鬼塚懐二郎よろず屋奇譚【南西ノmañjuśrī】

橘 永佳

無幻ノ怪

「……マた失敗ダ」


 今際の際で、彼は一人愚痴っていた。


 定年退職目前まで順調だったのに、部下に収賄を内部告発されてから、『転がり落ちる』の意味そのままに転落。


 どうにも、ここ数回は失敗がな印象がある。


 前回のように殺されるわけでもなく、前々回のように無期懲役刑をくらうわけでもないが、今回だって橋の下で薬漬ヤクづけだ。


 もうが、今回もなかなかハードな失敗に終わるらしかった。


 それでも彼は落ち込んではなかった。

 始めからやり直せばいいだけなのだ。

 やり直しは何度だって出来る。現に今回が何十回目なのか、もはや彼にも分からない。


 ……タイムリープの条件はワカってイる、あノ枕で寝レバ、また高校のコロかラ再スタートするンダ。アの枕さエあれバ……トリあえずアノ枕ヲ


「これのことか?」


 驚いて、彼は反射的に顔を上げた。

 唐突に話しかけられただけではない、からだ。

 そして、その手に枕があったからだ。


 細身でくたびれた黒いスーツにノーネクタイ。

 20代後半か30代で、やや病的な印象の、とにかく胡散臭い男。


何故ナゼ――だれダ――どうヤッて」


 彼の口から疑問詞が乱立する。


「こりゃ見事にキマってんな。鬼塚懐二郎、。回収だよ回収。来方きかただな」


 雑な対応のようだが、律儀にちゃんと疑問に答えられている。


 枕を持つ手とは逆の手に、お札のような紙切れを持っていた。

 模様は無く、白紙である。


太占ふとまにとか亀卜きぼくって知ってっか? 骨卜こつぼくっていってな、まあ骨とか火にかけて割れ具合で占うやつなんだが、昨今鹿の骨だの亀の甲羅だのは調達し辛いんでな、牛骨粉を混ぜた紙で代用してんだよ」


「?」


 ついてこれない彼を気にもとめずに、懐二郎は続ける。


「精度は格段に落ちるが、そこは数だ数。今回は200枚用意したが、半分以上残った。なかなか運が良かったな」


「何ヲ言ってル?」


「来方だよ来方。『に入り込める』かどうかを触媒この紙を燃やして占って、観測した選んだんだよ。俺は三太サンタみたく純粋じゃあないんでな、手間ぁかかんのさ」


 尋ね聴きたい項目だらけの内容だが、彼としてはなんとしても聞き逃せない言葉があった。


「俺ノ夢?」


「おうよ。お前の夢だよ吉川光輝クン。お前の祖父様じいさまに頼まれて、を繰り返す悪ガキも人生の荒波を体験すれば成長するだろうってことで、この『邯鄲かんたんの枕』を貸したんじゃねぇかよ」


 覚えがあった。

 確かに、この男に会った。


「ところが、成長するどころか。繰り返すには起きてもう一度頭を乗せなきゃならんのに、その機能トリガー切り離してパージして夢の中に持ち込みやがって。ホントは現実世界で枕をかえしたら即終了のはずだったんだぞ? 全く、他人様の道具に変な手癖を付けんじゃねぇよ」


 やや大袈裟に肩をすくめて見せる懐二郎。

 対して、理解が追いつかないまま放置された彼――吉川光輝は苛立いらだちを露わにし始める。


「ドウでもイいかラ、そレヲ返せ!」


「回収だっつってんだろうが」


 即却下して、懐二郎は枕を見つめる。

 何かを見透すように。


「……元々邯鄲の枕こいつは都合のいい夢を見せる道具じゃねえ。むしろ栄枯盛衰を一睡の間に体験させて、その儚さを理解させるための道具だ。何度やったって、お前の望む人生なんかにはならないんだよ」


 そこで、懐二郎はため息を吐いた。


「つか、お前に理解させようとして、元の標準デフォから不幸寄りに捻じ曲がってきてるじゃねぇか。こいつは矯正に手間ぁかかりそうだ」


 そう言いながら、懐二郎は枕をくるりと反す。

 刹那、


「これでお前もじきに目が覚めるさ。高校生から再スタート――てのも変だが、まあ頑張れや」


 踵を返す懐二郎だが、目線だけを光輝へと戻す。


「次からはだ。せいぜい慎重にな」


 言われてようやく、ヤクけた光輝の頭が理解に追いついた。

 見る見るうちに青ざめ、ガタガタと震え出す。


 その様子を見届けて、今度こそ本当に、懐二郎は背を向けた。


 世界が頼りなくなっていく、その一足先に霞む背中から放たれる言葉。


「じゃ、おいとまするぜ? さ よ お な ら」

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鬼塚懐二郎よろず屋奇譚【南西ノmañjuśrī】 橘 永佳 @yohjp88

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