きっとこれから食べられちゃうの

縦縞ヨリ

きっとこれから食べられちゃうの

 大好きなお母さんと離れて、兄妹ともいつの間にか散り散りになってしまった。これからは自分だけで生きていかなければならないのだと教えてくれたのはその土地に元々居たもの達で、彼らは狩りをし、或いは大きなものに何とか縋って、日々の生活をしていた。

 俺もまだ小さな頃は、母親に連れられて大きものから食事を貰ったこともある。

 しかし独り立ちしてからは、大きなものの住処の隅で休んでいただけで物を投げられたりと散々で、自分は大きなものとは一線を置いて、狩りに徹して生きる様になった。

 明け方薄明るい頃、まだ微睡みの残る生き物を狩り、夕方薄暗くなるまで身を潜めてはまた狩に出る。大物を仕留められる時もあれば、何日か食べれない時もあった。でもそれでも、何とかやって行けていた。


 ずっとそうして過ごして来たが、気が付けば、朝晩はしんしんと寒くなって小さな獲物は全くと言って良い程捕れなくなった。そうすると大物を狙うしか無いのだが、奴らは空を飛んだり、すぐ小さな穴に潜り込んだりするので全然捕まらないのだ。

 腹を空かせて途方に暮れる。仕方なく、大きなものの住処の回りもうろついてみることにした。

 自分は大きなものが嫌いだったし、怒鳴られたり物を投げられたりするのは正直恐ろしかったので、やはり専ら明け方に、奴らの住処の外に置いてあるものの臭いを嗅いで、良さそうなものを引っ張り出して食べた。薄い膜を割くとなにやらガラクタが沢山入っているのだが、その中にたまに食べられるものがあって、当たりがあるとほっとした。今日も飯が食えるなら明日も動けるだろう。食べられないのが二日、三日と続くと、終いには動けなくなってしまう。それがとても怖かった。

 しかしそうして見つけた狩場は、次に行くと大抵もう無いか、変なものに隠されて触れなくなっていた。

 そんな中、自分はまた狩場を見つけていた。そこはいつも何かしら置いてあって、膜を引き裂くと当たりが出る事もあり、また漁ってもなにも出てこない日もあった。何日か繰り返すうち、自分は奴ら……例の大きいものが、住処の中からこちらを見ている事に気が付いた。一度がらりと音がして出てきたが、その時は一目散に逃げたので害はなかった。

 そうして何日がすると、奴らは観念したのか、例の薄い膜の横に、食べられる物を置いておく様になった。それは腹いっぱいになる様な量では無かったが、食べれば明日も動ける。

 最初にあった日は何やら住処の中で言い争う声がしていたが、自分には関係無かった。

 それは噛み砕くと香ばしい味が口いっぱいに広がって、夢中で食べていると直ぐに無くなってしまったが、それでも毎日そこにあった。

 自分は凍るような冷たい雨が降っていても、欠かさずそこに通った。


 ずっとそうして通っていたら、ある日、遠くからでも分かるくらい、信じられないくらい良い匂いがした。夢中で走っていくと、そこには汁の滴る肉の塊が、ちぎられて幾つか落ちていた。ペロリと舐める。食べた事の無いものだが、それはもう空きっ腹に染み入る様な味だった。

 転がっているのを順番に食べて、近くにあった箱の中にもある事に気がついて、大喜びでその中に入った時だった。

 ガシャン!

 振り返ると出口が無かった。


 住処からガラリと音を立てて、例の大きな生き物が現れた。

「はいはい捕まっちゃったねーもう逃げられないよ」

 何を言っているかは分からない。しかし逃げなければならない。ぐるぐる回ってみる。しかしやはり出口は無い。

「開始20分で捕まっちゃったじゃん、トリササミが効いたのかね」

「まあもう家来るのも習慣になってたからねえ」

「いやでも凄い臭いだなこの子」

「あはは、ドブみたいなとこで寝てたんかね」

 奴らが品定めするみたいに、こちらの顔を覗き込む。怖い。奴らは大きい。食べられてしまうのかもしれない。

「フシャアアアッ!」

 精一杯身体を膨らませて、来るなと威嚇する。爪を思い切り叩き付けても、箱はビクともしない。

「こわいこわい」

「まずはケージに移そうか」

「ちょっと落ち着いたら洗うなりシャンプーシートで拭くなりしないと」

 箱が持ち上げれられる。こわい!こわい!もうダメだ!何とか逃げないと!このまま食べられてしまうんだ!

「今日からしばらくはケージでご飯だね。今までちょっとしかあげられなくてごめんね。これからはお腹いっぱい食べれるからね」


 結局あの後大きい箱……広めの良い感じのやつ、に移された。

 外は見えるが、硬くて壊せそうに無い。

 三段あって、一番上は暗くしてあってお腹の下がものすごくふかふか、寝床にするならここしか無い。一番下は砂場。

 そして二段目には、水飲み場と、それはもう見た事ないくらいのご馳走。

 俺は奴らが居なくなってからも、暫くは警戒して気配を伺っていた。しかし誘惑には勝て無かった。

 それが、この家での最初の食事だった。


 そんな事かあったのも随分前の話だ。

 ケージと呼ばれる箱である程度過ごし、病院でちょっと嫌な事もされたり、お風呂場で丸洗いされて大暴れしてやったのも遠い記憶。

 今ではこの家を縄張りにして、日々出窓のベッドから外の様子を警戒したり、日が出ればそのまま気持ちよく温まって寝たり、ご飯係と決めたお母さんを朝に起こしたりと忙しく過ごしている。

 今朝の食事も最高だ。パウチから出される、しっとりしたご飯。あの日初めて家の中で食べたのと同じやつだ。いい匂いのスープにトリ肉が柔らかく煮てあるらしい。これが一番好きなやつ。

 お母さんはしっとりを用意しながら歌うように語りかけた。

「お父さん、最初はかわいいちゃんに来てもらうの反対してたのに、今じゃもうめろめろよね」

 そりゃそうだろう。自分は大きな生き物は大っ嫌いだったし、実際ここに慣れるまで結構かかった。お母さんもお父さんもいっぱい引っ掻いた。

「かわいいちゃん、最初怖かったでしょ、ごめんね……」

 怖かったけど、怖かったけど、あのまま外に居たら冬は越せなかったかも知れないと、後で聞いた。

「痩せてたから心配でね。でも外の猫ちゃんにご飯あげるのを良く思わない人も多いからね。だから、とりあえずお家に入ってもらっちゃったの」

 ご飯は今日もおいしい。あっという間に食べて、ちょっと元気が無さそうなお母さんの足に、額をすりつけた。大事なものにはこうして自分の匂いをつけておくんだ。くすぐったいと言ってお母さんが笑う。

「かわいいちゃん、お家に来てくれてありがとうね」

「ニャア」

 お母さんも、あの日トリあえずお家に入れてくれて、ありがとう。

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