クラスの家出ギャルを泊めるはずが、同居することになった件

蒼雪 玲楓

ギャルを泊めることになった件について

 四月も中頃を迎えたある夜のこと。

 明日からの休日に備えて近くのコンビニまで買い物をしに出掛けていた僕は、歩いている道の向こう側から誰かが走ってくるのに気がついた。


 人影が近づいてくるにつれ、その容姿がはっきりとしたものになる。

 僕の通っている高校の制服とウェーブのかかった金色の長い髪、そして整った顔立ちとどれも見覚えがある。というよりも、見覚えがあるのは当然のことだった。

 なにせ、それは僕のクラスメイトなのだから。


「西倉さん……?」


 走ってきていたのは西倉 詩織にしくら しおりさん。容姿はいわゆるギャルという部類に入ると僕は勝手に判断している。


「ねえ、お願い。私のこと話さないで」


 息をきらせた西倉さんは僕に気がつくと突然そんなことを言ってくる。


「えっと……誰に?」


 突然走ってきたかと思えば、脈絡のないことを切り出され僕は戸惑う。


「この後たぶん男の人が来るから、その人に言わないで」

「とりあえず、西倉さんのことがその人に伝わらなければいいんだよね?」

「えっ、なんで私の名前……」

「待って待って!僕クラスメイト!!」


 慌てすぎていたのか、僕がクラスメイトということにすら気がついていなかった西倉さん。

 彼女の中では、道端で偶然出会った相手に自分のことを黙っていてほしいとお願いした程度と認識するくらいにしか余裕がなかったのだろう。


「あっ、ほんとだね」

「わかってくれてよかった……じゃなくて、誤魔化せばいいんだよね?」

「うん。それだけでいいよ」

「それなら、そっちの路地に入ってくれる?あっちに行くように言ってみるから」


 そう言って僕は今まで歩いてきていた道を指差す。


「ありがと」


 そんな返事を聞いた直後、大きめの足音が聞こえてくる。


「とりあえず、電柱の影に隠れてて!」


 西倉さんが路地に入るのとほぼ同時くらいに、息をきらせた男の人がやってくる。金髪にピアス、いかにもチャラ男とでも言えばいいのだろうか。

 その男の人は僕に視線を向けると、すぐにつかみかかるくらいの勢いで詰め寄ってくる。


「おい、お前!!こっちに人が来なかったか!?」

「人って言われても……」

「女だよ女!髪の長い金髪の女だ!」


 学校の制服を着た女の子を追い掛けているとは言うとよくないという考えはさすがに働いているのか、髪の毛という特徴に絞って情報を伝えてくる。


「女の人ですか……僕、そこの路地から来ましたけどすれ違わなかったので行ったのならそっちじゃないですか?」


 そう言って僕は予定どおり、ついさっき自分が歩いてきた道を指差す。


「ちっ!どこに行きやがったんだ!」


 僕の言葉を聞くとその男の人は舌打ちをしてそのまま走り去っていく。

 答えた僕にもう目もくれないあたり、よほど余裕焦っているのだろう。


「さてと、もういいかな」


 男の人の姿が完全に見えなくなったことを確認し、念のためにさっと路地に入る。


「西倉さん、たぶんもう大丈夫だよ。男の人は行ったと思う」


 路地の中には電柱に身を隠すように息を潜めていた西倉さんの姿があった。


「ふぅ……ありがと。間宮 大地まみや だいちくん、で合ってるよね?」

「うん。合ってるよ」

「よかったぁ~、私まだクラスメイトの名前覚えきれてなくてさ~…………あれ?」


 一息をついた西倉さんは突然その場にペタンと座り込んでしまう。


「ちょっと走りすぎちゃったのかな……こうすれば立て…きゃっ!?」


 電柱を支えによろよろと立ち上がろうとした西倉さんだったが、バランスを崩して再び地面に座り込んでしまう。


「大丈夫?」

「あはは、大丈夫……って言いたいところだけど見ての通りかな」


 苦笑いを浮かべる西倉さん。

 さっきまでの状況的にそれなりに走ってきていたのだろうから、一息つけて気がぬけてしまって立てなくなってしまったのかもしれない。


「とりあえず、間宮くんは変なこと巻き込んじゃってごめんね?後は私一人でなんとかするから」

「なんとかって……」

「大丈夫!色々準備はしてきたから。とりあえず、ネカフェかどこか探さなきゃ」


 そう言うと西倉さんは近くに置かれていた大きめなキャリーケースを叩く。彼女が走ってきた時には僕も慌てていて存在に気がつかなかったけど、今の言葉から察するにそれは西倉さんの荷物なのだろう。


「もしかして、なんだけど……西倉さん、家出でもしたの?さっきの人も親」

「あんなのは親じゃない!!」


 推測を口にした僕の言葉を遮るように西倉さんが叫ぶ。

 学校では聞いたことのない大きな声に思わず驚いてしまう。


「あっ……ご、ごめんね?びっくりしたよね」

「僕の方こそごめん。何か良くないこと言ったんだよね?」

「ううん、いいの。間宮くんは私の事情を知らなかったんだし」


 そうして僕たちの間に少しの間沈黙が落ちる。


 そんな気まずい状況の中、僕の視界に再び入ってきたのは西倉さんのキャリーケースだった。


「ちょっとだけ話を戻すんだけど……家出したの?あっ、理由とかは聞かないから」

「……ありがと。そうなんだ、家出してきちゃった。一応お金とかはある程度貯めてきたからしばらくは大丈夫だとは思うんだけど」


 キャリーケースに詰められた荷物と、しばらくは大丈夫という言葉。この二つから考えると、この家出は突発的なものではなくある程度計画されたものかもしれない。そんな考えがふと僕の頭をよぎる。


 そして、そうだった場合のことを考えると別の気になる点が出てくる。


「しばらくって、学校は?」

「んー?できる限り行くつもりだよ?そのために教科書とかはできる限り置いてくるようにしてるし」


 その言葉でこの家出が計画的なものだったということが確定する。


「ごめん、西倉さんの家出の理由に絡むことかもしれないけど……どれくらい続けるつもりなの?」

「そうだなぁ…………ここまで巻き込んじゃったし本音を言うなら、家出の理由が解決するまで帰りたくない、かな。無理だってことはわかってるんだけどさぁ……はぁ」


 溜め息をつく西倉さんの表情は普段学校で見せている明るいものとは全く違って、不謹慎だとは思いながらもこんな表情もできるんだと、そんなことを思ってしまう。


「とりあえず、ごめんね?変なこと巻き込んじゃって。あとは私がなんとかするから。あ、でも一つだけお願い。学校では私の家出のこと話さないでもらえると助かるかな」

「西倉さんさえよかったら、なんだけど。今日うちに泊まらない?」


 もちろん、そう答えるつもりで口を開いた僕が言ったことは全く思ってもいなかったことだった。


「えっ……?」


 ここまで事情を聞いてしまったから同情したというのはもちろんあるのだろう。

 それでも、こう言ってしまってから気がついたこんな提案の最大の理由は、さっき帰りたくないといった時に一瞬だけ見せた泣きそうな、助けを求めるような表情。それが引っ掛かっていたんだ。


「ご、ごめん!変なこと言ったよね!」

「それはそうだけど……でも、なんで?」

「……いや、その…………笑わない?」


 君のことが放っておけなかった、まさかそんな漫画みたいなセリフを言うことになるとは思わず、羞恥心が込み上げてくる。


「笑わない笑わないって……たぶん」

「たぶんって…………その、西倉さんのことこのまま放っておけないと思ったから」

「あははは!」


 案の定、と言うべきか。

 僕の言葉を聞いて思わず笑う西倉さん。さっきの悲しそうな表情と比べるとこうやって笑っていてくれるほうがいいとさ思うものの、それはそれとしてやっぱり恥ずかしい。


「やっぱり笑った……」

「ごめんごめん。まさかマンガみたいなセリフを自分が言われると思わなくてさ」

「言った僕もそう思ってたから否定はしないけど……」

「えっとさ……笑っちゃった後に言うのもどうかと思うんだけど」


 笑いも落ち着いたのか、西倉さんは少し申し訳なさそうに僕のことを見ながら話を切り出してくる。


「その……さっきの話今日だけでいいからお願いしてもいい?これからあいつに出会うかもって考えながらネカフェとか探すの正直怖くてさ」

「いいよ。僕から提案したことだし、そこまで聞いちゃって一人にはできないから」

「ありがと!!でも、家族とか大丈夫?」

「その辺は大丈夫。今一人暮らししてるから」

「訳あり?って聞かない方がいいか。とりあえず、お世話になります」


 そう言って立ち上がろうとした西倉さんだったが、さっきまでと同じようにまだ立ち上がることができない。


「あはは……完全に腰が抜けちゃったかも」

「えっ」

「その、さ。いつ治るかわからないし、私のことおんぶって……できる?あっ、でも。ここから間宮くんの家遠かったら無理かな?」


 僕が立っていて、西倉さんが地面に座り込んでいるというこの状況。お願いをされると自然と上目遣いになってしまい、それにあてられて断るという選択肢が勝手になくなってしまう。


「そこまで距離はないからたぶん大丈夫、なんだけど……僕にしがみつくのはできそう?たぶん僕支える余裕まではなさそうだから」


 僕の視線の先にあるのは西倉さんのキャリーケース。

 それも運ぶとなると、西倉さんには僕になんとかしがみついてもらって僕がケースを運ぶ形になるだろう。


「それはたぶん大丈夫かな……ほんとごめんね?大変なお願いしちゃって」

「僕が言い出したことだから……それじゃあ、移動するなら早くしようか」


 そう言って僕は背を向けながら、西倉さんの前にしゃがみこむ。

 その少し後、ごそごそという音と共に背中に重みが加わる。


 そして、首に腕が回されて抱きつかれるのと同時に

 西倉さんの身体の柔らかさを含め色々な刺激がまとめて僕を襲う。

 正直に言ってしまうのであれば、その、すごく刺激が強い。


「と、とりあえず!大丈夫そうだから動くよ」


 ちゃんとしがみつかれていることだけを確認し、気を紛らわせるために急いで荷物を持って歩き始める。


「わっ、すごい……大丈夫?」

「今はなんとか……西倉さんは大丈夫?」

「こっちはオッケー。ありがとね」


 そんな会話ができたのも数分だけで、僕は話す余裕もなくなり自然と無言になる。


 そして、それから少しすれば背中から寝息が聞こえてくる。

 幸いなのはそれでも西倉さんがちゃんとしがつみついていてくれることだろう。



「ねぇ……一人はやだよ。私のこと離さないでよ」


 そうして歩き続けて少しした後。

 聞こえてきた彼女の無意識の呟きが僕の耳にずっと残るのだった。

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