄だという神託があった報告はない。
神の預言は絶対だ。
英雄以上の存在格を持つ者が現われるとなれば、聖人・聖女が必ず神のお告げ――神託を受け取るものである。
それがない、ということは……。
「すべての神託を拾い上げられてないか、解釈を間違えたか。……もしかしたら、後者かな?」
ちらり、カインは勇者を見た。
こいつは神託を受けて勇者と認定した。
だが実際に見てみると、勇者とは似て非なる醜悪な存在だった。
精神力も弱ければ、身体能力も低い。
何故こいつが勇者なのかと首を捻っていたが、なるほど、預言の解釈を間違えてアベルを勇者にしてしまったと考えると、納得がいく。
神のお告げは、かなりの具体性をもっている。
例えば勇者なら、実際に指し示す人物を克明に見せてもらえる。
しかし、受取手である人の記憶はすぐに劣化する。
お告げから実際に勇者が現われるまで時間がかかれば記憶がぼやけ、間違える可能性が上がる。
本当は黒髪なのに、時間が経つうちに既存の勇者像がすり込まれて、金髪だと思い込むことだってあるだろう。
あるいは聞き取った司祭が、勝手に改変したというパターンも考えられる。
「まあ、それがわかったところで、教会としては勇者の称号を取り消すわけにはいかないんだけど」
教会にも体面はある。
勇者と認定したものの、実は違いましたと発表すれば、それだけで信用が地に落ちる。
多くの信者を失うことにもなりかねない。
だから今回は、気づかなかったことにする。
偽物はここにいて、誰の目にも触れないのだ。
誰にも真実は暴けない。
「それはそれとして、新しい対策を立てないとなあ。せっかく生み出されたのに、ベリアル消えちゃったし。さ、アベル。次の悪魔の製造を急いでね」
「あ……う……ころ……ひて……」
「ダメだよ。君は、強くなるんだろう? 大悪魔をすべて生み出したら、強くなれる」
己を門として大悪魔を召喚することで、器そのものを強引に膨張させるのだ。
器が割れればそこでお終い。
上手く膨張すれば、確実に大悪魔よりも強くなれる。
それこそ、伝説の魔王のように……。
「だから頑張って――」
その時だった。
誰も入れないはずの部屋の窓の縁に、刀を差した少女がいた。
「……誰?」
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