第1話

 アーカムの西方には、近隣住人たちも恐れ、噂すらせぬいわくつきの屋敷がある。その屋敷は、セイレムで起きた魔女裁判で逃げおおせた魔女ケザイア・メイスンの弟子だった名もなき魔女が住んでいたとされている。その屋敷は、もちろんのこととうの昔に朽ち果ており、誰も話題にしたがらないことから心霊主義の私立探偵のアンソニー・キャラウェイ氏が住むことになった1924年1月まで放置され続けた。


 アンソニー・キャラウェイは幼少期より絶えず発展していく科学などが嫌いで、などは一切持ち合わせておらず、36歳となった今でも独り身であった。彼が愛したのは、まさに幽霊や古のもの、名状しがたきものといった非科学的なものであり、もしポーなどが生きていたのであれば唯一無二の親友になっただろう。彼は私立探偵として日銭を稼いで暮らしていたが、その主たる依頼はたいてい飼い猫探しや潜り酒場に入り浸る亭主の浮気調査であり、彼が本来したかった調査などではなかった。


 彼が営む探偵事務所は、プロビデンスにある。事務所がある建物の1階部分はファースト・ナショナル食料品店であり、その2階部分が彼が営む事務所がある。1924年1月10日、その日一人の男が訪れた。その男の名は、ハーヴェイ・モリソンといい彼が如何にビジネスにおいて成功者かは、彼の着こなすスーツや装飾品を見れば誰もが分かるほどだ。


 アンソニーがいつも通りのつまらない依頼をこなし、帰宅し一杯やろうと思ったときハーヴェイによって戸を叩かれたのだ。アンソニーは舌打ちをしたあと、タバコを右耳に挟み、扉を開いた。

「どなたで?」


 そこには、いかにも富裕そうな男が立っており事務所に入りながら「君がアンソニーかね?」とため息をついているアンソニーに尋ねた。


「ええ。頼みますから、猫探しや妻の浮気調査だなんて依頼しないでくださいよ。ついさきほども、そのような求めていない依頼を終えたばかりでむしゃくしゃしているので」

 アンソニーは、嫌味を含みながら耳に挟んだタバコを口へ運び、マッチで火をつけた。先端から天井へ静かに上昇する紫煙はまるでやしきの螺旋階段を登る幽霊を思わせた。


「では聞くが、君が求めているのは、どんな依頼なのかね」

ハーヴェイはソファーに腰掛け、ハットと杖の置き場所を探しながら訪ねた。


「僕が求めているのは、もっと超自然的なものです。別に猫や犬がどこにいこうが、どうでもいい。ましては他人の不貞など僕の知らない国の天気ぐらいどうでもいいこと。でもまぁ、仕事といえばそれぐらいしかないし金も稼がなけりゃいけませんからね」


 ハーヴェイは、「じゃあ看板に心霊探偵とでも、掲げたらどうだね」と含み笑いをしながら、断りもせずタバコを吸い始めた。アンソニーは、それと同時にウィスキーが入っていたロックグラスを灰皿代わりにと、ソファーでゆっくりと煙を吸い込むハーヴェイへ渡した。


「本来ならそうしたいところです。ですが、悩ましいことに科学は進歩していき、心霊主義は一時は流行したものの今ではそれを掲げるだけでアーカムサナトリウムの患者予備軍と見なされます。あぁ。すみません、こうして同じ愚痴を吐いたのは今週で2回目です」


 アンソニーは、ソファーに自分も腰掛け己の不幸を笑った。


「だが、私がここに来られたのも君が1階の食料品店の店員に愚痴をいったおかげだがね」


「どういうことです?」

 アンソニーは前かがみの姿勢に変えた。


「心霊の調査をお願いしたいのだよ、アンソニー君」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アーカムを覆う暗き霧 秋中琢兎 @akinaka_takuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ