張り込み

sorarion914

女神

 俺は時計を見た。


(時間通りだ――)


 駐車場に入庫している配送トラックの姿を確認する。

 火曜日の午前10時過ぎ。

 貴重な休みの日だが、今日は何としても目的を達成しなくては……


 俺は中に入り、ゆっくり店内を見て回る。

 店員が、折りコンの中から商品を取り出し、棚に補充しているのが見えた。

(よしよし。ここまでは予定通りだ)

 俺はその様子を横目で見つつ、その時が来るのを待った。

 店員が、空になった折りコンを畳んで積み上げながら、弁当コーナーからスイーツコーナーへと移動する。

 それを見て、俺もゆっくりと移動した。

 まるで事件の張り込み中みたいだった。

 事実。

 この数日間見張っていたことで、ある程度の傾向と対策は出来ている。

 でも――待っていたことを悟られてはならない。

 あくまでも、感を出さなければ……

(よし、今日はイケる!)

 そう思った時だった。

「あら、ヤダわぁ……」

 という声がして、俺は振り返った。

 高齢の女性が、コピー機の前で首を傾げている。

「どうされました?」

 よせばいいのに、つい調声を掛けてしまった。

「お兄さん、これってどうなってるのかしら?」

 お金を入れたのにコピーできない、という訴えに、俺は近づいて確認する。

 こんな事、店員を呼んで対処してもらえばいいのだが、頼まれると断れない。

「あぁ、それはね――」

 俺が高齢女性に正しい使い方をレクチャーしていると、入店する客の姿が目に飛び込んできた。その男は真っ直ぐ弁当コーナーの方へ進んでいる。

 朝には遅いし昼には早い時間だが、通勤途中に昼用の弁当を買いに寄る客もいる。

 俺は気もそぞろになり、高齢女性にザっと使い方を教えると、「あとはこの、コピーボタンを押せば出来ますから」と言って立ち去ろうとした。

 レジに向かう男の手に、狙っていた商品が2つも握られているのを見る。

(ヤバい!急がないと!)



 だがこの時。

 俺は信じられないものを目にした―――


 女子高生J Kの集団が、店内になだれ込んできたのだ。


(なにぃぃぃ⁉お前ら、学校はどうした‼)

 そして気づいた。

 今が夏休みだということに。


(しまった!うっかりしてた!)


 JK集団はキャッキャ言いながらスイーツコーナーに向かうと、「ほらぁ、あったじゃん」と笑って、次々と手に取っていく。

 その数7個。

(うわぁぁマジか!)

 俺が慌ててスイーツコーナーに駆け寄ろうとすると、先程の高齢女性が「ちょっとお兄さん、ボタン押しても反応しないわ」と声を掛けてきた。

「はい?」

 俺は振り返ってコピー機を見た。

「あぁお婆ちゃん、お金が足りないよ。お金入れないと」

「アラやだ私ったら」

 高齢女性はそう言ってケラケラ笑った。

 俺は苦笑いしながら手を振ると、スイーツコーナーに向かう。

 棚には最後の1個が置かれていた。

(ラス1だ!)

 俺が手を伸ばそうとしたその時、同じように向こうからスイーツコーナー目掛けて歩いてくる女がいた。

 脇目も振らず、一直線に商品目掛けて手を伸ばしてくる。


(させるかぁぁぁぁ!)


 俺も手を伸ばした。

 女の手より先に、俺の方が商品に手が届く―――かと思ったその時に、またもや高齢女性が「ねぇねぇお兄さん」と声を掛けてきた。

「はい?」

 思わず振り返ってしまった俺の指先をかすめて、女が商品を手に取る。

 そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべてレジへ持っていった。


「そ……そんな……」


 俺は呆然としたまま、空になった商品棚を見た。

 期間限定商品。



 それもの―――




「あの……」

 諦めきれない俺は、ダメもとで店員に聞いた。

「これって、今日もう1回入荷ありますか?」

「あぁすみません。午前入荷でラストです」

 ……なんとも無情な宣告。

「他の店舗には、もしかしたらあるかも――」という店員の慰めも、もはや俺の耳には届いていなかった。

 高齢女性に話しかけられていたことも忘れて、俺はフラフラと店を出た。


「ねぇねぇ、ちょっと待ってお兄さん」

 2.3メートル歩きかけた時、そう声を掛けられて俺は力なく振り向いた。

 先程の高齢女性が追いかけてくる。

「もしかして、あのシュークリームが食べたかったの?」

 項垂れる俺を見て、「ごめんなさいね」と謝った。

「私が変なことお願いしなければ……」

「いいえ、お気になさらず」

 そう言う俺の手を取ると、高齢女性は持っていたコンビニの袋を黙って握らせた。

 そこには―――あのシュークリームが1個入っていた。

「え?」

「実はね――」

 高齢女性は笑った。

「ここに来る途中、別のコンビニに寄ったのよ。でもそこのコピー機が故障中でね。仕方ないからここまで来たの。お店に入って何も買わないのも失礼だから、レジの前に置いてあったこれを1個買ってきたのよ」

 そう言ってにっこり笑うと、「使い方を教えて頂いたお礼よ。召し上がって」と手を振り去っていく。




 去り行く背中に後光が差す。

 俺には――それがまるで女神のように見えた。







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……というわけで。手に入れた貴重な1個だ」

 俺はそう言うと、後輩の前に差し出した。

「先輩……」

「これは善意の1個だぞ。味わって食えよ」

 後輩は泣きそうな顔をして言った。

「どうしてそこまでして」

「だって食いたかったんだろう?」

「でも、1個しかないですよ。先輩の分は?」

「俺はいいよ、お前が食え」

「でも……」

 後輩はそう呟くと、「じゃあ――」と袋から取り出して千切ると、「とりあえず半分こして食べましょう」と言った。



 後輩の手で千切られたシュークリームは、無残な姿になってしまったが、今まで食べたシュークリームの中で一番、旨かった。






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