一杯のコーヒーから
snowdrop
小鳥さえずる春も来る
むかしむかし、石畳の道が続く小さな町の片隅に、古びた喫茶店『トリあえず』があった。
この町には、古い建物が立ち並んでおり、時が止まったかのような静けさが漂っている。喫茶店『トリあえず』は、その町の風景に溶け込むように存在していた。
外観は、時間の経過とともにくすんだ木の家で、独特な色味を醸し出している。かつては鮮やかだった看板もいまは色褪せ、文字も剥がれて読めないほど。窓は古いガラスで出来ており、ガラス越しに見える店内の光が、外からは暖かな安らぎを感じさせてくれていた。
そんな喫茶店で老婆が淹れるコーヒーは、苦いし濃いのだけれど、深い香りとコクがあり、一度飲んだら忘れられない味。
店名の由来は誰も知らないけれども、地元の人々にとっては、とりあえずおいしいコーヒーが飲めて、心地よい会話を楽しめる憩いの場所だった。
ある雨の日、喫茶店に一羽の鳥が迷い込んできた。
小さな体に鮮やかな羽を持つ美しい鳥で、太陽の光に反射してキラキラと輝くことで知られていた。
しかし、迷い込んできた鳥は様子が違っていた。
小さな体は薄汚れ、羽も濡れて重そう。瞳の色からも、長旅に疲れ果てているのが伝わってくる。
店主の老婆は鳥に、「トリあえず、ここで休んでいきなさい」と声をかけた。
その優しさに感謝した鳥は、店の中で雨宿りをする。
雨があがったあとも店に顔をだす鳥。来店の度に、羽は太陽の光を反射し、瞳からは疲れが消え、輝きを取り戻していた。
老婆は鳥に話しかけ、鳥はその声に耳を傾ける。
そんな日々をくり返していくうちに、いつしか店の常連客となり、種を超えた絆が生まれていった。
季節は秋へと変わり、多くの鳥たちは南へと旅立っていく。
羽は力強く広がり、瞳は未来への期待と希望で輝き、その姿は、新たな旅への準備ができていることを示していた。それなのに鳥は、老婆の元をなかなか離れようとはしなかった。
みかねた老婆は、「トリあえず、幸せを探しておいで」と声をかける。
老婆の言葉を聞き入れた鳥は、力強く空へと舞い上がり、南へと飛び立っていった。
その後、喫茶店『トリあえず』は、鳥が帰ってくるのを待ち続けている。
おいしいコーヒーと心地よい会話は、いまもなお、町の人々に愛され続けているのであった。
一杯のコーヒーから snowdrop @kasumin
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