トリあえず ワケあえず

おひとりキャラバン隊

ぼっちの流儀

 僕はぼっちだ。


 そう、「独りぼっち」という意味だ。


 高校受験を控えた中学3年生の僕は、吹奏楽部に所属していたが、一度も参加する事無く3年間が過ぎようとしている。


 友達? 


 そんなのいる訳が無い。


 兄弟?


 残念ながら一人っ子だ。


 両親の愛情が独り占めできていいねって?


 残念ながら両親は離婚して、うちは母子家庭だ。


 母は毎日仕事で家を留守にしている。


 母が何の仕事をしているのかは知らないが、私立高校に通う事を許してくれる母なので、そこそこ高給取りなのかも知れない。


 けれど、早朝に出勤して夜遅くに帰宅してくる毎日で、僕との会話なんて週末に少しする程度だ。


 母には彼氏が出来た様で、週末の親子の会話も減ってきた。


 1日24時間、1週間で168時間、1か月で5040時間前後。


 そのうちで親子の会話をするのなんて、せいぜい2時間あれば良い方だ。


 親子の会話もほとんどなく、兄弟もおらず、友達も居ない。


 これが僕、山本雄太という15歳の男の生き様。


「ぼっち街道」を歩く男の生きる道というものだ。


 そんな「ぼっちLv100」みたいな僕ともなれば、大抵の孤独には耐えらる。


 クラスメイトが給食のプリンを取り合う姿を見ても、まるで「下らないものでも見る様な目」で見つめる事が出来る程だ。


 そういえば、今年のバレンタインデーにクラスメイトの女子がクラスの男子に義理チョコを配布していた様だ。


 勿論僕は貰っていない。


 そんな物を貰っている様では、「ぼっち道」に反するというものだ。


 僕はこの「ぼっち道」を極めたいのだ。


 脇目も振らず「ぼっち」としての流儀を貫き、ストイックに生きる。


 どんな事でも「極めれば大成する」と僕は信じているのだ。


 さて、そんなこんなで僕は高校受験にも難なく合格し、卒業までの優雅な時間を過ごす訳だが、クラスメイトはどうやら仲間同士でどこかに遊びに行く計画を立てている様だ。


 僕には縁の無い記念日だが、世の中にはバレンタインデーのお返しをする「ホワイトデー」というものが存在している。


 勿論僕は「ぼっちLv100」としてのプライドがあるし、そんなイベントに参加する事は無い。


 なのに、おかしな事が起きたのだ。


 昼休みに校舎の屋上で黄昏たそがれていた僕が、午後の授業(といっても自習だが)の前に教室の自分の席に戻ると、僕の机の上に、小さなハート形のチョコレートが置かれていたのだ。


 僕は辺りを見回してみたが、みんな何事も無かったかの様な日常の動きをしている。


 よくよく見ると、チョコレートの袋には、小さなメッセージカードが刺さっている様だ。


 僕はそれをそっと持ち上げ、メッセージカードの裏面を見てみると、そこにはこう書かれていた。


『トリワケ病に効く薬です』


 トリワケ病?


 何だそれ?


 女子っぽい丸文字で書かれたその文字以外に、他のヒントになりそうなものは無かった。


 僕は再び辺りを見回してみたが、誰も僕を意識している様な者は居ない。


 ふむ。


 よく解らないが、「ぼっち道」を究める為の試練がここにあるという事なのだろう。


 まあいい、ならば僕は僕の流儀を示すまでだ。


 僕はそのチョコレートを机の端に置き、何事も無かった様に席に着くと、午後の授業の為に、数学の教科書とノートを取り出した。


 授業と言っても自習なので何もする事は無い。


 ただ、卒業までの時間を消化する為の時間だ。


 僕は他のクラスメイトが昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った後も雑談をしている中、数学の教科書を開き、ノートに問題を書き写していた。


 10分くらい経過した頃、ふと前面の黒板を見てみると、黒板の右横に掲げられた掲示板に、「今年の目標」と書かれた札があり、その下に「少ない資源、取り合わず、分け合おう」という文字が書かれていた。


 そこで僕は気付いた。


(トリあわず、ワケあおう・・・、トリワケ病って、この事か?)


 つまり、このチョコレートは「トリワケ病に効く薬」だというのだから、バレンタインデーに女子からのチョコレートを「取り合っている男子と、分けあっている女子」の、あの行動を指しているに違いない。


 そして、このチョコを受け取る事で、「取り合わず、分け合う事が出来た」という事になるという事か。


 つまり、僕はこのチョコレートを余しているという事だから、「トリワケ病に感染していない」という事であり、このチョコレートは僕には必要ない代物という事になるな。


(仕方が無い。誰かトリワケ病に罹った男の席に置いておいてやろう)


 僕は顔を上げて辺りを見回す。


 みんな雑談に花を咲かせていて、特にチョコレートが必要な感じの者が居る様には見えない。


(困ったな・・・)


 そう思った僕が、何気なく隣の席の女子の方を見ると、その女子が頬杖を突きながらこちらを見ていた。


(え・・・何? っていうか、この女子の名前って何だっけ)


 そう、ぼっちを極めた僕は、クラスメイトの名前さえ憶えていないのだ。


「ねえ・・・」

 と、名も知らない隣の女子が口を開いた。


「な・・・何?」

 と訊く僕の声は、上ずっていたかも知れない。


「そのチョコ、せっかくあげたんだから、さっさと食べちゃってよ」

 とその女子は言った。


「え・・・、あ、コレ。そうなんだ」

 と僕はしどろもどろになってしまったが、これだけは訊いておかなければならなかった。「で、このトリワケ病に効く薬って何?」


 そう訊く僕の言葉に、その女子は頬杖を突いたまま、ニンマリと笑った。


「取り合えず、分け合えず、ずっと一人ぼっちのアンタに、余りもののおすそ分けだよ」

 と言いながらケラケラと笑った。


 なるほど。


 彼女には僕がそう見えていたのか。


 トリあえず、ワケあえず。


 それは英語で言うなら「Can't」だ。


 僕の場合は「Don't」なのであって、「Can't」では無い。


 そう主張したい気持ちにはなったが、ぼっちを極めた僕はそんな事はしない。


 僕はチョコレートを彼女の机の上に置き、


「僕はトリワケ病じゃ無いから、これは貰えない。誰か他の人にあげるといい」


 僕は冷静に対処出来たと思う。


 しかし、彼女の表情は複雑だ。


 さっきまでケラケラと笑っていたのに、今はまるで泣き出しそうな顔をしている。


 なんで?


 どうしてそうなる?


 僕には分からない。


 すると彼女はこう言った。


「結局、私は誰からもトリ合って貰えないのか…」


 え?


 どういう事だ?


「3年間、ずっとボッチだったから、同じボッチのアンタなら、分かって貰えると思ったのに…」


 …なんてこった。


 分かる訳が無いだろう。


 ぼっちというのは、人の気持ちが分からないから「ぼっち」なんだ。


 お前も同じ「ぼっち」なら、それくらいは分かっておけよと僕は言いたい。


 だけど僕は何も言わない。


 それが「ぼっち道」というものなのだ。


 僕に言える事があるとすればこうだ。


「ぼっちって、楽しいよな」


 僕の言葉に彼女は目を見開いた。


 それからこれまでの事を色々思い出す様な仕草をして、時折ポリポリと頭を搔いたと思えば、今度はチョコレートを持ち上げて袋を開けると、チョコレートを自分で食べてしまった。


 そして口の中でコロコロとチョコレートを転がしながら、ようやく何かを理解した様な顔で僕を見た。


「そう言えば、楽しいかも」


 そう言う彼女の表情は、本当に楽しそうだった。


「そうだろう。これからの時代は、ぼっちレベルが高いヤツが勝ち残る時代だと、僕は思ってるんだ。これでお前も、勝ち組ルート確定だな」


 それを聞いた彼女は、またケラケラと笑っていたのだった。




 そんな事があってから数年。


 彼女の姿を同じ高校で見かける事になった。


 彼女は孤高の成績優秀者として名を馳せていた。


 そして僕は、無名のぼっちとして、今も生きている。


 ふふっ、やはりぼっちレベルは僕の方が高そうだ。


 トリワケ病は、むしろ彼女が罹患しているに違いない。


 一瞬、彼女と目が合った気がした。


 彼女は僕に何かを言おうとした様に見えたけど、そんな事は有り得ない。


 僕はぼっち。


 これからも、孤高の存在を目指して生きる男なのだから。

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