異世界に勇者として召喚された。何故か走り回っている

小春凪なな

勇者召喚された






「…あぁ!勇者様!この世界をお救いください!」


 目の前で、何かの絵画のように手を組んで笑顔を向ける中世の貴族のように華美な服装の女性。


「この世界は、魔王率いる魔王軍と我が王国や人間国との争いが何年もされています。数国が滅ぼされて領土は奪われ、食料もギリギリ、世界の危機に、もう異世界の勇者たる貴方様を頼るしかないのです!」


 艶やかな金髪は色とりどりの宝飾品で飾られ、一際目を引くティアラの宝石は瞳と同じく蒼玉だ。


「どうか、勇者様のお力を私達に…!」


 整った顔から流れ落ちた一筋の涙は、ピンク色のドレスのレースに吸われた。


 視線を周囲に向けるときらびやかな室内に、きらびやかな服装の者達がいた。


「……勇者様!お願い致します!」

「勇者様!我らをお救いください!」


 僕は欲しかった物を買いに休日に外出していた。目的の物を購入して家に帰ろうと歩いていたのに、足下に魔方陣が現れたかと思ったらここにいた。


「勇者様…!一国の姫である私から、直々にお願いします!どうか、そのお力を我々に使ってはいただけないでしょうか」


 何かを期待するかのように僕を見上げるキラキラしたお姫様。


「…僕は」


 再度周囲を見て、目の前で祈るお姫様を見て、深く息を吐く。


「!!はい!」


 瞳が期待で輝く。





「…断るっ!!」





「え?」




「取り敢えず一回、歯ぁ食い縛れ!!」


 ポカンとしているお姫様に右ストレートをお見舞いする。


「グハッ!」


 お姫様らしからぬ声を出して、ぶっ飛んだお姫様は貴族の肉壁にぶつかって止まった。


「なんて事をしたんだ貴様ぁ!」


 無事だった貴族が怒りで顔を真っ赤にさせてギャンギャン騒ぐ。


「知るか。世界の危機?勇者?勝手に喚んで、勝手に役目を押し付けるな。自力で何とかしろ。この部屋にある調度品でも、お姫様が着けてる飾りでもお前らが着けてる宝石でも、何でも使って何とかしろよ。それでも無理だったんなら…」

「無理、だったら?」


 静まりかえった部屋で、視線を集めた僕は一言。


「そのまま滅べ」


 本当はジェスチャーも交えて言いたかったが、異世界の人間だと分からないかもしれないので止めた。


「そ、そんな…!我々に座して死ねと!?」


 プルプルと震えて怒る貴族と、


「ひ、酷い!なんて残酷な…」


 涙をボロボロ流す顔が腫れてるお姫様。


「じゃあ、さよなら」


 言いたい事は言ったので、面倒な事になる前に僕はその場から逃げた。





「ここまで来れば大丈夫だろう」


 部屋を出た僕は、近くの窓から飛び降り、街中を駆け抜けた。


 高い石壁を飛び越えて、森を更に走り、たまに襲いかかって来る生物をぶっ飛ばして、街から離れに離れて止まった。


「にしても、勇者ってのは凄いな」


 特に運動をしていない僕が、2階から飛び降りても、全力で走り続けても、疲れない事に、異世界召喚で得たチート能力を感じる。


 あのお姫様は綺麗だったし、ドレスや装飾品も魅力を引き上げ、きらびやかな部屋で祈る姿は神々しさすらあった。


「…国の危機ならあのティアラを売って、人を雇うなり何なりすればいい。普通の貴族ならそうするだろう」


 だが、その神々しさは『民と国を想う姫』だったら有り得ない。後ろの貴族も、きらびやかな調度品が飾られた部屋も同じだ。


「殴っちゃったし、捕まったらヤバそうだ」


 そもそも僕を勝手に召喚した事へのお詫びの一言もなかった人達に従うつもりはない。


 何処だか分からない森の深くで、誰に言うでもなく呟いた。


「ふむ。人の子にしては利口なようじゃな」


 その呟きに、頭上から返事が帰って来た。


 見上げた先、空中に浮いている圧倒的なオーラを纏った真紅のドレスの妖艶な美女。


 血のように真っ赤な瞳、漆黒の闇夜のような髪を靡かせた頭には2本の山羊のような角が生えている。


「ふふ。王国の虫どもが勇者を召喚したと言うから来てみたが…なるほど。王国の虫とは比べる必要もない程利口らしい」


 凛としていながらも王者たる圧を感じさせる声も仕草も1つ1つが完璧で見惚れてしまう。


「勇者の召喚には多大なる犠牲が必要だ。先日から王城に各地から民が集まっていた事から、召喚の生贄にされたのは確実だろう」


 不愉快そうに眉を潜めて、王城があるであろう方角を見た美女は、僕を見て微笑む。


「召喚された勇者次第では、王国の街ごと即座に焼き払う予定だったが…。そなたのような者だったのならばその必要もあるまい」


 そう言いながら地面に降り立ち、僕の方へ歩いて来た美女は手を差し出すと、


「そなたとなら仲良く出来そうだ。異世界より来訪した勇者よ、妾と共に魔国へ行こうぞ」


 自信と有無を言わさないオーラを漂わせて言った。


 差し出された手を見つめる。


「どうした?さあ。勇者よこの手を取れ」

「…貴女は魔王ですか?」

「…!バレていたのか。ああ。妾は魔王だ」

「では、1つだけ質問してもいいですか?」


 魔王は僕にフッと笑って頷く。


「かまわん。何でも訊くと良い。待遇についてか?気になる事は答えよう」


 緊張しながら、これだけは確認しておかなければならないと魔王の赤い瞳を見て言った。


「どうして戦争を始めたんだ?」


 少し驚いたような表情をした魔王は少し目を附せて、さっきまでとは違い呟くように喋りだした。


「…妾が王座に付いて暫く。国境で小競り合いが起こった。理由は領土侵犯、妾側と相手の主張は真逆で平行線だった。相手の国が痺れを切らして戦争の準備を始めた事に気が付いた妾は、相手の王族全員を殺し、王都を焼き払った」


 圧倒的なオーラが弱まり、それでも気丈に立つ魔王は真っ直ぐに僕を見つめた。


「だが、信じて欲しい。妾は殺すつもりはなかったのだ。相手の王族に侮辱されて我を忘れて怒ってしまっただけだ」


 話が終わった魔王と僕の間に風が吹く。


「…これで良いか?」

「……ああ。ありがとう、話してくれて」

「良い。大した話ではない」


 今の話で僕の心は決まった。


「それじゃあ、魔王。誘いの答えについてだが……」


 美しい魔王が口角を上げた。




「断る!じゃあ、さよなら!!」


 そんな魔王に対して、しっかりきっぱりと断って僕はまた走り出した。


 後ろから、『はっ!?何故だ!この話なら食い付いて来ると…』だとか聞こえた気がするけど関係ない。


 どんな侮辱をされたのか分からないが、それは少なくとも王都を焼き払う程ではなかった筈だ。


「あの魔王が勇者召喚を阻止してくれてたら、生贄の人も救われて僕も家に帰って普通に生活出来てたのに」


 逆恨みに近いが、そんな感情が芽生えたし、モヤモヤしたまま部下になれる程、僕の心は広くはない。


 だから取り敢えず断った。




 そんなこんなで一応魔王から逃げて、


 森を抜けて、

 山を登って降りて、

 川を飛び越えて、


「…っと、走り過ぎたかな?何処だここ……」


 日が落ちてまた昇るまでずっと走り続けていたら、知らない場所に着いた。


「…いや、この世界に知ってる場所はないか」


 辺り一面が焼け野原のような場所。気温も高く、一滴も水分を摂らずに走っていた僕の喉が渇いていく。

 気がする。


「死にそうな感じはないけど、…お?」


 魔王も追って来てなさそうだし、そろそろ休もうと立ち止まって考えていた僕の周囲が暗くなる。


 暗くなったのに、涼しくなるどころか暑く、いや熱くなってきた事を不思議に思いながら頭上を見た。


「ギャオォォォ!!」


 火山が形を取ったら、こんな風になるのかもしれない。


 そんな事を考えてしまう程に、頭上にいた存在は圧倒的でいて暴力的だった。


「ここを何処だと知っているのか!!竜王たる我の領域ぞ!!」


 溶岩のように赤い鱗は何処までも硬そうで熱そうだ。


 ファンタジーのドラゴンの姿そのままの存在が怒り狂っていた。


「いや、僕はただ…」

「言い訳など不要!その命を持って償うと良い!」

「いや、通り抜けようと……」

「死ね!」


 聞く耳を一瞬も持ってくれなかった竜王は、触れただけで骨まで焼かれるであろう炎の吐息を放った。


 全力ジャンプで横に飛んで避けた僕を見付けて舌打ちする竜王。


「チッ!避けたか、だが何度でも焼き殺してくれよう!」


 話を聞いてくれない竜王のブレスがもう一度僕に向かって吐かれる。


「逃げる前に追えなくしとこう」


 ブレスを上に飛んで避け、空中を蹴ると、竜王の顔面に向かって跳び蹴りをした。


「なんっ!?バカな・・・」


 鱗に足跡が付くほど強く蹴られた竜王は気絶した。


「あっつ!」


 地面に着地した僕は、竜王を倒した事を喜ぶ前に竜王を蹴った足が尋常じゃないくらいに熱い事に慌てる。


「何でこれで靴も足も平気なんだよ!チートか?勇者のチートの効果なのか?」


 どんな状態になったのか、恐る恐る靴を脱いで確認したが靴も足も特に熔けたりはしていなかった。


「まぁ、無事ならいっか。目覚める前にどっか行こう」


 熱さも引いて違和感もなかったので、気絶した竜王を置いてまた走り出した。






「寒い。一面銀世界だ」


 走った先にあったエベレストもビックリな標高の山の山頂付近。


 山に登る格好ではない一般人の服装の僕が、吹雪の中をサクサクと歩く。


 寒いけど、凍える程ではない。クーラーがガンガンに効いた室内。みたいな寒さだ。もう一枚羽織る物があったらな~って思う。


「お、洞窟だ。今日はここで休むか…。さすがに疲れた」


 ここまで勇者チートで何とか来たが、肉体的よりも精神的に疲れた僕は、何かに誘われるように洞窟に足を踏み入れた。


「…火とか起こせればなぁ。暗くなってきたし、明かりも欲しい」


 冷たい地面に転がってぼやく。


『それなら、わたしを解放してくれれば叶えるよ!勇者様!』


 何か洞窟の奥から声がした。


「…でもこれから眠るし、暗くても問題ないな」

『ええ!それは困るよ!わたしを探しに来たんじゃないの?聖剣のわたしを!』

「剣?」


 これ以上の厄介事は嫌だ。と思ったが僕の心の中二病を刺激されて反応してしまった。


『そうよ!わたしは聖剣!聖剣の聖霊なんだから!真の勇者だけが引き抜ける、高潔な剣なの!』


 洞窟の奥から聞こえる聖剣の聖霊の自慢するような声。


 どんな剣なのか気になった僕は、疲れも忘れて洞窟の奥へと進んだ。


「はー。かっけぇ」


 真っ暗な洞窟内部だったが勇者チートで何となく見え、難なく進む事が出来た。


『そうでしょ!聖剣は世界一の剣なのよ!』


 ドヤる白銀の髪に青い瞳の幼女、聖剣の聖霊の傍らにある台座に刺さっている剣。


 シンプルで王道な剣でありながら、刃は淡く白い光を放っている。柄の部分は繊細な飾りと宝石が下品にならない程度に飾り付けされていて、神秘的な芸術作品のようだ。


『さぁ!勇者様、この剣を抜いて!わたしを自由にして!』

「自由?」

『わたしはこの聖剣の聖霊だから、台座に刺さったままだと動けないの!』

「台座から離れれば動けるのか?」

『そうよ!聖剣の力はわたしの力!どんな魔物を切る事だって、持ち主の手から離れても戻る事だって出来ちゃうんだから!』


 聖剣の聖霊は得意気な表情で胸を張る。


 聖霊ではあるが、幼い見た目の子がこんな極寒の虫一匹いない洞窟にずっといるのは可哀想だ。


「ふーん。凄い剣だな」

『そうよ!まぁ。聖剣はわたしの依り代ってだけで、離れても問題ないんだけどね!さすがわたし!』


 同情して、見た目が幼くて自信家なのは誰とも関われなかった所為なのか、とか思っていた僕に投げられた聖剣の聖霊の発言は爆発的だった。


「……………離れて何をしたんだ?」


 勇者チートな精神力で聞き返した僕に、聖剣の聖霊は何て事はないように普通に答える。


『人間に擬態して、食べ物食べに行ったり、洋服を買ったりしてるよ!』

「そうか………………」




「いや、めっちゃ自由じゃん!どこも何も不自由してないよねぇ!?これ剣を引き抜く必要ある!?ある理由が見当たらないんだけど!」


 感情が抑えきれなくなって叫ぶ。落ち着くまで暫く叫び続けた僕はポカンと見ていた聖剣の聖霊を見て、訪ねる。


「この聖剣を抜いたら、聖霊はどうなるんだ?」

『んーとね、あっ!』


 何か大きなメリットを思い出したのか、悩んでいた聖霊がニコニコと答えを言った。


『お出掛けするのに消費するエネルギーがちょっと少なくなるよ!30分長く活動出来ちゃう!』

「…微妙!」


 そのメリットは、聖剣を抜く事で得られる恩恵にしては弱かった。


「って事で僕はもう行くよ」

『えー!帰っちゃうの?聖剣、抜かないの?』

「抜く必要ないだろ」


 相変わらずの吹雪を、聖霊に付いて来られながら進んだ。





 その後は、封印された悪魔、エルフ以外は家畜的な思考のエルフの女王、勇者の肉体を実験材料にしようとする魔女、エトセトラエトセトラ・・・・・。


 それらから殴って逃げて、また殴ってを繰り返す日々だった。




 そして・・・・・


「やっぱり帰りたいし、取り敢えず一回、元の世界に帰れないか試そう」


 ある日に試した魔法が成功して、僕は元の世界の召喚された直後の時間に戻れたのだった。


「やっぱハンバーガーとポテトは最強だわ」


 召喚される前に買ったファストフードを食べた。





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