ピープル・オブ・ザ・クロック
穏水
振り子時計
また時計の針が一分ずれていた。
その年季のある振り子時計は、私の祖父が作ったそうだ。実際、私が生まれた時からその時計は壁にかかったままで、一種の背景のように思っていた。しかし、思い返してみれば、生活における時間という存在は、主にその時計で確認していたと思う。だから、私にとってその古い振り子時計は重要なものだと認識した。
その現象が起きたのは、かなり以前からだった。ただ頻繁に起きていたわけではなかった。稀に、時計の針が数分ずれることがあっただけだ。振り子時計というものは、現代の時計よりも正確性に難があるのは確かだ。何年も置いてあると、少し針がずれるのは当然のことだった。しかしこの振り子時計だけは違った。何年も、時計の針はずれずに動き続けていたのだ。幼かった私は、それが当然のことだと、ずっと思っていた。
初めて時計の針がずれていることに気が付いたときは、単純に寂しさを感じた記憶があった。生まれて一度も触ったことのない精密そうな時計に触れるのはいささか気が引けたし、余計に酷くなってしまうのではないかと、触る気は起きなかった。別に時計なんて、他にも確認する手段は沢山あるのだからと、その時は特に何も考えずに、時計のことは見送っていた。
初めて時計の針がずれていることに気づいた一日後、改めてその時計に目を向けると、針は正常に戻っていた。私はだれかが調整しなおしたのかと思い、家族に聞いてみたのだが、誰も触ってすらいないと言い、気のせいだったのかと思った。しかしそれから何日か経った日のこと、また時計の針がずれていた。
ずれては戻るの繰り返しをする時計に対し、挙句に私はそういうものだと思っていた。
今日に限って私が動いたのは、少しばかりか、この時計にストレスを抱いていたのかもしれない。故に私は、一度も触ったことのない壁に掛けられた振り子時計を取り外すことにした。
埃の被ったその時計を机の上へと裏に向けて慎重に置き、金具でとめられた扉を開けた。内部は、大小さまざまの歯車で構成されており、その下にはいまだかすかに輝く振り子が吊られている。ただ、私の目をとめたものは、明らかにして部品など関係しなかった。
振り子が止まってもなお動き続ける歯車。そこには、大きいものでは小指の爪程、小さいものでは米粒程の大きさの小人が幾人もいた。せっせと、労働に勤しむかのように、小人たちは手を休めず歯車を回している。一つの歯車を等間隔に並んで、ペースを乱さず押して回している。またそこには参加していない者もいた。彼らは歯車の周りに座って、労働するものを眺めている。私は暫くの間機械的な行動をする彼らを眺めていると、ある時を境にして、歯車の動きが止まらないように、彼らは巧みに役を交代した。そうやって、手を休めあいながら、彼らは秩序を乱さないよう励んでいた。
しかし私は先ほどから、ある点について気になっていた。私はそのことに尋ねるよう、小人たちに声を掛けた。
「ねえ、ここの歯車はどうしたの? 本来ここに歯車がついていたと、協調するばかりにぽっかりと空間ができているけど」
その空間へと私は視線を向ける。それは振り子と繋がった歯車のすぐ隣、明らかにそこで歯車は連携を取れずに動きを止めるはずなのだ。しかし、そのすぐ次の歯車を、彼らは何かの使命に追われているのかと、絶えず労働している。
つい先ほど休憩へと交代した小人たちは、私の言葉に反応して、彼らどうし顔を見合わせた。そして答えがまとまったかと言わんばかりに、彼らは時計の端の一点へと顔を向けたのだ。そこには、彼らの中では一番大きい小人が座っていた。膝を丸めて、労働する彼らのことを、何とも言えない表情で見ている。私はこの小人が、歯車が消えた原因だと理解する。私はその、比較的に大きな小人に問いただす。
「歯車はどうしたの? あなたがどこかにやったの?」
彼は答えない。むしろ俯いて、答える意思を見せようとしない。
「この時計は大切なものなの。あなた達が何者なのか、私にはわからないけど、この時計は、私の祖父が残した唯一のものなの。ねえ、聞いているの?」
一番大きな小人だけでなく、他の小人までが俯きだす。そして、私には理解できない、小さな言葉で、彼らは意思疎通を取り出す。そしてまた黙り、俯く。俯く彼らを眺めながら、暫くその状態が続いた。
ある時間が来たのか、一度見た、手際のよい交代を披露される。俯いていた小人たちも、やはり仕事に戻ると、顔色はさっぱり変えて、目の前にある任だけに精を注ぐ。ただ、そのことだけのために生まれてきたかのように。新しく休憩に移った彼らは、何事もなかったかのように、労働する彼らを眺める。反省の念など、微塵も感じ取られない。私は、ため息を一つ吐いた。
「まあいいわ。あなた達が勝手に手を加えて、勝手に縛られているだけだもの。私には関係ないわ。だけど、一度やったものは、最後までしなさい。終わりのないものに手を加えた、あなた達が悪いのよ。もう知らない。勝手にして」
そう言って私は開けた扉を閉めて、丁寧に金具でとめ、元通りに壁へと掛けた。そうして最後に、振り子を調整する。また規則正しく動く振り子に私はしばしの間目を奪われる。しかしそこに永遠は存在しないと知っている。だから私はその場を後にした。時計の針もまた、正常に動いていた。振り子とは関係のない時計の針が。いずれにしても、この針はまたいつか、ずれるのだろう。
ピープル・オブ・ザ・クロック 穏水 @onsui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます