トリあえず【KAC20246・トリあえず】

カイ.智水

トリあえず

 公営放送は大晦日の夜に「歌合戦」を行っている。

 近年は男子アイドルグループの出場辞退や懲罰的対応などで、韓国グループが複数登場するなど、とても「日本の大晦日」にふさわしくない状況である。


「私の推しが出ないんだから、観る必要もない。私たちの視聴率を上げたければ推しグループを出せ」

 とは、男子アイドルグループのファンが共通して持っている不満である。


 どんな有象無象のアイドルが選ばれたとしても、やはり販売実績もないのに出場するのが演歌である。

 今、演歌を聞く者はほとんどいない。若者にしても最近の流れで八十年代歌謡曲が見直されているため、そちらの出場が増えればそこだけは観てみようと考える若者も多いはずだ。

 だが、実際には演歌が枠を確保している。

 今の中年世代は演歌など聴かない。


 ではなぜ演歌が今まで枠をとり続けてきたのか。それは長寿化と無縁ではないだろう。中年までは青春を彩った楽曲に支持が集まる。しかし老年となれば、ゆったりと焦らずに聴ける演歌が最も向いているのだという。

 そのせいで若者が求めていない演歌は売れていないにもかかわらず毎年必ずノミネートされるのである。

 しかし、肝心の演歌を求める層はどんどん縮小している。お亡くなりになる人も多いし、老人ホームや介護施設では夜の「歌合戦」を観るのが難しいからだ。


 この老人ホームでも「歌合戦」で演歌を聞きたがっていた老人がひとりいた。


「高橋さん、もう夜の11時ですよ。早く寝ないと体に悪いですからね。さあお部屋に戻りましょう」

「なあ山本さん、最後まで見せてはもらえんかな。もう老い先も短いのじゃから」

 大型テレビの設置されているロビーから、職員の山本さんに車椅子を押された高橋さんは、どうしても最後まで見届けたかったのだ。

 来年どうなっているのかなんてわからない。それなら今年は最後まで見届けてもバチは当たるまい。

「本当は10時までの予定だったんですからね。これ以上ごねないでくださいね」

 山本さんは高橋老人の意見など聞くまでもなかった。

「あまりわがままは言わないでくださいね。元気に過ごしてまた来年観ればいいじゃないですか」

「しかし、最後のひとりまで聞いてこその歌合戦じゃ。途中退場は気になって仕方がない」

 そういえば、今年のラストは高橋さんが推す女性演歌歌手だったはず。


「トリ会えず、とはまさにこのことか」



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