トリ 会えず。
蠱毒 暦
無題 周り灯籠
「おじいちゃん、学校行ってくるね。」
「…私も買い物に行きます。」
……
…
「あ!!負けた…これで何敗目だよ…
「…483回目だ。」
「貯金そんなにないのになぁ。少しは空気読んでくれよぉ。」
「だったら最初から賭けなければいいだけの話だ。」
銭湯の脱衣所で2人は体を拭いて服を着た。
「それはそれとして…約束通り牛乳は頂く。」
「…抜け目ないなぁ。分かったよ…」
渋々と販売所に行き、少しした頃に二つの瓶を持ってやって来た。
「…ほら、牛乳だよ。ちなみに私はコーヒー牛乳!」
「知っている。お前はいつもそれだ。」
「それは君もだろ…零士。」
「牛乳を馬鹿にするな…斬るぞ。」
「銭湯でおっかない事言うなよ。君の場合…洒落になんないからさ。」
2人は各々の飲み物を飲む。
「…とうとう明日か。」
「暫くここに来れなくなるのは至極残念だよね。結局、君から奢られる事は無かったなぁ。」
「かっ!…全勝だ。」
「私があえて触れなかったのをほじくり返しやがって…帰って来たら、絶対勝つからね!!」
「…
「アイツ、ジャンケンめちゃ弱いもん。必ず勝てる試合ほど、つまらないものはないね。私は常に最高に難しい戦いをしたいのさ。」
「…。」
そうして騒いでいると、40代程の銭湯のオーナーがやって来た。
「お前らがいなくなると…ここは寂しくなりそうだな。」
「まあ私達くらいだよね〜こんな銭湯に通う常連さんは…お、もう一杯くれるの?くれた以上は、お金払わないよ??」
「…はぁ。零士も、ほらよ。」
「……いいのか?」
「ひゅう。太っ腹〜」
「うるせえ。これはな…餞別だ。」
オーナーは真面目な表情で言った。
「…絶対勝って、生きて帰ってこいよ。俺は前の戦争で右腕がなくなっちまったから今度の戦場には行けねえ。」
「よっ流石、我らの元隊長。貫禄あるねぇ…軍部にとどまってくれても良かったんだよ?」
「…ああ。必ず…たとえ、米兵を皆殺しにしてでも。」
「それ持ってさっさと行け…経営の邪魔だ。」
オーナー…隊長は、販売所に戻って行った。2人は瓶を持って外に出た。
「…沖縄か。」
「割とのどかな場所って聞いた事あるけど…」
2人は夜道を歩きながら無言で蓋を開けて飲む。
……
…
戦局は圧倒的に、日本軍が不利であった。
既に島の中に敵兵が侵攻を始め、海は既に戦艦といった船によって島をぐるっと囲まれていた。
「…クソぉぉ米兵がぁ!!」
「っ、ぐあああ!!俺の、俺の手がぁぁぁ!!」
「おい誰か、衛生兵を!」
「……水…。」
何十人の米兵が防衛地点に迫る。
「…こうなったら帝国軍人として、自決し…道連れにするしか…。」
「俺がやる。」
ボロボロの黒い軍服に身を包んだ男が、塹壕を出て…米兵に突貫する。
「……!」
「…!!」
致命傷にならない銃撃だけを喰らいながら、なるものだけ木々といった地形を巧みに利用し、避ける。
———距離が縮まり、鞘から軍刀を抜いた。
「…無事か?」
傷だらけになりながら男…零士は軍刀を鞘に納めながら振り返った。
「…あ、ああ無事だ。」
「ならいい。救援物資は、後少ししたら来る筈。」
「…零士特別特攻隊長!第二十八壕の通信が途絶えました。おそらく…」
「分かった…次はそこに向かう。」
そのまま零士は駆け出して行った。
「…すごいですね。まだ、若いのに。」
「既に司令官亡き今、ここまで健闘出来ているのは彼…いや、彼らのお陰だな。」
……
…
夜。秘密の洞窟壕に戻る。
「…帰った。栄介、水と食料はあるか?」
「…っ、その前に傷の手当てが優先だろ!?」
栄介は慌てた表情で、救急用具を持ってくる。
「…おや君か。今回もよく帰って来たね。てっきり死んだかと思ったよ。」
「お前も…連日続く爆撃に巻き込まれて死んだと思ってた……次はどうすればいい?」
「仕事熱心なのはいいけどさ、少しは休んでもいいんだよ?」
「皆が助けを待ってるから。」
「…そうかい。取り敢えず食べながらでいいから、聞いてくれ。」
水と食料を渡してから、地図を取り出した。
「…この地点。これからちょっと夜襲してきてくれない?」
「…目的は?」
「食料の奪取と、破壊だ…何度も言うけど、人はなるべく殺さないように。そっちの方が都合がいいから。」
「…皆殺しにしなくていいのかよ?俺たちの仲間を殺した…アイツらを……!!」
「何度でも言うけど栄介。これは……負け戦だ。どう足掻いてもも勝つ事は不可能だよ。作戦参謀である私が断言してあげる。」
「…な、なら…どうして、どうして…俺たちは未だに戦いを続けるんだ?降伏した方が……」
その話を聞いた周りにいる仲間達は口を揃えて言った。
『負けっぱなしは、悔しいじゃねえか。』
「は!?…それは確かにそうだけどよ…」
「奴らに一泡吹かせるために皆、命張ってんの。君もそうだろ、栄介?」
「…包帯を巻く手が止まってる。しっかりしろ栄介。」
「…っ、悪い。」
「いいんだよ。むしろ君みたいな奴が1人はいた方がいい。ぶっちゃけその通りだしね。」
私達の方が狂ってるんだよ。そう言って栄介と零士以外の皆が笑った。
「チッ…巻き終わったぞ。」
「ありがとう…もう行く。」
「少ししたら、何人かそっちに派遣するから、くれぐれも無茶はしないでくれよ?」
「…分かってる。いつもの事だ。」
そう言って、洞窟壕を出て行った。
……
…
何日か経った頃だろうか。よく憶えていない。
「……作戦参謀…ここが特定されました!!」
「…とうとうバレたか。それじゃあ、計画通り諸君、最後の嫌がらせを始めるとしよっか?」
「しゃあ、やってやろうぜ!!」
「「「うおおおおおお!!全ては日の本の為にぃ!!!」」」
「零士、栄介…私について来てくれるかい?」
「…ああ。」
「……っ、くそ。こうなったらもうヤケだ!!とことんまでやってやろうぜ!!!」
周囲の人の目が丸くなった。
「栄介〜ついにこっち側に来たんだね!!」
「は?いやそんな事は…」
「へへっ、いいねぇ…おい作戦参謀!酒あるか?」
後ろに隠していた物を皆に見せた。
「ふふーん。実は…旧司令室から秘蔵の奴をくすね…ゲフンゲフン。調達していたんだよなぁ。諸君、これを見てひれ伏すがいいー!」
「「「っ作戦参謀様!!一生ついていくぜ!!!!!」」」
「…よせやい。無線を傍受した所、どうやら明日の昼に来るらしいし…宴、やっちゃう?」
『今夜はとことん飲みまくろうぜぇぇぇ!!!!!!』
皆のテンションがこぞって上がる。
「栄介〜ヒック。お前も飲めよ!」
「酒臭え。俺はまだ未成年だっての。」
「じゃあ、この煙草は?」
「っ、お前…そんなの隠し持ってたのかよ!?軍法物だぞ。」
「お前って、俺たち大の大人だぜぇ?へへっ。もっと敬えよお…ヒック。」
「ベロベロのおじさんを敬えってのがまず、おかしくねえか!」
「よーし、こいつ捕まえて飲ませようぜ!!大人の世界に導いてやるよ。」
『賛成〜♪』
「煙草もついでに吸わせてやるよ。」
「…嘘だろ……おい来んなって…おいっ!」
栄介が皆に追われるのを傍目に、平らな岩に座って軍刀を磨く。
「…ほい。君の分だよ?」
「……。」
手を止めて、一部が割れたおちょこを受け取り、一気飲みした。
「…苦い。牛乳の方がいいな。」
「君は昔からお酒苦手だよねえ。」
磨くのを再開していると、零士の前に座った。
「…これで最後だね。零士。」
「最後じゃない…俺が皆を守るから。」
「あはっ…君は本当にそこだけは変わらないよね。」
「そんな事はない。」
「大丈夫…最悪、私が何とかするからさ。」
「…?どういう——」
詳細を聞こうとしたが、大声でかき消された。
「嫌だぁぁぁぁ!!!」
「作戦参謀!栄介捕まえましたぜ!!!」
「…如何しましょうか?」
縄で簀巻きにされた栄介を見て、2人は顔を見合わせた。
「行こっか?」
「俺は…別に」
「いいから…さ?たまにはそういう事をしてもいいと思うなぁ。きっと楽しいぜ?それに、もう充分に磨いたろそれ。」
「……。」
無言で軍刀を見つめてからそれを鞘に納め、壁に立てかけた。
「皆〜我らが特別特攻隊長様も参加するってよ!」
「…!マジか。」
「そいつは珍しいな。」
「へへっ、こいつは面白くなってきやがった!!」
栄介の顔が途端に青ざめる。
「…零士!?正気なのかよ、オイ!」
「作法はわからない…だから、手本を見せてくれ。」
「いいぜ、見せてやるよ…いいよな?作戦参謀?」
「よろしい。手本を見せたまえ…石川軍曹。」
「次、俺!俺がやりてえ!!」
「僕もやりたいっす!」
「立候補者が沢山いるし…よーし、順番を決めよう☆トリはこの私がやるからそれ以外は…このクジを引くんだ!」
『了解!』
「何でそんな物を用意して…い、嫌じゃあああああああああ!?!?」
栄介の悲鳴と皆の笑い声が地下壕に響く。その日だけは皆、戦争の事を忘れる事ができて……
———とても楽しかった。
……
…
その日は雨が降っていた。
…1人
飛び交う銃弾で、段々と仲間は死んでいく。
…6人
少しでも、多く…敵に手傷を負わせないと。
…13人
敵にも家族がいる事は分かっている。言語や肌といった物が違くても…同じ人間だと言う事も理解している。
…48人
でも、殺さないと…皆が死ぬ。俺が出来る事は殺戮だけだから。
…82人
腹に喰らった傷が痛む。けど…まだ、止まれない。
…135人
作戦成功の為の時間を稼——
(…っ。)
殺せたと思っていた敵の1人に足を掴まれた。
「…ここまで…か。」
何百人の敵から銃を向けられて、その銃撃音が森中に響いた。
……
…
「…きろ!」
「……ここは。」
体を起こすと、一面、焼け野原だった。
「栄介……皆は」
「……。」
栄介は黙って、ただ俯き…感情を噛み殺しながら言った。
「報告…『特殊残党最終抵抗部隊』は俺、山崎栄介伍長、佐藤零士中尉を除いた全員が…戦死しました。」
「……ここは何処だ。」
「日本本土だと…作戦参謀は…言っていました……っ。」
「ここが…?」
本土空襲……こっちでもチラリと聞いてはいたが…あれは真実だったのか。
「どうやって、ここに…沖縄は敵艦で囲まれていた筈…」
「…分かりません。作戦参謀が洞窟壕の奥にあった何かを起動させて…あれは見た事もない…不思議な物でした。」
「…傷がない。」
服を捲ると、腹に受けた傷がなくなっていた。
「我々はこれからどうすれば…中尉?」
「……。」
少し歩いて、瓦礫や土砂を軍刀でどかす。
「……無事か?」
「…ぁ、ありがとうございます。」
「栄介。左足がまだ瓦礫の中にある。」
「…中尉。」
「手を止めるな。帝国軍人として…今は救える者を救え。悲しむのは……その後だ。」
「…はい。分かり、ました。」
「動揺しているのは分かるが、口調は戻せ。何だか背中が痒くなりそうだ。」
「……!そう、だな。分かったぜ…零士。」
その後10年間に渡って、2人は瓦礫の片付けや人命救助、街の再建の為に色んな場所を巡った…たとえ、市民から冷たい目で見られようが。石を投げられようが。例外なく、戦争の被害があった場所には必ず足を運んだ。
——まるで勝てなかった罪を償うかのように。
……
…
零士は布団の中で目を開けた。
軍から退いた後、最初に助けた人と再開し色々あって結婚した。子供が1人産まれて…息子が成人して、結婚して…2人の孫が出来た。
…何て、当時の俺なら想像も出来なかっただろう。
「……。」
その後、息子はその妻と一緒に交通事故で亡くなり、孫2人を俺が引き取った。
(…理由は、無い。)
当時、妻が先に亡くなり、この武家屋敷に1人で住むのは…寂しかったからだろうか。今ではよく分からない。
「かっ。」
体が動かない……そろそろか。
「…ようやく、皆のいる場所に…逝ける。」
今、孫の2人はこの屋敷にはいない。
「……やっとか。」
あの時の悲しみにやっと向き合える。そう思うと…自然と涙が溢れた。
…もう、我慢しなくてもいい。この荷物を降ろしてもいいんだ。
「やまね…結局俺は、お前を何とかする事は出来なかったな。」
「楓…少しでも、長生きして…やまねの事を支えてやってくれ。」
「栄介……すまんが先に行く…後は追うな。お前は精一杯、今を…生きろ。」
誰もいない中、朦朧としながら言葉を紡ぐ。
「…石川、藤堂、榎田、安富、杜若、古浜、赤松、花間、神谷、駒生、片山、萩本、羅釜、嘉麻、佐山、神崎、井上、横谷……」
「……
目は開けている筈なのに、そのまま視界が闇に包まれて行った。
襖が開く。
「…間に合わなかったか。」
黒の軍服に身を包んだ20代に見える男…鬼魅はコーヒー牛乳片手に1人呟きながら、側に座り零士の瞼を閉じた。
「…最期くらい、ジャンケンで勝負してよ。」
何も言わない。
「無理言って『剪定者』の皆に協力してもらってさ。君に勝つ為にかなり練習、して来たんだぜ?必勝法まで準備して来たんだ。」
何も、答えない。
「死人は蘇らない…か。この世界においては…うん。そうだよね。知ってるさ。」
懐から牛乳瓶を取り出し、側に置いた。
「私が全国にある色んな銭湯とか温泉とか巡って、1番美味しかった奴、持って来たよ。花よりも君はそっちの方が好きだろう?」
持っていたコーヒー牛乳を、一気飲みしてると玄関から物音が聞こえた。
「ん……もう来たか。ここでやりたい事があったんだけど…そろそろ私は退散しなきゃだ。」
牛乳の側にコーヒー牛乳の瓶を置いてから立ち上がる。
「でも、君とはまた何処かで会える気がするよ…零士。」
——私の計画を止める為に。
そう言い残し、男の姿が消えた。
6月23日。
佐藤 零士は78歳でその生涯を閉じた。
了
※一応、補足ですがタイトルの『トリ』の意味を『最期』と解釈しています。
トリ 会えず。 蠱毒 暦 @yamayama18
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