【KAC20245】見習い魔女と黒猫のクロエ

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 テーマは【はなさないで】

「本日の授業は使い魔の魔法です」


 先生の言葉に見習い魔法使い達が待ってましたと歓声をあげる。


 使い魔の魔法は魔力を込めた自分の魂の一部を対象となる存在に分け与え、自身の一部にする魔法である。


 初歩的な使い魔の魔法は意思の疎通程度だが、練度が上がれば感覚を共有したり、余った魔力を使い魔に蓄えていざという時の為に備えたり、魔法式の演算の補助をさせたり、呪い返しを受けた際の身代わりにしたりと様々な使い道のある有用な魔法である。


 優れた使い手になれば、使い魔自身が単体で魔法を行使する事すらある。


 このように魔法使いにとって使い魔の魔法は切っても切れない存在で、見習い魔法使い達はみんな今日の授業を待ち遠しく思っていた。


 見習い魔女のリザ=グレルもその一人である。


 この日の為にリザが用意したのは幼い頃から家族のように育った黒猫のクロエである。


 他の子達もネズミやカラス、フクロウや金魚など思い思いの動物を連れてきている。


 変わり種では鉢植えのトリカブトや古びた短剣を持ってきている子もいた。


 原理的には使い魔の魔法は植物や無生物にも効果はある。


 だが、意思の疎通や内在する魔力の有無、対象の魔力抵抗値等の関係で一般的な動物よりも魔法の難易度が上がると言われている。


 余程腕に自信があるのか、自惚れか、真面目に授業を聞いていなかったか、なにかしら思い入れがあるのか。


 他人事ながらリザは「上手く行くのかなぁ……」と心配になった。


 そんな彼女の心を知ってか知らずか、籠の中のクロエが「にゃぁ」と可愛らしく鳴いた。


「大丈夫。私はきっと上手くいくよ。その為に、沢山勉強したんだから」


 他の見習い魔法使いと同じように、リザも今日の授業を楽しみにしていた。


 というか、クロエを使い魔にする日を楽しみにしていた。


 幼い頃から家族同然にして育ったクロエである。


 辛い時、悲しい時、もちろん楽しい時も!


 クロエはいつもそばにいてリザの話を聞いてくれた。


 そんなクロエが使い魔になって話し相手になってくれたら最高だ。


 両親もその為にリザにクロエを買い与えた。


 使い魔の魔法は対象に対する思い入れが大きい程成功しやすくなるのである。


「それでは皆さん、実際にやってみましょう」


 講義が終わると実技の時間になった。


 生徒達は距離を取ると一斉に杖で足元に使い魔の魔法の魔法式を書いていく。


 杖の先端は特殊なペンのようになっていて、そこから魔力誘導体を含んだ溶液が染み出す仕組みだ。


「やった! 上手く行ったぞ!」

「おいで、ラスティ!」

「ご主人様~」


 周りの生徒達は次々使い魔の魔法を成功させ、使い魔となったペットとじゃれ合ったり、お喋りしたりしている。


「すごい! ロゼッタさん、本当にトリカブトを使い魔にしちゃった!」


 驚く声に振り返ると、優等生のロゼッタが頬を赤らめて俯いていた。


 鉢植えのトリカブトは紫色の花を揺らしながらロゼッタの指に枝を絡ませている。


 一方で、古びた短剣を持ってきた男の子は使い魔の魔法に失敗した様子だ。


 使い魔の魔法は無生物、特に金属を含む物体を対象とした場合難易度が跳ね上がるのである。


 それでも男の子はどうしてもその短剣を使い魔にしたいようで、先生に助言を乞うていた。どうやらその短剣は早逝した父親の遺品らしい。


 簡単な事ではないと前置きしつつ、先生も熱心に相談の乗っている。


 私も頑張らなくっちゃ!


 心の中で男の子にエールを送ると、リザは自分の魔法に集中した。


 丁寧に書いた魔法式の中央にクロエの入った籠を置き、周囲に触媒となる秘薬を置いていく。


 マンドレイクの根の切れ端(リザのお小遣いではこれが精一杯)、月夜茸の欠片(同じく)、龍の鱗(養殖)、乙女の涙(この日の為に恋愛映画を見て集めた)、台所からくすねたハーブ各種に、先月美容院に行った際に持ち帰った自分の髪の毛二束。


 魔法式の流れを壊さないよう配置に気を付けると、リザは式の起点となる場所に杖の先を押し付け魔力を流す。


 大切なのは量とリズムだ。


 多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。


 早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目だ。


 さながらそれは魔力を介した歌に似ていた。


 だから魔法使いは魔法式に魔力を流す際呪歌を歌う。


 それ自体に意味はないが、歌の調子に合わせて魔力を流せば上手く行く。


 その為のガイドラインのようなものである。


 優れた魔法使いなら呪歌を使わなくても適切な魔力を流す事が出来るのだが、リザは見習い魔女である。まずは基本に忠実にだ。


 リザの呪歌に合わせて魔術式が淡く明滅する。


 魔力誘導体を含んだ溶液がリザの魔力と反応して光っているのだ。


 気が付けば、生徒達はリザの呪歌に聞き入っていた。


 リザは歌が上手かった。


 やはりそれ自体は魔法の成功とは関係ない。


 だが、呪歌を歌うとなれば話は別だ。


 彼女のリズム感、感情の込められた声の調子と深い陰影は、そのまま魔術式へと流れる魔力に置換された。


 彼女は見事に呪歌を歌いきり、完璧に使い魔の魔法を成功させた。


 生憎、その事に気づいたのは優等生のロゼッタと先生だけだったが。


 リザはドキドキしながら籠の中のクロエを抱き上げた。


「……どう? クロエ。上手く行った?」

「めっちゃウンコしたい」


 独特過ぎる訛りを含んだ中年風の男声に、思わずリザは辺りを見回す。


「ワイやワイ。あんたの家族のクロエちゃんやがな!」


 腕の中のクロエがビシッと前足で虚空を叩いた。


 リザの目が点になり、小さな口がカクンと開く。


 誰ともなく、クスクスと悪気のない笑いが零れ落ちる。


「ちょっと、笑っちゃ悪いよ!」

「ごめんリザ! でも、あははは。その子、面白過ぎだって!」

「なかなか個性的な使い魔ですね。フフフ」


 寡黙な先生までもが忍び笑いを漏らし、気付けばみんなが笑っていた。


 これが他人事なら笑えたのだが。


 リザは一人、ヒクヒクと口元を引き攣らせている。


 これがクロエ!?


 嘘でしょう!?


 なんでそんな声なのよ!


 そんなリザの腕の中でもぞもぞしながらクロエは言う。


「なぁリザ。そろそろ離してくれへんか? ワイ、めっちゃウンコしたいんやけど」

「あぁもう! わかったから! それ以上はなさないで!」


 クロエを足元に下ろすと、黒猫は「ほなババしてくるわ」と草むらに駆け込んだ。

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