トリあえず

闇谷 紅

日参

「トリ」


 それは鳥とは似て異なる存在。外見こそ似てはいるが、魔力を持ちこの世界に自身の望みを具現化する「魔力持ち」とも「魔物」とも呼ばれる存在でもあった。


「お前さぁ、もう行くのやめろよな。いくら魔物が人間に危害加える種だけでなくてお前の話してるのは『中立種』だとしてもだ。そいつらは普段に人間に敵対的でもなければ友好的でもないから『中立種』って呼ばれてるんだぞ?」


 腹の虫の居所が悪ければ危害を加えてくることもあって、実例もある。それを理由に兄はとめたが、僕はやめる気なんて欠片もなかった。ある日たまたま見かけたトリが落としていった羽根は今でも僕の宝物の一つだし、空に翳せば陽光を透き通して美しく輝く。


「ううん、そうもいかないよ」


 僕は頭を振って戸口に向かう。後ろから兄のまだ何か言う声が聞こえたが、足を止めるつもりもなかった。


「……寒いだろうなぁ」


 風の音を聞く限り、今日は風が強そうだ。見込み薄なのはもうわかっていて。


「あっちゃぁ」


 家から一歩外に出る前、家の戸を開けた直後に空をどんよりとした雲が覆ってるのを見れば、更に見込みが薄そうなことも判明した。だけど、兄の言うことを聞くわけにもいかない。


「意地を張ってるのはわかってるけど――」


 兄には言っていないことだが、あの日トリを見たのは僕だけじゃない。あの日、僕は出会ったのだ。


◇◆◇


「ぼうや、この村の子?」


 商売道具の竪琴を抱え一抱えもありそうな石に腰を下ろしていたその女のひとは初めて見るその人に驚いて目を見開く僕にそう尋ねてきた。


「吟遊詩人……」

「そうよ。今までこの竪琴を抱えて色々な場所に足を運んだわ。お姉さん、ちょっと探してるものがあってね」


 探してるものですかとおうむ返しに聞いた僕に彼女は空を仰いだ。そこには色鮮やかな羽根を持つトリが大空に円を描いていて。


「あれが見えるかしら? あのトリ……」

「トリ? お姉さんが探してるのはあの魔物なんです?」


 質問した僕に違うわと苦笑しつつ頭を振ると続けたのだ。


「アレを追いかけてると探してるものの手掛かりに妙に出くわすのよ」

「へぇ」

「この村に立ち寄ったのもあのトリを見たって話を南の町で聞いたからなの」


 つまりこの人はトリを追いかけた結果、村にやって来たということで。


◇◆◇


「今日も無駄足だったか……」


 とりあえず、今日も僕は同じ場所に足を運んだ。 あの日見た色鮮やかな羽根を持つトリには今日も会えていない。そしてあの時のお姉さんにも。

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トリあえず 闇谷 紅 @yamitanikou

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