【KAC20246】鳥、会えず。

雪の香り。

第1話 引っ越し。

「鳥」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、一般的にはスズメかニワトリではないだろうか。


でも、私の場合はツバメだ。

家の玄関の軒先に巣があって、毎年季節になるとやってくるので。


幼稚園児の頃から中学生になる今日まで楽しみにしていた。

なのに……もう会えない。


家を専門家に診断してもらったところ、老朽化が進んでいてこれ以上住み続けるのは危険だと言われてしまったのだ。


私は家をリフォームするのだろうとばかり思っていたが、両親は分譲マンションを購入することに決定していた。


自分たちで家を管理するのが大変だったので、マンションの方が管理人さんがいてくれる分楽だろうとの考えだった。


私はショックだったが、養われている身である以上文句は言えない。

ほどなくして引っ越しの準備がはじまった。


とてもめまぐるしくて、ツバメに会えなくなる感傷もふっとんだくらいだった。

そしてついに引っ越し当日。


業者さんに家の中のものすべてを運び出される。

私は業者さんとやりとりする両親をよそに、最後の思い出とばかりに家中を写真に収めた。


最後の一枚は玄関。

何の変哲もない引き戸と、まだツバメが戻っていない巣しかないけれど、私の脳裏にはこれまでの思い出がよみがえっていた。


「なにしてるの。行くわよ」


母に声をかけられ、自動車に乗り込む。

辿り着いたマンションは、外観も内装もきれいだった。


それ自体は良いことだが、どうも「自分の家になる」という意識がわかない。

でも、自分の部屋の家具の配置を業者さんに指示したりとやらなければならないことは粛々とこなした。


ほどなくして作業を終え業者さんは帰っていった。


「いやぁ~、大変だったなぁ」


父がへとへとだとソファに身を沈める。


「とりあえず、ご飯にしましょう。調理する気力がないから出前がいいわね」


私の頭の中で『とりあえず』の言葉が「鳥、会えず」に変換される。

駄洒落かと自分にあきれてしまった。

出前の注文をした後、家族で待っているとインターホンが鳴った。


「早いわね」


母が応対するが、出前の配達員ではなく管理人さんだったらしい。

父と私も挨拶に向かう。

管理人さんは母と同じくらいの年齢の優しそうな女性だった。


「これからよろしくお願いいたします」


家族一同そう伝えて頭を下げると、こちらこそと管理人さんもお辞儀してくれる。

そして、軽い雑談が始まる。


私は特に関心もないが礼儀として聞いていた。

だが、次の言葉に目を見開く。


「そうそう、このマンションのエントランスにね。毎年ツバメが巣をつくるんですよ」


ツバメが、来る!


両親と管理人さんはまた別の話題に移っていったが、私はツバメのことで頭がいっぱいになった。


これまで住んでいた家に来ていたツバメとは違うツバメでも、ツバメはツバメだ。

私の胸にこみあげるものがあった。

よかった、また会える。


『鳥、会えず』から『鳥、再会』に脳内変換され、自然と笑みが浮かんでくる。

新生活、頑張ろう。

不思議と活力が湧いてきた。


まずはツバメが本当に来てくれることを祈ろうと、神棚に備える供物をなににしようか考えるのだった。




おわり

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